‡13‡


「ハァ…少しおどかし過ぎちゃったかな…」
 フローラがようやく口を開いたのは、豊饒の湖に沿って繋がる長い街道を、湖の半分くらいは進んだ頃だった。
「あの、フローラ…。さっきは一体何をしたんですか?」
 まだ状況が飲み込めていないのか、複雑な顔をしたミファールにこう尋ねられ、至極バツの悪そうな面持ちで説明する。
「そっか…精霊魔法を扱う人間じゃない限り、普通の人に精霊は見えないもんね」
 反省の意を込めて、溜息をひとつ吐きながらポリポリと頭を掻いた。
「アレはね…街灯に閉じ込められてた火の精霊を強制的に解放したの。そして、もう一度人の…魔法使いの手でそれを捕まえられないよう、フィルディリアの町が二度と火の精霊と契約を出来ないように、私の魔力で更に強力に契約を上書きしたのよ」
 事もなげにそう言われ、ミファールは思わず顔面蒼白で固まってしまう。
「じゃ…じゃあ町の人達は…っ!?」
「あぁ、安心してよ。『おどかし過ぎた』って言ったでしょう?これ以降、火が使えなくなるとか…そこまでの話じゃないわ」
「良かった…」
 あれだけ酷い仕打ちを受けたにも関わらず、町の者たちの暮らしを心配するミファールに、苦笑いを浮かべながらフローラが続ける。
「ただ、今までみたいな安穏とした冬は決して送れないでしょうね。降雪も、慣れない人には厳しい量だと思うわ、きっと…」
 精霊の加護の無くなった今…あの町の冬は、周りのそれと同じになるだろう。最初は多少…苦労する事になるだろうが、暮らすに暮らせぬ程の生活ではない。
「少し…気の毒ですね…」
 ぽつりと放たれたミファールのそんな声に、内心は肯定しながらも諭す様に言い聞かせた。
「ミファール…あなたは優しいわね。けれど、優し過ぎるきらいがある。もう少し人間らしく怒り散らしてもバチは当たらないと思うわ」
「………努力します」
 困り顔でそう誓われてしまい、思わず説教をしたその口で吹き出してしまった。
「それと…これだけは言っておかなきゃよね。あなたのお父さんには、私が契約した火の精霊を付けてあるわ。私が破棄したり死なない限り決して失われることのない契約よ」
「フローラ…」
 それはフローラの、彼女なりの感謝の気持ちだったのだろう。ミファールに対しての、また彼女の父親に対しての。あの一瞬で、そこまで考えて行動していたとは…ミファールは驚きを隠せなかったが、すぐ破顔して彼女を抱きしめながらこう囁いた。
「本当に…ありがとうございます…。私のために、怒ってくださって。私のために、こんなにして頂いて」
 ミファールの抱擁を素直に受け取りながら、フローラも自然と笑顔になっていた。そうしてしばらくお互いの心を確かめ合ったのち、再び二人は歩き始める。雪に荒れた街道を一歩ずつ…前へ、未来へ進むように。
「ひとまず、目指すはフロスティルトの国ね!ダルムトさんから説明を受けた通りだと、この街道を一度南下して分かれ道を右折……だったかしら?」
「はい。徒歩でしたら、天気にもよりますが…そのまま道なりに二、三日ほど進めば、国境に着けると言ってました」
「まぁ…子供の足だからなぁ。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、我慢してね?」
 そう忠告するフローラは、しかし楽しそうな様子で道を小走りに進んでゆく。
「私も…なにぶん初めての旅ですし、フローラの足を引っ張らないよう精一杯頑張りますね」
 ミファールも、少女の後を追って駆け出す。どこまでも続いて見える北国の街道は、そんな二人の姿を見つめるかのごとく、ただ穏やかにそこに佇んでいた。


 空は雲ひとつ無い、快晴。
 それはまるで、二人の密やかな旅立ちを祝福するようで。

 少女の旅の幕開けは、そんな穏やかな北国の空の下から始まった。その道は、決して平坦なものではない。けれど同じ道をゆく友を得て、旅の行く末に射した一筋の光は…とても強い絆へと姿を変えて彼女を包んでいる。

 フローラは笑みを浮かべて、まばゆく水色に輝く空を見上げた。

 胸に込み上げる、確かな自信と期待をひとり噛み締めながら。これから待ち受ける運命に、どう立ち向かっていこうか…思案しながらも、ワクワクする気持ちを抑えられないままに…─


prev - next
P:15
13/13

back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -