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 少女がこの町に降り立ったのは、そんな事件がひと通り収束し、住民たちの協力でなんとか後片付けを始められた二日後の早朝だった。
「いやぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 門から見て右側に広がる小高い丘のふもと、一面の銀世界に感激する余裕も持てないまま、頭からそれに突っ込んだところでようやく落下が止まる。
「………ぶはっ!!」
 どうにかして抜け出し、顔を上げた。真っ白に雪にまみれた髪を、乱暴に叩き落とす。
「途中までは上手くいったんだけどな〜…」
 半分位までは、ゆっくりと下りてこられた。けれど人ひとりを支えるには連れてきた精霊の数では頼りなく、地上まであと少しのところで空中に投げ出されてしまったのだ。
「下が雪だってことも、すっかり忘れてたよ。やっぱり…水の精霊も呼んでおけば良かったのかもなぁ…」
 ため息を吐き、体中に付いた雪を払い落としながら立ち上がる。一緒に連れてきた地の精霊は、己の管轄外である雪の絨毯に主を守る術を見出だせず、おろおろ顔で立ち尽くしていた。
「ゴメンね、あなたのせいじゃないよ」
 そう慰めると、やっと落ち着きを取り戻し、寒さで赤く染まった少女の鼻の頭にキスひとつ…静かに大地へと還っていった。
「さて…と。ここはどこなんだろう…?」
 目の前に見えるのは、堅固な城門…たくさんの人が住むだろう、大きな町の外壁だ。
「北の辺りであの規模の町ってことは…恐らくフラウディアの城下街あたりかな?良かった…一応は人里の近くに降りる事は出来たんだ!」
 周りに散らばった荷物を素早く拾い集めて、少女は取り敢えず情報収集をするべく、城門を目指して歩き始めた。
「ちょっ…何よ、アレ!」
 アレ、と称した街灯を見遣り眉をひそめる。
「火の精霊をむりやり閉じ込めて利用するとか…趣味が悪すぎるわ。あんなに悲しそうな声を上げてるのに」
 そう吐き捨てながらもなお歩み寄り、城門の前へと立った。だがいざ着いてみると、案の定…扉は固く閉ざされて旅人を拒んでいる。
「ま、定石よね」
 とは言いつつも、見張りの者がいない異常さに気付いてもいた。扉の向こうから微かに漏れ聞こえるのは…穏やかならぬ人々の声。それと風に乗って運ばれてきた血の臭い。
「何か…あったみたいね」
 言うが早いか、少女は大扉の前から離れて、見張り塔の下に設置された、兵士用の小さな扉へと向かう。勿論、その周辺に見張りは誰一人いなかった。その隙にコッソリ入ってしまおうという魂胆だ。
「う〜ん…さすがに鍵がかかってるか。じゃあ…仕方ない!」
 ノブを回すと、ガチリと鈍い音が返る。それを確認して、少女は口の中で何やらモゴモゴと呟いた。途端にカチャリと固い音が響き、今度は簡単に扉は開いてしまった。
「ありがと…」
 これまた小さな声で何かに礼を言ったのち、用心しながら門をくぐる。後ろ手に扉を閉め、証拠隠滅とばかりに再び静かに鍵を掛けた。
「ふぅん…また大事件が起きたみたいねぇ…」
 町は、いまだに襲撃の爪痕が残ったままだ。ところどころ焼け焦げた建物、メチャクチャに荒らされた街路樹、忙しなく駆け回る人々…。そのどれもが、これだけの都市では有り得ないほどの非日常が起きた事を物語っている。
「ひとまずは酒場…と言いたいところだけど、この様子じゃ営業してなさそうだしなぁ。無難に神殿に行ってみるとしますか!」
 独り言ではあるが、口に出して確認をして、そのまま真っ直ぐ町の中央へと向かう。
「へぇ…イリェ…ネ、ディール?地母神かぁ。本には載ってたけど、伝承とは別の神って本当に信仰されてたんだ」
 神殿の関係者が聞いたらなんと罰当たりな!と激しく叱られているであろう言葉を、平然と言ってのけながら、少女は大神殿の前へと辿り着いた。中から人の気配はするものの、入口は固く閉ざされている。押しても引いても少女の力ではびくともしない。
「ちょっと何なのよ!信ずる者に等しく門戸を開くのが教会の方針じゃなかったの!」
 そう憤りながらも、平常ではないこの状況…第一、『信ずる者』でない自分でもある。仕方がないと諦めて、他の入口は無いものかと神殿の周囲を探し回った。
「お、ここから中に入れそうね」
 ひっそりとした目立たない場所にあった裏口を見つけ、先ほど城門を通ったのと同じ手法で忍び込む。表の扉でそれをやらなかったのは、あの扉が鉄製で、重い閂型の鍵が掛かっていたからだ。いくら気をつけても、中にいる人間に気付かれる位の大きな音が立ってしまう。
「お邪魔しまーす…」
 物音に気を配りながら、そろりと片足を踏み入れる。ひとまず部屋の中に人の気配は無い。扉を閉めて、更に奥に進んでみた。
「う〜ん…確かに人がいそうだったんだけど」
 廊下に出てもなお見掛けぬ人の姿に、不安になってきてしまう。とにかく、落ち着いて誰かに話を聞きたいだけなのに。そう愚痴りながら歩き回ると、普通の部屋のそれよりもいくらか立派な両開きの扉の前に出た。耳を澄ますと、中から人の声が聞こえてくる。少女はぴたりと扉に張り付いて、中の様子を窺った。
「では…何も覚えていないというのだな?」
 しゃがれた、けれど朗々たる男の声が問う。
「…はい。町に戻って、マティッカおばさんの姿を見たところまでは覚えているのですが…」
 追ってか細い声が答えた。女性の声だ。
「ああ、いや…お前を責めるつもりは無いよ。ただ……覚えていてくれたのなら、事の次第を知りたかったのだ。何せ我々も、いまだに何が起きたのか理解しかねているのでね」
 先程より幾分語気を緩めながら男が宥めた。
「だがな、城門で見ていたという兵士らの話によると、お前があの魔物の群れを全滅させたのだというのだよ。事実、お前があの時に奪っていった兵士の剣が、倒れていたお前の近くから血まみれで見つかった…。倒された魔物達は、全て剣によって死に至ったと確認されている」
「本当に何も知らないのですお父様…ッ!!」
 悲鳴にも近い声でそう叫ばれ、男は黙った。どうやら、中の二人は親子関係らしい。


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