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 早朝の城門は静まり返っていた。
 さすがに見張りの兵士はようやくその職務に復帰していたが、凄惨な事件が起きた直後だ…市は復旧の目処が立っておらず、朝から活動をする者はほとんどいない。
「マティッカおばさん…」
 ミファールは振り返り、見慣れた姿と程遠い広場を静かに見つめた。
「ミファール…?」
 フローラは最初…振り返った理由を、見送りに来なかったダルムトに後ろ髪を引かれているのだと思ったが、彼女の口から出たのは聞いたことの無い人間の名前だった。
「おばさんは…恐らく私のせいで犠牲になったのです」
「え…?」
「あの魔族の男は言ってました。女神を探しているのだ…と。理由は解りませんが、その女神とは…きっと、私の中に眠るヴェンディーヌの事だったのではないでしょうか?だとしたら…だとしたらおばさんは…」
「例えそうだったとしても、あなたには一つも非は無いわ」
 自分の呟きを遮るように力強くそう言われ、行きどころの無い気持ちにギュッと拳を握る。フローラはその手を取り、優しく繋いでやる。
「それを運命と片付けるにはあまりに乱暴よ。でも…仮にその男が探していたのがあなたの事だったとして、大人しく連れ去られたとしても…もしかしたら逆に、町の人達は口封じの為に皆殺しにされていたかもしれない」
 ハッと息を飲み、彼女の顔を見た。自分でもどこか、その可能性を考えていたからだ。
「起きた事は覆らないわ。大好きな人を失ったあなたの深い哀しみを、私はその欠片も理解が出来ないかもしれない…。でも、事実がそうであったとしても、私は…ミファール、あなたがいま隣にいてくれる事、純粋に嬉しいと感じているわ」
 握った手に、力が込められる。小さいけど、温かい手だ。
「ありがとうございます…フローラ」
 慰めにもならぬ己の言葉に歯痒さを感じつつも、そっと握り返してくれたミファールの手にそれが徐々に溶かされてゆくような気がした。
「行きましょう…」
「…はい」
 そう促され、一歩城門をくぐろうとした時…ガツンと鈍い音と共に、外壁に何かが当たって砕けた。
「なに…?」
 そちらを見遣ると、地面に二つに割れた石が転がっている。
「…どういう、こと?」
 フローラが口に出すのと同時に、再び…今度はいくつもの石が二人に向かい投げつけられ、バラバラと音を立てながら地面に落ちていく。
「…クッ!!」
 気が付けば、町の住民たちに囲まれていた。一様に殺気立った目をした彼らが、二人に石を投げつけていたのだ。
「悪魔っ…この悪魔め!!」
「お前がこの町をこんなにしたんだ!!」
 口々に浴びせられる、罵りの言葉。人垣の中には、見た顔も混じっていた。神殿長の執務室で会った、エーレンだ。
「出ていけ!!二度とこの町に足を踏み入れるな…魔王の手先め!!」
 投げつけられた石の数々は、けれども二人に当たることは決して無かった。まるで見えない空気の壁がそこにあるかの様に。
「言われなくても出ていこうとしている人間に向かって、随分なご挨拶ね!」
 しかし言葉の石は防ぎようがない。フローラは震える拳を懸命に押さえ込みながらも、彼らに向いてそう叫んだ。
「これがあなた達の仕打ち?何も考えず、ただ目の前で起きた事を鵜呑みにして、目立つ者を槍玉に上げて迫害し、脅威に脅えるだけのクセに……卑怯だと思わないの!?」
 だが興奮した町の者たちは、少女の声に全く耳を貸さない。止まぬ暴力の雨に、フローラの中の何かが弾けた。
「キャアッ!!」
 甲高い悲鳴が上がる。パァンという破裂音とともに、町の外壁に取り付けられていた街灯が一斉に割れたからだ。
「フローラッ…いけません!!」
 すかさずミファールが少女を抱き留める。
「お願いですっ…町の人を傷付けないで」
「ミファールは、優しいね…。でも私は我慢がならないわ。このままあなたを追い出したこの人間達が、その後もこうしてのんびりと過ごす事が、どうしても許せないの」
 この場にいる人の中で、唯一彼女だけがこの出来事をフローラの仕業と気付いたのだろう。必死にそう懇願され、フローラは声のトーンを変えずにそれに応じる。
「うん、傷付けたりはしないよ。ただ…─」
 そう言って、彼女は右手を高く上げた。街灯に閉じ込められていた火の精霊たちは、突如として起きた現実を理解出来ずその場に留まっていたのだが、フローラのそれを合図に、一斉に方々へと散っていった。
 その中のひとりは、赤い軌跡を描きながら…町の中央へと向かってゆく。
「あの憐れな精霊たちは、元の世界へと帰してもらうわ。そして二度と…あなた達に火の精霊の加護と恩恵は訪れない」
 それは、呪いにも似た絶対的な力の込もった言葉だった。
 フローラの宣言通り、フィルディリアの町に火の精霊が捕らえられる事はその後二度と無く…人々は冬の猛威に怯えることとなる。ただ、一人を除いては。
「行こう、ミファール」
 今度は振り返りもせずに、ミファールの手を取りズカズカと町を出た。ミファールもそれに引きずられる形で、駆け足で彼女の後を追う。そんな二人の姿を…町の人々は、黙って見送るほかはなかった。


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