おめでとうを涙の君から
三月に入ってからの、急激な冷え込みに…見送りを期待していた桜も見る影も無く…。ただ快晴だったのが幸いな、この青空の下。厳かな式も恙無く終わり、俺達三年はこれで本当に…中学生活を終えてしまった。
涙目の赤也をはじめ後輩達に囲まれながらも、どこか実感が湧かないのは…多分、まだこれからも大きな変化は無いのだろう…と、心のどこかで安心しているからだろうか?
ただ…ひとつだけ。気掛かりなのは、更に深まりそうな彼女との距離…。
「……おや?」
卒業証書とアルバムを持つのにも、些かの煩わしさを感じはじめた頃。やっと仲間達との帰路へとついた校門の陰に、見慣れた長いくせっ毛がひょこりと顔を覗かせているのに気が付いた。
「ゆ…ゆきむらしゃん〜…」
「!?……え、あ…巴ちゃん…だよね?」
見慣れた君は、泣き腫らした目元と鼻水でグシュグシュの顔。あまりの惨状に、思わず問い掛けてしまう。
「ひゃい…。きょ、今日はご卒業おめれとうごらいま……ふくしゅっ!!」
「コレ、使うかい?」
くしゃみ混じりの挨拶を受け取りながら、どうすれば良いか悩んで取り敢えずポケットからティッシュを差し出した。
「しゅ、しゅみましぇん…」
真っ赤な顔は…果たして照れから来ているものなのだろうか?
「なんじゃ赤月、お前さん花粉症か?」
うしろを追い掛けてきていた仁王が、どこからどう見たって一目瞭然な彼女の様子に、からかい半分で尋ねてきた。
「ふぁい…」
「お前、山ン中に住んでたんだろぃ?んじゃ花粉なんか吸いまくってたんじゃね?」
「それが…コッチに来れから急に出ちゃって………ひくしゅっ!!」
「ふむ…花粉症の発症には、排気ガスやその他の要因と結び付いた事が原因になる場合もあるらしいからな…。都会へ来てから発症に至るのも有り得るやもしれん」
「そ、そうなのか?」
ブン太のもっともな意見に蓮二が返答すると、初耳なのか…ジャッカルが感心したかの様に唸っている。
「それはそうと…我々はこの辺りでもう退散致しませんか?」
「ん、何故だ?赤月も、わざわざ神奈川まで足を運んできたのだ。しっかりと見送るべきではないか?」
柳生の気遣いを読み取れなかった真田が、不思議そうに聞き返す。
「いや……そうしてくれないか、真田?俺が巴ちゃんと二人になりたいからね」
どうも一人蚊帳の外にやられた気がしたのが悔しくて、敢えてオブラートには包まずにニッコリと微笑みながら真っ直ぐ伝えると、納得したのかしていないのか…まだ首を傾げながらも真田は了承してくれた。
「馬に蹴られたくはないからの」
「ホレホレ、俺らはもう行くぜぃ〜。あっ、そうだ幸村くん?」
器用にみんなを仕切りはじめたブン太が、振り向きざま俺に耳打ちする。
(コレ、頃合い図って渡してやんな)
何か変なものを手渡されたかと思いきや、握った手のひらにそっと残ったのは、小さなカプセルふたつ。
「…鼻炎薬?」
「ソレすっげ効くらしいから。……ってか、クラスの女子からの貰い物だけど」
後々聞けば…どうやら式で号泣したブン太に、気を利かせたクラスの娘がくれた様だ。それだけ伝えた彼は、そのままみんなの輪へと戻っていった。けど…そんなに気軽に薬をあげたりして大丈夫かな?
