I'm your brother…?


 暖かな風が、ふわりと頬を撫でる。厳しい冬の合間の、ささやかなひととき…穏やかな陽気に目を細めながら、短い散歩を楽しんでいると、足を運んだ公園の中…ふと目の前のベンチに、見覚えのある姿を見つけた。

「あれ?あの娘は…」

 悪戯な風が、彼女の頭のひと房のくせっ毛をゆらゆらと揺らす。その様子が嬉しそうに尻尾を振る子犬みたいで、思わず笑いが込み上げた。

「ふふっ…」

 ベンチの上のその娘は、幾らこの陽気とはいえ肌寒い冬の気温をものともせず、無防備にうたた寝をしている。

「確か…青学の娘、だったよな…?」

 それが何故神奈川の公園なんかにいるんだろうか…?

「まったく…風邪を引くだろうに」

 このまま見捨てる訳にもいかず、けれども許可も得ず何処かに連れていくのも少し問題だし…。暫く悩んで、取り敢えず彼女の隣に腰掛ける。

「名前、何だったかな…?えっと…確か……───巴?」

「お兄ちゃんっ…───!!」

「わっ…!!」

 突然、寝ていた筈の彼女に抱きつかれて、驚いた俺は少しよろけて手をついた。

「…はれ?」

「……やぁ、起きたみたいだね」

 盛大に寝惚けたらしくキョロキョロ辺りを見回す彼女と目が合った俺は、いたって平静を装いつつ挨拶をする。

「………え?あれっ?えっと…」

「こんな所で寝てると風邪を引くよ」

「…立海の……幸村さんっ!?」

「ああ、そうだよ。君は確か青学の…」

「あわわっ……赤月です!赤月巴!」

「あ、やっぱり。いや、悪かったね。名前がうろ覚えだったものだから」

 慌てふためいた彼女は、落ち着かないまま必死に状況整理しているようで…クルクルと動く瞳がやっぱり子犬みたいで、思わず撫でようと手が延びそうになる。

「私…寝ちゃったんだ…!!」

「今日は暖かいからね…。よっぽど気持ちが良かったんじゃない?」

「ア…アハハ…」

 彼女はそう苦笑して、真っ赤になりながらバッグをギュッと抱き締めていた。

「それで、今日はこんなに遠くまで一体どうしたんだい?」

「あぁっ…いっけない!!」

 ガバッと立ち上がった彼女の手にしていたバッグのポケットから、丸い何かがポロリとこぼれ落ちて俺の足元まで転がった。これは……テニスボール?

「あっ…あのっ!!今日って、立海の皆さんは部活は…?」

「日曜だけど、試験前だから無いはずだよ?はい、ボール」

 黄色のそれを受け取ったなら、途端に顔を真っ青にして泣きそうな声で叫び出した。

「うあぁ〜っ…そうだった!すっかり忘れてました!どうしよう…そんなに頻繁に来れる距離じゃないのに…」

 赤くなったり青ざめたり…。忙しく変わる表情があまりにも面白くて、不謹慎とは思いながらもついつい笑いが込み上げそうだ。

「何か大事な用事でもあったのかい?」

「これなんです…」

 ずいっ、と差し出されたのは、さっき俺が手渡したボール。

「この間、ウチで練習試合があったんです。立海の皆さんと合同の」

「ああ、話だけは聞いてるよ」

「その時にたまたま手元に無かったからって立海の方にボールをお借りして、それで試合したんですが…終わった後、ウッカリお返しし忘れちゃって。で、返しに来たんです」

「そうなのか…わざわざ済まないね」

「いえっ!ちょこっとのつもりで借りたのは私ですから!ちゃんと謝って返さないと絶対怒られちゃいます…真面目な元部長に」

「ハハハ…手塚の事かな?」

「あっ!いま言ったコトは、手塚元部長にはナイショですよっ」

「ぶはっ!!」

 怯えた目をしながらそんな事を言うこの娘があまりにもおかしくって、俺は盛大に吹き出してしまった。

「何で笑うんですかぁ〜っ!」

 膨れっ面で涙目の彼女も、妙に愛らしい。見ていて飽きないこの存在感…。何で俺は、今までこの娘の名前すら覚えていなかったのだろう?

