朝焼けのラリー


 寒の戻りだろうか…つい先日吹いた春一番が記憶の彼方になりそうな程、三月頭の朝は冷え込んでいた。

 ジャージを通して肌を刺す風は、まだまだ冬のそれで。軽くウォームアップしながら、コートの脇で約束の相手を待つ。

 誕生日を明日に控えた俺は、今日こそ彼女に伝えようと、覚悟を決めていた。ただそれだけの事なんだけど、緊張してるのか…体を動かしてないと落ち着かない。

「あ、来た来た」

 このコートからは、猛ダッシュでこちらへ向かってくる姿が一目瞭然だ。寝起きなのか…寝グセの付いたままの髪型が、いつも以上に壮絶な事になっている。

「おっ…は!っはぁ…はぁ……お、おはようございますっ!!」

「おはよう、巴ちゃん」

 切れる息を必死に整えながらくれた、朝一の挨拶。俺も笑顔で返す。

「スッ…スミマセン、遅刻しちゃって…」

「いや、時間ピッタリだよ。俺が早く来過ぎだったんだ」

「本当ですか!?あ、本当だ…良かったぁ!」

 俺の返事でコートに設置されている時計を見遣り、ハァーっと大きく溜め息をつく彼女に、少し意地悪な質問をしてみた。

「昨日は夜更かしでもしてたのかい?」

「うぐっ!!」

 聞かれた彼女は、予想通り言葉に詰まって押し黙る。

「夜更かしというか…同じ部屋のみんなで話をしてたら盛り上がっちゃって…」

「へぇ…どんな話?」

「ぅえっ!?あっ、ひなっ…雛人形の話………とか?」

 答える巴ちゃんは、何故か挙動不審。

「あぁ、そういえば昨日ひな祭りだったね。女の子同士だし、華やかで楽しそうだ」

「そう…かな?一方的にからかわれただけな気もするんですが…」

「ん?ひな祭りの話題でかい?」

「あっ…いえっ!!そうそう!!幸村さん、早く練習開始しましょう!時間が無くなっちゃいますよ!!」

 強引に話の流れを打ち切られて、けれども時間が削られるのが惜しいのも事実だし…。ここは巴ちゃんの意見に同意しておこう。

「そうだね。じゃあ始めようか」

「ハイッ!!」

 元気な返事を合図に二人コートの対角へと散り、ようやく約束の早朝練習は始まった。

「行きますっ!!」

 気合いのこもった掛け声とともに、綺麗なフォームでトスが上げられる。合宿の初日と比べると雲泥の差なその打球を返しながら、俺は感嘆の声を上げていた。

「へぇ…だいぶ良くなったね」

「そうですか?選抜の練習、すごくキツいんですけど、やっぱり成果が出てるんですね!嬉しいな〜♪」

「フフフッ……人一倍頑張っていたものね、君は。でもコレはどうかな…ッ!!」

「っ…まだまだぁっ!!」

 更に重さを加えたより速い返球に、精一杯食らい付いて打ち戻す巴ちゃんの腕は、確かにこの合宿での成長を著しく感じさせた。

「へぇ…やるなぁ」

「すぐ終わったら勿体ないですもん!」

「ハハッ…確かに!」

 途切れる事の無い、長い長いラリー。試合ではただ辛く苦しいだけのそれも、今はただひたすら楽しくて。

「ねぇ、巴ちゃん?」

「はい?」

「あのさ…より燃える為にも、これから一回ミスをする毎に一つ、相手の言う事をきく…っていうのはどうかな?」

「へっ!?あっ………あぁ───っ!!」

 突然の俺の提案に、動揺したのか…彼女のラケットが大きく宙に半円を描いてボールを掠めた。

「ハイ、1ミス目」

「いま…っ!!今のはノーカンじゃないんですかっ!?」

「ノーカンには出来ないなぁ。試合中にさ、観客のクシャミに驚いて空振りしたからって…得点を無かった事には出来ないよね?」

「そっ…それはそうです、けど…」

 屁理屈で言いくるめられて、まだ不満そうな彼女。そんな彼女に、俺はゴメンねと付け足して続ける。

