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 図書館の中はひっそりと静まり返っていた。閉館時間が近いのか、館内に利用者はほとんど残っていない。黙々と借りてきた本を棚に戻しながら、付き合いの良さを見せるアルシアを、フローラはチラリと横目で見つめてやる。
(悪いヤツじゃ…ないんだろうけど)
 だが第一印象は最悪だ。信用しろといっても簡単に信用が出来ない。
「アルシア…とかいったっけ?」
「うん、そうだよ。嬉しいなぁ…月の民である君に名前を覚えてもらえるだなんて」
 紅潮した頬を隠そうともせずにそう言われ、思わずたじろいでしまう。
「…そりゃあ、ちゃんと名乗ってもらいましたから」
「へへへっ…なら素直に名乗って得したなぁ」
「…疑わないのね?」
「えっ?」
「月の民なんて…子供の嘘か妄想かもしれないって思わないの?」
「全く!少なくとも、僕は魔法を扱う身だよ。普通の人とは違う視点で君を見られる」
「そういえば、そうね」
 彼には、普通の…ミファールにすら見えない精霊達の動きが見えるのだろうから、当然だ。
「さっきの話の続きだけど…」
「あ、その前に…ちょっと待ってて」
 フローラの言葉を遮るように言うと、空いた右手を軽く前にかざしたアルシアは、小さな声で呟き始めた。
「我、アルシア・ランバートが願う。風の精霊よ…我が契約の代償である魔力を用いて大気の働きを我が意のままに─フィ・ダンーサンド」
 力ある言葉…『ラナティース』の響きに魅了され集まってきた風の精霊たちが、彼の魔力を媒介に契約を実行する。
「音を消したのね?」
「ご名答。僕らの周りに音を伝えないよう薄い風の膜を張ったんだ」
 初めて目の当たりにした大地の民の魔法に、フローラは興味をそそられた。
「大地の民は…精霊たちとこうして契約してるのね。知識として知ってたけど、ラナティースを聞くのは始めてだわ。詩を紡いでるみたいで面白いのね!」
「まぁ…僕からしてみたら、ラナティース無しに魔法を使うだなんて考えられないけどね?」
 改めて目の前の少女の特異性に驚いた。この世界で魔法を扱う者達で、力ある言葉も無しにそれを使用出来る人など見た事も無いからだ。
「フィは風よね?地はジゥ、水はスム、火は…リズだったかしら?」
「うん、そうだね。間違いないよ。その言葉に対応した属性の精霊を呼ぶんだ」
「ダンーサンドは…ずいぶん古い響きだけど、月の民の言葉と同じだわ。さしずめ…音を遮るって意味?」
「へぇ…当たり。やっぱりラナティースは月の民からもたらされた言葉だったんだ」
 二人は好奇心に任せて魔法知識を応酬した。どちらも頭にありつつも、馴染みのないそれにワクワクした気持ちが抑えられなかったのだ。
「おっと、そんな事を話してる場合じゃない」
 アルシアがハッと我に返ったのは、それから優に十数分は経った頃合いだ。
「のんびりもしてられない…そろそろ閉館時間になるよ」
 あっ、と声を上げたフローラも、その事実に気付いて慌ててしまう。
「いけない!ミファールを待たせてるもんね。じゃあ、手短に説明するわ」
「うん」
「私は…故郷で読んだクラディエンスの物語のその後を追ってこの地へ降りたの。今は魔王と呼ばれる彼の、そこに至るまでの経緯を求めているわ。あなたの塔に、それはあるかしら?」
「なら話は早い!ウチの師匠は月の民の伝承に詳しいんだ。資料も色々と集めているらしい。ご期待に沿えると思うよ、きっと」
 力強い答えをもらい、ようやくフローラの顔にも満面の笑みが出てきた。
「じゃあお願いするわ、アルシア」
「お任せあれ。それにしても…」
「なっ…なに?」
 まじまじと上から下まで見つめられ、何だか居心地が悪くてフローラは身をすくめた。
「まさか星見の水晶に現れたあの巨大な星が、こんなに小さな子を指していたなんて…思いもしなかったなぁ」
「失礼ね!好きで小さいんじゃないわよ!!」
「えっ?あ、ゴメン…そういう意味じゃ…」
 悪気も無く口にした言葉に膨れらて、慌てて否定してやる。
「…ま、いいわ。気にしてないもの。ちょっとだけね…遅れてるのよ、成長が」
「月の民の寿命って…確か僕らからしたら途方もないくらいに長いんだよね?」
 本から得た知識のため確信が無いのか、妙に頼りなさそうな声でアルシアが問う。
「そうね…魔力の強さ弱さにもよるけど、平均で千余年。長い人なら二千年以上生きるとさえ言われているわ。現に私の祖母であるシェラは非常に強大な魔力を有していて、亡くなった時には二千と三百年は超えていたと聞いたもの」
「シェラって…まさかシェラ・ウェイダルマスの事かいっ!?」
 突然、親しみのある名を彼の口から聞いて、フローラはギョッと目を見開いてアルシアへと詰め寄った。
「何でっ…何でお祖母様の名を知ってるの!?」
 身長差で届かなかったのか、胸ぐらではなくシャツの腰部分を掴まれ、みっともなくズボンから出てしまったそれを焦って戻しながらも、必死にフローラの問い掛けに応じてやった。
「何でって…有名な神話じゃないか。何で月の民である君が知らないのか、聞きたい位だよ」
 さも当然という風でそう言われ、愕然とした面持ちでフローラは彼の服から手を離した。


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