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 それからの手続きは、至って順調であった。
 ダルムトが名義の案内状の効力は凄まじく、矢継ぎ早に許可が下り、四半時もかからぬ内に無事に図書館の扉をくぐる事が出来たのだ。
「ダルムトさんには足を向けて寝られないわ」
「本当に…有り難いことですね…」
 手当たり次第にかき集めてきた本の小山を、片っ端から読み進めてゆくフローラの感謝の念に、ミファールも目を伏せ同意する。瞼の裏に浮かぶ父の顔が、何だか既に懐かしく思えた。
「これも違う…。神話っていってもほとんどが民話みたいなものだからなぁ。捏造やら脚色が加わって原形を留めない物も多いのね」
「読み物としては、面白いんですけどねぇ」
 写実的な挿絵の載った本をパラパラとさせ、勝手も解らぬままにミファールも調べていく。どの辺りが真実と嘘の境界かなんて、彼女には理解出来なかったが。
「それに…クラディエンスに関する本がどれも新しすぎて役に立たないわ。どの本も彼が魔王になった後の話ばかりなんだもの」
「新しいって…二百年以上も前の本だって結構ありますよ?それよりも更に昔でないと、駄目なのですか?」
「うん。三百年以上は昔でないと」 ケロリと述べられ、ミファールは絶句する。
「さん…びゃく、ですか?」
「ええ。少なくとも、私の年より昔じゃないとつじつまが合わないもの」
『えぇっ!?』
 ミファールの驚愕の声に、重なるようにして聞こえた声に、フローラの瞼がピクリと動く。
「………何か用かしら?」
「ご挨拶だなぁ!たまたま目的地が同じだっただけじゃないか」
 冷たくあしらわれても意に介さぬ素振りで、笑顔でそう返したのは…先刻食堂で相席をした不愉快な魔法使いの男だ。どうやら読書部屋の個室の外から聞いていたらしく、堂々とドアを開けて入り込んできた。
「盗み聞きする人に言われたくないわ」
「別に盗み聞きじゃないよ。聞き耳を立ててただけだからね」
 ああ言えばこう言う…舌打ちしながら無視を決め込んだフローラに、しかし彼は引き下がることも無く非常にしぶとかった。
「ねぇ、さっきの言葉……アレどういう意味?キミは何者なの?」
「答える義理も義務も無いと思うけど…?」
 行儀悪く机に腰掛けながら詰め寄った彼に、我慢出来ずに睨みつけてしまう。けれども子供のするそれだ…さして驚きも恐れも与えられぬまま、男は引いてくれなかった。
「じゃあさ、取引ならどうだい?」
「名前も名乗らない人と取引するほどバカじゃないわよ、私は」
「あぁ、それは失礼!興奮してたら、ついつい大事なことを忘れていたよ」
 ツンとした態度を崩さぬフローラに、決して本気でなかろう謝罪をしながらも、男は机から下りて誠意を込めた手を差し出した。
「僕はアルシア。アルシア・ランバートだよ。南のレディウス国の片田舎の塔に住む者だ」
 あまりにアッサリと自己紹介をされて、つい握手をし損ねたままポカンと見上げてしまう。
「ゴメンね。僕は昔から知りたいと思った事があると、後先考えずに動いてしまうんだよね。師匠にもよく怒られたよ」
 苦笑混じりに、そんな照れた顔を見せられて困惑する。人懐っこい彼の笑みは、悪人と決めつけるにはあまりに愛想が良すぎるのだ。
「…フローラ・キャシー・ウェイダルマスよ。フローラって呼んでくれて構わないわ。そっちはミファール」
「ミファール・エルドラントと申します」
 フローラの許可に応じて、ミファールも彼に名乗りを上げた。お辞儀と共になされた丁寧な挨拶に、アルシアの口元が緩む。
「良かった…危うく誤解されるとこだったね」
「もう充分してたけどね」
 手厳しいフローラに、返す言葉が無い。
「取引、とは無理に言わないよ。ただ僕の住む塔には、師匠の師匠のそのまた師匠の代より昔から集められてきた古い文献や物語がたくさんあるんだ。君の求める本もあるかもしれないと思ってね。どうだい?悪い話じゃないだろ?」
「まぁ…話だけ聞くならね」
「フローラ…」
 それでもまだ信用していない様子のフローラに、不安そうな顔でミファールが声を掛ける。
「彼を信用する事は簡単よ。でも私はあなたを…ミファールを預けられた身として、そう易々と危険な可能性のある状況に遭わせられない」
「預けられた…って、君が?彼女を?逆じゃ、ないの?」
「ええ、そうよ。彼女の父親から頼まれて彼女を預かってるわ」
 事もなげに言われ、アルシアは絶句する。
「君は…一体…?」
「………そうね。万が一何かあった場合には、あなたの口を封じる心積もりでいればいいか」
 サラリと物騒なことを言われた気がしたが、沸き上がる好奇心には勝てず…アルシアはそのまま黙って少女の言葉の続きを待った。
「私は…五日前にこの地へ来たの。空に浮かぶあの…鏡の月からね」
「鏡の月…?じゃあ君は、月の民って事っ!?」
「一般的には、そう呼ばれているみたいね」
 読んでいた本をパタリと閉じ、読み終わったものを重ねて持ち上げながら、個室である読書部屋の扉を開けようとした所で立ち止まって、フローラは振り返った。
「ああ、待って。いま開けるから」
 頼むよりも早くにそう言われて、素直に扉を開けてもらう。
「ここの本も返却するんだよね?手伝うよ」
 そう言ってフローラの倍の本を抱え上げた。
「…なら遠慮なくお願いするわ。ミファール」
「はい」
「悪いけど、荷物番お願いね?」
「もちろんです。いってらっしゃい」
 笑顔で見送られ、フローラはアルシアと共に書架を目指して部屋を出ていった。


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