「いやいや…ゴメンよ。さっきからあまりに百面相なのがおかしくてね」

「うぅ…褒められてるのかなぁ…?」

 今度は本気で悩み出してる。このまま観察したら、本当に百面相が見られそうだな…。ふと、そんな事まで考えていた。

「でもどうしよ…ボール返せなかった…」

「……ねぇ、何か忘れてないかい?」

「へっ?」

 俺はニッコリと微笑んで、自らを指差してみせる。

「そのボール、俺が預かればいいんだよ」

「えっ…?でもそんなご迷惑は…」

「大した手間じゃないよ。ここで会ったのも何かの縁だろうしね。気にしないで」

「あ…ありがとうございます!それじゃあ、お言葉に甘えちゃいます!」

 気負わせないように努めて気軽に言うと、嬉しそうにはにかんでみせる彼女。まったく…これが無意識なのだろうから恐れ入るな。そう思いながらも、口には出さずにボールを受け取った。

「ところで…」

 差し出された彼女の手に軽く触れて、俺はずっと気になっていた事を切り出してみる。

「さっきの『お兄ちゃん!!』って…どういう意味なんだい?」

「へっ?…ぅあっ!?聞かれてたんですかっ?は…恥ずかしいぃ〜…」

「ん?」

 真っ赤になってもじもじしている彼女に、さり気なく続きを催促してやる。

「じ…実は…夢で幸村さんを見たんです」

「俺をかい?」

 意外な答えに驚いた。まともに会話をした覚えも無い間柄だ。よもやそんな彼女の夢に自分が出演してたなんて思いも因らないじゃないか。

「ハイ。幸村さんがお兄ちゃんで…何故だか真田さんが婚約者で、三人で仲良しでした。んで、さっき目が覚めて幸村さんを見たら…思わず勘違いしちゃって」

「俺が兄で、真田が…君の婚約者?なんだか突拍子も無い設定だね」

「自分でもそう思います…。何でですかね?アハハ…本当お恥ずかしいです」

 気が付けば…俺が彼女の夢に出演していた事実以上に引っ掛かった事柄が、無意識に俺を押し黙らせた。

「幸村さん…?どうかしました?」

「……あ、いや別に。何でもないよ」

「そうですか…」

 彼女はそんな俺の様子に不思議そうな顔をしていたが、それ以上聞いてこないのをいい事に、俺も話を続けるのを止めた。

「それより、どうだい?せっかく神奈川まで来たんだ。ゆっくり話もしたいし、お茶でも付き合ってくれないかい?」

「良いんですかっ?うわぁ!まだ時間も余裕ありますし幸村さんが大丈夫ならゼヒ!」

「ん、良い返事だ」

 今度こそグリグリと子犬の頭を撫でてやりながら、俺はその娘を連れだした。

「兄のままで終わり、にされるには…何だか悔しいから、ね」

 心の中に真田の顔を浮かべながら、彼より一歩遠い彼女との距離を、少しでも…自分の理想に近付けたい衝動に駆られて。

「へ?何か言いました?」

「いや、別に。フフフッ…」



 キミの中で兄以上の存在になれる自信は…────勿論充分以上にあるけれどね。



* * * * *

幸村×巴です。

全く接点も無いのに、いきなり幸村×巴です(ぼーん)

図らずも本人の誕生日にUPです。いや、嘘です。図りました(爆)

理由はよく分かりませんが、突如このカプが書きたくなって、たまたま誕生日も近いしと少しの間熟成させておりました。

ラシュドリの夢パートが元ネタなんですが、吸血鬼な赤也が出てないので拐われるよりも前の話かな?本当は、3月の時点で幸村には会っていない筈なんですよね、この娘。多分それでも知っていたのは、決勝でリョーマと戦った相手だから覚えてた、とかかな。まぁいっか(良くないよ)

時期的には12月頭ですかね?テスト期間中の日曜日。幸村の返事が曖昧なのは、もう部活を引き継ぎした後だからです…多分(爆)

彼的には真田より立場が微妙な事がご不満な模様。この後の展開が大変です(笑)

設定に既に無理があるせいか、説明くさくてちょっと長くなり過ぎましたιもう少し短い話が書けるようになりたいなぁ…。


しかしまぁ…本当にウチの巴ちゃんたら何処でも眠りこけてますね(笑)


2008/3/5


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