「だってさ…さっきの話が気になって」

「さっきのって…ひな祭りの?」

「うん」

「い…言わなきゃダメ、ですか?」

「まぁ…拒否権与えてあげなくはないよ?」

「ホントにっ!?」

 俺の言葉に、縋る様な目でパァッと表情を明るくさせる巴ちゃん。

「ただし…」

「えっ!?」

 でも続いて知らされた条件の存在に、途端に笑顔を強張らせた。そんな彼女の反応が、いちいち面白くて。つい意地悪をしてしまう自分がいる。

「罰ゲームとして、朝練までにスクワットを千回。…どっちがいい?」

「せんかっ……!?幸村さんのイヂワル!!」

「ん?」

「………じゃないです」

「アハハ…で、どっちにする?」

「スクワット!!………じゃない方で」

 さすがのムチャ振りに観念したのか、素直に取引に応じる巴ちゃん。こういう駆け引き下手なトコロが、いじられる要因なんだって…気付いていない所が好きだな。

「雛人形をしまい忘れると、お嫁に行けなくなるってお話…知ってます?」

「うん、聞いた事はあるよ。迷信だとは思うけど…」

「その流れで、突然私と仲が良い人の話題に飛んだんです。どの学校の、どの人とどうだこうだ〜…って」

「それは…また急だね」

 女の子の会話って、時々あさっての方向に飛ぶ事あるよね。あれが不思議で仕方ない。

「みんな、さり気なく私の事も観察していたみたいで。私ですら自覚してないのに、好き放題名前挙げられて…すっごく遊ばれた気分でした」

「なるほど、それで喋りたくなかったのか」

「だっ…だって…」

「そうか。悪かったね…プライベートな話を聞いて。じゃあさっきの続き始めようか!」

「あ、ハイッ!!」

 返事を聞くのが早いか、今度は俺のトスでまたラリーが再開する。

「そういえばさ」

 ポーン。

「はい?」

 ポーン。

「昨日のそのメンバーには、俺は入ってたのかな?」

 ポーン。

「えっ!?あっ!!ひゃぁ……ッッ!!」

 パサッ。

「はいネット。2ミス目、だね」

「いっ…今のもズルイですっ!!ミスを誘われました!」

「テニスプレイヤーとしては最高の褒め言葉だなぁ」

「えぇーっ!?」

 あまりにも想像通りの反応に、笑いが堪えきれないのを必死に隠して笑顔で答える。

「で、どうなんだい?」

「すぐにフトン被って寝たから、全然覚えてないですー」

 つーん、とそっぽを向きながら、ふて腐れ気味の答えが飛び出す。

「じゃあ俺は、君の友達にはまだまだ仲良しな間柄と認められてないのかぁ…残念だな。今日だって、勇気を振り絞って練習に誘ったのに」

「ちっ…ちがっ…」

「違う?じゃあ俺もその中に入っていたって事かい?」

「えっ!?あの………ハィ…」

 最後には消え入りそうな声で、肯定の返事ひとつ。その言葉に、俺は満足そうに口元を緩めた。

「ふぅん…なるほど。それは良かったなぁ。じゃあ、安心ついでにさっきのラリーの続き…始めようか」

「こっ…今度は騙されません!動揺も絶対にしませんっ!!」

「うん、良い覚悟だ」

 三度目のラリーは、巴ちゃんから。お互い打ち合うボールに合わせて、会話のキャッチボールをしてるみたいでワクワクしてきた。

「ねぇ、巴ちゃん?」

「なっ…何ですかっ!?今は集中したいんですからっ!!」

「…俺と付き合わないか?」

「えぇ───っ!?…ってあ──ッ!!また!!」

 ロブの様に高く上げられたボールは空中に弧を描き、俺の遥か後ろにポトリと落ちる。

「3ミス目、かな?」

「幸村さんズルイですってばっ!!集中したいって言ってたのに、また変な冗談でホンロウするんですもんっ!!」

「おや?」

