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「瘴気?う〜ん…ますます考えにくいんだけどなぁ。いくら魔王と呼ばれる存在といっても、元は私たちと同じ人間よ。そんな環境に好んで住むとは思えないし…」
「ですが…」
 地図を挟んだ向かい側で困った顔をされて、フローラは慌てて言葉を続けた。
「あ、ううん。ミファールを疑ってるワケじゃないのよ。悪者の噂には尾ヒレが付きやすいと相場が決まってるしね。ただ…」
「ただ?」
「単純にそこを目指すのは得策じゃないわね。直接会う事が目的じゃないし。伝承が残る地を中心に聞いて回りたいと思ってるの」
「でしたら…逆方向にはなりますが、ここより更に北にあるフロスティルトを目指すと良いと思います。あの国には、とても大きな図書館を備えた研究施設があって、地方の様々な物語も蔵書にたくさんあるという話です」
 そう言ってミファールが示したのは、今いるフラウディアより北西に位置する国家だ。
「図書館かぁ…まあ確かに伝説の域に含まれる話だもんね。その方が手堅そうだわ。それじゃ決まりね!」
 勢い勇んで再び地図を丸め、旅立ちの準備を行おうと、フローラはまずはまだ済んでいない着替えから取り掛かる。借り物の寝間着という名のブカブカのシャツを、悪戦苦闘しながらも無事に脱ぎ、着てきた服を手早く身につけて、それからお気に入りの赤いコートを羽織ろうとしたところで、部屋のドアが軽く三回、ノックされる音がした。
「ダルムトだ。もう起きたかね?」
「あ、どうぞ」
 入室の許可を受け、神殿長が顔を覗かせる。眠れなかったのだろうか…昨日より幾分顔色が芳しくないようだ。
「お父様…」
「ミファール、おはよう。よく眠れたかな?」
「…はい、とても」
 濃いクマを目の下にこさえて、決まり文句の挨拶をする父に、ミファールもやんわり微笑みながら返した。
「ダルムトさん、昨日はどうも。さっき二人で話し合ったんだけどね、ひとまずは…北にあるフロスティルトの図書館を目指そうと思うの」
「そうか…」
 取り敢えずの行き先が危険な場所ではないと知り、ダルムトはホッと安堵してみせる。
「これを持っていきなさい。国家間を渡れる、私の署名入りの通行証だ。それと…そうだな。図書館を利用するには王の許可が必要だろう。私の名前で案内状を持ってくるとしようか」
「何から何までありがとう。助かるわ!」
 用意の良い彼に感心をしながら、フローラは遠慮なくそれを受け取った。
「ミファールや…」
「…はい」
 通行証を手渡すと、ダルムトは今度は静かにミファールへ向き直る。
「すまなかった…。私がお前を拾わなければ、ともするとこんなつらい思いはしなかったやもしれないな…」
「いえ…いいえっ!!それは違いますお父様!」
 泣き言のような父の言葉にかぶりを振って、ミファールはそれを心の底から否定した。
「私は幸せ者です。あの時死ぬべきだった運命を救われただけでなく、こうして…今もなお、お父様の深い愛情をこの身に受ける事が出来るのですから」
 娘の感謝に感極まったのだろうか…ダルムトは思わず彼女を抱きしめていた。
「例えどこにいようと、生まれが分かろうと、お前は…私の大事な娘だ。それだけは、決して変わりはしない。覚えておいておくれ…」
「はい…はい…ッ!!」
 父娘の信頼と愛の深さに感激したのか、横で見ていたフローラもそっとコートの袖で目元を拭っている。
「紹介状を受け取ったらすぐに出掛けなさい。そろそろ皆が町へ出る時間だ…心ない者達が、噂を聞き付けてくるとも限らない」
 そうしてしばらくの間、二人の様子を眺めていると、不意にダルムトがこう切り出した。
「同感だわ。噂…特に悪い噂が巡る速度が早いのは人の世の常だもの」
 フローラも渋い顔をしながらそれに頷く。
「そう…ですよね。すぐに準備をします!」
 二人の言葉に、ミファールが慌てて荷造りを再開する。それを見計らった神殿長は、そっとフローラに近付いた。
「これを…」
 彼が手渡したのは、ずしりと重い量の金貨の入った麻袋だ。
「ちょっ…受け取れないわ、こんな額!」
「大丈夫。神殿に寄せられた金ではない」
「そういう事を心配してるんじゃなくてね…」
「私がもしもの時を思ってミファールのために貯めていたものだ。だから、これはあの子の金なのだ。しかし直接渡しては、きっとあの子は受け取らないだろう。それにな…」
「……それに?」
「実を言うと、あの子には買い物をさせた事が一度も無い。この町に住む限りは必要無かったからな…。それを含めて、渡すのが心配だ」
 大真面目な顔で言うから本気にしかけたが、ニヤリと浮かべられた笑みに、その訳は恐らく彼なりの気遣いなのだろうと考え、フローラは今度は黙って袋を受け取った。
「お嬢さん、お預かりするわね」
「よろしく頼む…。あの娘が、少しでも今より幸せになれるように…」
「ええ、任せて!」
 最後まで娘を想い続ける父親に、安心させるように大きく頷き返した。何よりも一番の幸せである彼の元を去らねばならないのだ。その位の気概を持ち、それを伝えて旅立ちたかった。


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