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「そなた…知らぬのか?いまや生まれたばかりの子供ですら、その脅威に怯えているという…魔王クラディエンスの存在を」
 だが男の問いに、不遜な態度で少女は言う。
「知ってるわ、クラディエンスの名前ならね。でも彼は…魔王だなんて呼ばれる人じゃない!むしろあなた達大地の民にとって…」
「だがな、クラディエンスが我々を虐げ、配下の魔族を使って脅かし、魔力を奪っているのは紛れも無い事実なのだよ」
「そんなっ……!?」
 男の言葉の衝撃に少女はよろめき崩れ、床にぺたりと座り込んだ。
「なによ…何なのよこの子は…」
 降って湧いた状況が掴めず動揺するエーレンを一瞥し、男が話し掛ける。
「エーレンや…すまんが、こんな状況だ。また後日、改めて…今度は二人で話す場を設ける。今日のところは下がってはくれないか?」
 男の懇願に何か言いたそうな顔を見せたが、ギロリとミファールを睨みつけ、そのまま何も口にせずにエーレンは下がっていった。
「ミファールや…」
「お父様…わたし…わたし…」
 優しい声の父に触れられ、ガタガタと身体が震えた。親友に告げられた事実の衝撃に、まだ頭が受け付けられずにいるようだ。
「ひとまず、掛けなさい。お嬢さんも…」
 少女も促され、ミファールの隣にちょこんと腰掛ける。
「さて…どこから話すべきかな。ひとまずは、お嬢さん。そなたへの説明から」
 じっと目を合わされ、少女はコクリと頷く。
「私の祖父の、そのまた祖父の時代より更に昔からだ…。クラディエンスは、この大陸の魔王として君臨してきた。彼の目的は、大陸全土に満ちる豊かな魔力。人々の生活に浸透しているその魔力を、一方的に奪い、人間たちを迫害し続けてきた存在だ。だが…そなたの知るところのクラディエンスは違うのかな?」
 優しい目が、少女を見つめている。この状況で自分の言葉を否定しないでくれた事に感謝をしながら、少女は口を開いた。
「クラディエンスは…私の読んだ本によれば、この大地を守護する神だったわ。月の民である彼は、その膨大な魔力を使って精霊たちの働きを統治し、愛した大地を自らの力で守護する、大地の民の神だった」
「なんと…」
「けれど…彼は月の民であるメルヌリュースを愛し、それが理由で大地の民から平和な生活を奪ってしまった。後にメルヌリュースは殺され…そうね。絶望したクラディエンスが、魔王になっていたとしても…おかしい話じゃないわ」
 小さな頃から何度も読み返した物語を、頭の中で反芻する。自分の知っている事実と異なるが、よくよく考えたならば…知りたかった彼の『その後』が魔王という存在なのも頷ける。
「そのような伝承……今まで聞いた事も無い。一体どこでそんな物を…?」
 そう問おうとした、その矢先…。礼儀正しく扉を叩く固い音が部屋中に響いた。男が入室を促すと、入ってきたのはこれまた礼儀正しくも軍服に身を包んだ兵士だった。普段町の中では見掛ける事のない、城勤めの地位の高い兵だ。
「フィルディリア神殿長、ダルムト殿だな?」
「はい、そうですが…」
「私はフラウディア国王の第一警護隊隊長だ。国王の命により、通告書を渡しに参った」
「通告書と…?」
 仰々しくも高らかにそう告げる警護隊長は、ダルムトと呼んだ男の向かいに座るミファールをちら、と一瞥した後、手にした通告書を彼に手渡した。
「そこに記してある通り、今日より二日以内にここにいる娘を町から退去させよ。平和を乱す存在を、王はお認めにならない。良いか?二日以内に、だ」
 ニタリ、と不敵な笑みを浮かべて男は部屋を出ていった。
「あっ…」
「ミファールッ!?」
 立て続けにつらい現実を背負わされ、それに耐えられなかったのだろう…二人が気付いた時には、ミファールはぐったりと背もたれに寄り掛かり、意識を手放していた。目元に、涙の跡がくっきりと残っている。
「起こしたほうがいいかしら?」
「…いや、そのままにしてやってくれ」
 彼とて、告げられた君主の心ない決定に衝撃を受けていたが、愛する娘がただ不憫でならず…そのまま彼女を眠らせておいた。
「心の狭い王様ね。外壁の精霊の扱いといい、自分の利益と保身しか考えていない感じ」
 ミファールを長椅子にそっと横たわらせて、自分は行儀悪くも執務机の上に飛び乗りながら少女が言う。
「いや…一国の主だ。他の多数の国民達を守る義務がある。一人の為に、それを脅かす事は…あってはならぬのだろう」
 口を尖らせて文句をつける少女に、けれども気丈にその言葉を否定して、ダルムトは静かに呟いた。
「少し昔話を聞いてくれるかな、不思議な知識を持つお嬢さん…」
 脈絡無い話の始まりに少女は首を傾げたが、真剣そうな彼の表情が気になったので、黙って頷いてみせる。
「ミファールは…私の本当の娘ではないのだ」
 予想外の事実に、少女は目を見開いた。
「彼女はね、捨て子だったのだよ。もう二十年以上も昔の話だ…当時私はまだ神殿長の地位に就いてはいない、いち神職者だった。地方から要請を受け、小さな集落で信者に祈りを捧げる役目を授かっていた。この娘を見付けたのは、そんな小さな…ある集落の教会だった」
 遠い目をしながら語るダルムトは穏やかで、ミファールを深く愛していると感じられた。


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