 飛んでしまったボールを拾い上げながら、ゆっくりと巴ちゃんの方へ近づく。

「冗談、だと思われた?」

「えっ!?」

「だとしたら…心外だなぁ」

「あのっ…そんな、本当に…?」

「みんなが気付いてくれていたんなら、まだ脈はあったって事だよね?」

 畳み掛けるような俺の言葉に目を白黒させながら、必死に俺の言葉の意味を理解しようとする彼女。俺はそのままネットを跨いで、巴ちゃんの前へと近寄った。

「ずっと言うつもりだったんだ。君と一緒の時間はとても楽しくて、俺はそれを独り占めしたい…って」

 一歩、二歩、三歩…縮まる距離と、近付く気持ち。

「君が…好きなんだって」

「……ッ」

「ねぇ、罰ゲームなんか抜きに答えをくれるかい?」

 彼女の顔を覗き込めば、真っ赤に染まったほっぺたから湯気が出そうな勢いで。

「本当は…」

「ん?」

「今日寝坊したのは夜更かしが理由じゃないんです」

 おでこがぶつかりそうな距離まで寄って、彼女の言葉を聞き漏らさぬようじっと待つ。

「夢に幸村さんが出てきて…。すごく優しくしてくれて…。夢だって解ってたのに、このまま起きないでそれをずっと楽しみたいって思ってたんです…」

「フフ…」

 思い掛けない朝寝坊の理由は、彼女からの精一杯の告白なのだと感じた。

「なら…正夢にしよう」

 そう言って真っ赤なおでこにキスひとつ。

「…ッ!!」

「俺と…付き合ってくれるかい?」

「………ハイ」

「ありがとう…」

 普段の彼女からは想像もつかないほどに、か細くって大人しい返事。やっとその口から聞けた、希望通りの言葉。俺も満たされて、顔が綻ぶ。

「うん、なんとか間に合ったな」

「えっ?」

「明日、誕生日なんだ。だから15歳になる前に、どうしても自分で君にこの想いを伝えておきたかったんだ」

「あっ!!お、おめでとうございます!!」

「…こちらこそ、ありがとう。プレゼントを貰ったよ。それもとびきり最高の」



 選抜合宿、4日目の早朝。天気は…抜けるような青空。

 15歳の幕開けは、きっと今までよりもっともっと意味のある物になるに違いない。大切にしたいと思う君が、俺の隣にいる事を約束してくれたのだから…───。



* * * * *

もはや毎年の恒例となりました、幸村×巴の小説です。皆様お待たせしました。え?全然待ってない?そうおっしゃらず、一年振りにこんにちは(笑)
危うく次の日になりそうでしたが、ギリギリ何とかUP出来ましたι

ポンポンとボール打ち合いつつ会話を交わす様子が書きたくて挑戦したら、こんなお話になってしまいました。
以前書いた小説の、最初の公園での出会いがある事が前提になってしまい申し訳ないですが、ただでさえ描写で長引いたのに、この上説明で更に長引かせるのもアレで…その部分をゴッソリ削っちゃったんです(爆)

更に…幸村が選抜合宿に参加しているという捏造まで。本来なら大事を取って辞退のハズだったんですが……するわきゃないだろあの高校生達とのやり取りを見る限りじゃ!!

そんなこんなで捩曲げました(オイ)


削るに削れず、今までで一番の長さになってしまいましたが、個人的には何でもない会話からポロッと告白してポロッとOK…ってな流れをイメージしていたので、概ね近付けたような気もしてます。気のせいのような気もしてます(笑)


ちなみに、ひな祭り云々のエピソードだけは捏造じゃなく、ゲームで実際使われてたものです。全く接点が無かった筈のキャラとの仲を疑われて最初はビビったものです(爆笑)


2011/3/5


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