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 豊饒の湖を抜けたのち、街道は真っ直ぐ南西へと進んで一旦レディウス国の領地へと入り、そこで、南北の国々を繋ぐ別の街道と交わる。その分かれ道を曲がって再び北の方を目指したフローラたちが、無事目的地のフロスティルト国王都へと到着出来たのは、フィルディリアの町を出て、きっかり三日後のことだった。
 季節はもうすぐ春を迎えるこの時季。芽吹く木々をつかの間楽しんだレディウス国での旅もすぐさま終わり、また寒さの厳しい土地へ足を踏み入れる…決して楽な道のりではない旅を、こうして経験の無い二人が予定通りに過ごせたのは、ひとえにフローラの力によるものだ。
「本当に、不思議な方ですね…」
「別に何かしてるワケじゃないんだけどね」
 魔力を持たないミファールには姿を確認することは出来なかったが、フローラの行く先々で自然が彼女を祝福しているような光景を見た。雪は決してその猛威を振るわず、風は穏やかに南の空気を運び、雪解け後のぬかるんだ地面に足を捕われる事など一度も無かった。偶然なのかもしれない…けれど、それはフローラがいるからこそ起きる現象なのだ…と、ミファールは心のどこかで確信していた。
 お蔭でその行程はとても快適で、慣れぬ旅に疲れを溜め込む前に目的地へと着けた、という訳なのだ。
「それにしても…ミファールが旅に一緒に来てくれて、心底助かったわ。まさか…こんなにも自分のなりが足を引っ張るだなんて、思ってもみなかったもの…」
 フローラの感謝は、さっき行われた宿の主人との遣り取りに由来する。
 王都へ着いてまず真っ先に行ったのが、数日滞在するであろう可能性を考えて宿を借りる事だったのだが、店の主人はどこからどう見ても小さな子供であるフローラが、部屋を借りたいのだといくら説明したところで、頑なにそれを取り合ってくれなかったのだ。
 王都に着くまでの夜は、民家を訪ねて部屋を借りたり、比較的暖かい土地では雨風を凌げる洞窟で野宿をしたりしており、こうした店でのやり取りは直接行わなかったため、ここに来て初めての経験に、さすがのフローラも予想外に戸惑っていた。
「行動力だけじゃどうにもならない現実を嫌というほど味わったわ…」
 グッタリとベッドに伏せたままぼやく。
「フフッ…」
 結局、フローラの旅においては同行者であるミファールが、彼女に頼み込まれたどたどしく保護者のフリをしながら説明した上で、何とかこうして部屋を一つ借り受けるに至ったのだ。そこで先のセリフに繋がるわけである。
「皆さんも、フローラがどれだけ凄い方なのかを理解していたなら…簡単に受け入れて下さるでしょうに」
 本気かどうか、判断のつかないミファールの言葉に、思わず顔を上げてそちらを見る。
「いや…それはちょっと…恐らく、絶対無いと思うんだけど、なぁ…」
 旅の連れである彼女には話したが、フローラは己の正体を他に触れ回るつもりは毛頭無い。いらぬ噂を安易に広めたなら、どういう結果が待ち受けているのか…想像がつくではないか。無駄ないさかいは避けるに限る。
「ま…しばらくの間は神話を研究する姉妹って格好で活動するのが賢明かもしれないわね」
「解りました。フローラのおっしゃる通りに」
「……まぁ気付かれるのも時間の問題なのかもしれないけど…」
 ミファールの、フローラに対するその態度や話し方は、出会った当初から全く変わらない。
 旅の途中、それでは不都合も起こるだろうと一度は直させようとしたのだが、砕けた会話をするということがそもそも出来ないらしい彼女は、以降何も話せなくなってしまい…さすがのフローラも気の毒に感じて諦めた。フローラが恩人だからではなく、生れつきの彼女の性質…のようなものなのだろう。
「荷物を置いたら、すぐにお城に許可を頂きに出掛けますか?」
「ん?んー…いや、取り敢えずは腹ごしらえに行きましょ!朝ごはん食べ損ねたから、お腹がペッコペコなんだ〜」
 空腹の理由はもちろん、さっきのやり取りが原因である。
「そういえば…私も。では下の食堂でお食事をしてから行きますか」
「りょ〜か〜いっ!」
 ミファールのお誘いにベッドを跳ね起きて、フローラは意気揚々と部屋を飛び出していた。


* * * *


 フロスティルト王国は、寒さの厳しい最北の地にある国ではあるが、都自体は領土の一番南に作られているため、フラウディアの王都より気温も暖かく賑わいがあった。みな冬の気候に怯える事なく、穏やかに暮らしている。
「食べ物もとても豊富ですね。入都の際に特に許可証を求められる事もありませんでしたし、フラウディアに比べておおらかな印象です」
 運ばれてきた花の香りのするお茶を、ひと口含みながらミファールが感想づけた。店の豊富なメニューを目にして、自国との暮らしぶりのあまりの差異に、面食らっている様にも感じる呟きだ。
「ん、まぁその辺は国のトップの気質や、過去の歴史にも影響を受けてるだろうから、一概にどっちが悪くてどっちが良いか言えないけど…素性の怪しい私には有り難い限りだわ」
 揚げた芋に染みたバターの風味と、とろみのある野菜のあんの相性が堪らない、店イチオシの一品に舌鼓を打ちながらフローラが答える。
「フローラはそんな事まで考えているのですね…私なんてまだまだ知らない事ばかりで」
「伝え聞いただけの私の知識なんて大したモノじゃないよ。百聞は一見に如かず!ミファールも私も、これから色々学び取っていきましょ」
「ふふ…そうですね」
 気取らぬフローラの、その物事に対する姿勢と言い回しが、閉鎖的な神殿の中で育ってきたミファールの目には新鮮に映り、また心地好く感じられるものだった。


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