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「う……んんーっ!イイ天気ね〜」
 連日降り続けた雪に清められた朝の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、起き抜けの少女は全身を使い大きく伸びをする。この国にしては珍しく、冬の中休みだろうか…朝から気持ちの良い快晴だった。
 昨晩はダルムトの配慮で、大神殿の中に備え付けられている巡礼者用の、小さな宿泊部屋を借り受けたのだ。
「おはよう、ミファールさん」
「おはようございます」
 既に着替え終え、隣で静かに寝間着を畳んでいたミファールに笑顔で挨拶をする。弱々しいながらも、彼女から笑顔の挨拶が返ってきた。あの一件後、そのまま宿舎に戻す事によって、いらぬ害を加えられる可能性を危惧した父に、少女と同じ部屋で寝るよう諭されたのである。
「あの…」
「ん?なあに?」
 昨日のうちに父が密かに彼女の部屋から持ち出した私物を、勝手の解らぬまま荷造りをしていたミファールが、ふと顔を上げ尋ねてきた。
「本当に…良いのでしょうか?旅にご一緒してしまって…」
「はぁっ!?」
 どこかズレた質問に、素っ頓狂な声を上げて少女が問い返す。
「あのね、それは私が聞く役目なの。あなたは否応なしにムリヤリ旅に連れていかれるようなものなのよ?」
「あ、はい…そう、でしたね…」
 いまだに現実味が湧かないのだろうか…曖昧な返事に、少女は盛大に溜息を吐く。
「昨日も聞いたけれど、もう一度だけ聞くわ。本当に、私の旅に付いてきても…良いの?」
「勿論です。この町を追い出されれば、私には他に行く宛もありませんから」
「命の危険もあるかもしれないのよ?もっとも…出来る限り、私がフォローするけれど…」
「ありがとうございます」
「んっ!?んん〜…うん、あ、はい。どうも」
 嬉しそうに礼を述べられ、続く言葉を見つけられない。どうも上手く会話が噛み合わない。
「いや、そこは不安がるか怒るかしようよっ!!こんな子供がいきなり旅に付いてこいとかさ、全然信用出来ないでしょっ!?」
「そうでしょうか?」
 不思議そうに返され、思わず頭を抱える。
(や…やりづらいなぁ…)
 ミファールの天然な発言の洗礼を受けながらも、切り替えるように軽く頭を振ってやる。
「それなら、もう聞かないわ。旅の同行を承諾してくれてありがとう、ミファールさん」
 そう言って手を差し出すと、遠慮がちに握手を返された。
「あの…」
「ん?な…なあに?」
 続いて振り出しに戻ったかのように先程繰り広げた問答と同じ調子で始められ、失礼ながらも身構えてしまう。
「あの、そういえば……あなたのお名前は何とおっしゃるんですか?」
「………ああぁっ!!」
 彼女の父とは昨日の内に交わした名乗りを、この段階になって彼女にしていなかった事実に少女は思わず繋いでいた手を離してしまった。
「っていうか…名前も名乗らない相手のこと、もう少し怪しもうよ…」
 あまりの純粋培養ぶりにうなだれる。
「けれど…こうしてちゃんと私の心配を第一にして下さってます。悪い人には思えません」
「………大物だわ」
 でも力いっぱい信用されて悪い気もしない。決まりが悪そうな笑顔を浮かべつつも、少女は改めて手を差し延べこう名乗った。
「遅ればせながら……フローラよ。フローラ・キャシー・ウェイダルマス」
 今度はギュッと力を込めて交わされた握手に満足しながら、少女…フローラはそう名乗りをあげた。
「ミファールです。ええと…」
「姓も聞かせて。心優しいあなたのお父様から受け継いだ、誇り高いその姓も」
 言い渋っていた続きを促され、目を見開いていたミファールだが、やがて涙を浮かべながら穏やかな声でこう続ける。
「…ミファール・エルドラントと、申します。よろしくお願いします、フローラさん」
「呼び捨てにしてもらって構わないわよ。私もミファールって呼ばせてもらうしね。だって…大人のあなたから『さん』付けで呼ばれたら、周りの人は絶対不可解に思うじゃない?」
「…フフッ、そうですね…。では、フローラ」
「うん、その方が断然良いわ。もっと近付けた気分になれるもの!」
 そう笑顔で名乗り合い、ようやく旅の始まりを迎えられた事にフローラは胸を撫で下ろす。
「…で、よ。最初の目的地なんだけど…」
「確か…フローラは、クラディエンスの足跡を辿るつもりなんですよね?だとしたら、魔王は南のナミル平原に居を構えていると聞いた事があります」
「ナミル平原?あ、ここのだだっ広い平原ね?またそんな隠れようも無い所に住んでるなんて…悪の親玉のクセに潔いのね」
 昨晩、神殿長ダルムトから譲り受けた大陸の地図を広げながら、ミファールが指した箇所を見つめて思わずそう茶化した。
「いいえ…。ナミル平原は生ける者全てを死に至らしめる、瘴気に満ちた土地だと聞きます」
 ミファールの言葉に、納得のいかない様子でフローラが反論する。


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