「ごめんらはい…突然お邪魔しちゃっれ」
俺があげたティッシュで鼻をかみながら、すまなそうに謝る巴ちゃんの頭をポンポンと撫でてやり、そのまま彼女を近くの公園へと連れ出した。
「わざわざ来てくれたんだよね?まずお礼を言うのを忘れてたよ。ありがとう」
「いいえっ……!!改めて、ご卒業おめれとうございまふ、幸村さん!」
やっとまともに受け取れた祝いの言葉に、思わず顔がほころぶ。
「それにしても…大変そうだね、花粉症」
「ハイ…初めての体験なのて本当つらくって……ひくちっ!!」
「余計なこと…かもしれないけどさ、さっきブン太からこの薬を貰ったんだ。良かったら使ってみるかい?」
その症状が気の毒過ぎて聞いてみたけど…巴ちゃんはふるふると首を横に振った。
「今日は……今日だけは、このままで大丈夫なんでふ」
「そう…なの?」
神妙な面持ちで黙ってしまった巴ちゃんを見て、俺もそれ以上は奨めなかった。
「四月からは…高等部ですね」
何度目か分からないティッシュを使って、鼻の周りが真っ赤になっていた巴ちゃんは、ポツリとそう切り出し始める。
「うん。と言っても同じ敷地内だけどね」
「何だか…遠くなっちゃ……っしゅん!!」
「…そんな事ないよ?今までと変わらない。何も…ね」
「そうですか…そうですよね。良かったぁ…何だか色々考えちゃって!」
俺の言葉に、嬉しそうにホッ…とため息を漏らす彼女。そうか…君ももしかしたら…
「苦しいし大変だし…花粉症なんて、一個も良いトコロ無い!!って思ってたんですけど、一つだけ…見付けました」
「何でだい?」
「花粉症じゃなかったら……こんなに涙目でぐちゃぐちゃな顔、見られるの恥ずかしくて仕方なかったですもん」
花粉症じゃなかったら涙も鼻水も出ないんじゃあ…と言いかけて、咄嗟に口をつぐむ。ああ、そうだ。やっぱり…
「…寂しいって、思っててくれた?」
「っ…!!」
俺の問い掛けにまたその頬が紅く染まる。今度は多分…花粉のせいなんかじゃない、と確信出来た。
「離れたくないって感じてくれたんだ?」
「………ハイ」
か細い返事に満足して、俺はその真っ赤な鼻の頭にそっとキスをする。
「ゆゆゆっ…幸村しゃんっ!?」
「大丈夫だよ。君がそう思ってくれる限り…絶対に距離なんて出来たりしないから、ね。だから花粉なんて関係なく、いくら泣いても構わないよ」
「えっ……」
これで、何の不安も無く…本当の意味で、心置きなく卒業出来る気がする。
「会いに来て…これからも。会いに行くよ…俺からだって。中学は卒業したけど、君から卒業するつもりは無いからね」
「へへへ………っくしゅん!!」
嬉しそうに笑いながら器用にくしゃみする巴ちゃんに、ふたつ目のティッシュをそっと差し出した。
「あ、ありがろうごらぃま………ふ、ふえっ………ンンッ!?」
またも顔を覗かせたくしゃみの芽を、俺はすかさず唇で摘み取った。
「………止めちゃった」
「うぅう……もぅ少しちゃんとした顔の時にお願いしたかったです〜!!」
「アハハッ」
その膨れっ面に、初めて会った時のことを思い出しながら…俺はいま暫くこの夕暮れの公園で、卒業式の余韻を味わっていた。
* * * * *
まるまる1年ぶりの幸村×巴です。
よもやシリーズ化するとは思わなかったですが、どうやら私…この組み合わせ好きみたい(笑)
百年の恋も冷める花粉症ネタ+卒業式ネタで書いてみたらこんなんになっちゃったι仕方ないよ…コレ思い付いたのが幸村様の誕生日の前日だもの(爆)
赤也以外の(元)レギュラーメンバーにも少しご出張願いました。名前だけなら赤也もいたけど。みんなでワイワイこの二人を見守ればいい。やり過ぎて魔王様に反撃食らえばいい(爆笑)
鼻炎薬云々の下りは要らなかったかなぁ?と思いつつも、ブンちゃんに手渡されたブツを深読みする幸村様が面白かったので採用。
さり気無く、リョ静から続くチューシリーズだったりなんですが…いかんせん、チョイスした題材が悪すぎたι色気皆無です…(黙)
でも花粉症すらも受け止めた上で強引に事を運べるのって彼しかいなかったのですよっ!(別に花粉症使う必要無いんじゃ…ι)
何か色んなステップドン無視してくっ付いてしまった感じですが、機会があったらこれの間の話とかも書いてみたいです♪幸村様には最初から最後まで巴ちゃんを引っ張ってっていただきたい。
しかしまぁ………無意識にお誕生日合わせで上げてしまうと、毎年それが縛りになりそうでちょっと怖いなぁ(苦笑)
2009/3/5