イチバン大切


 ここ数日、連絡の無かった彼女が目の前にいる。


 泥だらけ、汗だらけ。すぐ後ろに立ってる俺にも気付かずに、一心不乱に何かを探しているみたい。

 正直、声を掛けようかどうしようか本気で悩んだ。五日も声を聞いていない君だから。五日も話をしていない君だから。

 すごく…すごく迷ったんだ。



『明日…俺の家に遊びに来ない?』

 何気無く誘ったつもりだった。別に、家に呼ぶ事に他意は無かった。だけど…恋人同士でも、突然自宅に誘うのはマズかったかな。抵抗があった?嫌われちゃった?…怖い考えばかりが浮かんで、夜も全然眠れなかった。

 会って直接『キライ』を聞くくらいなら、正直逃げ出したほうが楽だった。でも…君はいま目の前にいる。俺の目の前に。そして…俺はこの場所に来てしまっている。



「………巴ちゃん?」

「ひゃあっ!!」

 ひとこと…名前だけ呼ぶと、本当に驚いたのか…飛び上がりながら悲鳴をあげた君。

「…久し振り、だね?」

「せせせっ…千石さん!?どうしてコッチの方まで?」

 言うまでもない…気が付いたらココにいたんだ。キミの学校の近くに。会いたい訳じゃないのに、足が勝手に向いたんだよ…なんて言い訳くさい言葉ばかり浮かぶ。

「ちょっと……ね。キミは?こんなトコロで何してたの?」

「あ…」

 目を反らしつつ、黙り込む彼女。ここまで来ておきながら、何か嫌だな…やっぱり君の返事を聞きたくない。

「あ、いや…俺が聞けた義理じゃないよね。メンゴ!」

「ぅ……うぅ〜…」

 いつもの軽い調子で謝ると、堪えきれないみたいに彼女の目から涙がこぼれた。

「えぇっ!?……巴ちゃん!?どうしたんだい!?」

「ゴメンナサイ…ゴメンナサイぃ〜!!」

「へっ?」

 逆に謝られて拍子抜けする。だって彼女に謝られる覚えなんて全く無かったから。

「ね、本当どうしたの?」

「私…私…どうしよ……ヒック…」

「大丈夫だから。ね?何か事情があるなら、俺にちゃんと話してよ?」

 言葉にならなくて泣きじゃくる巴ちゃんを必死になだめつつ、ギュッと抱き締めながらゆっくりと…涙の理由を聞いてあげる。

「せっ…せんごくさんに貰ったプレゼントのネックレス失くしちゃって……ヒック…」

「ネックレス…?」

「大好きだったから…すごくお気に入りで、いつも学校に着けてっ…制服で隠れるから…お守りにって…」

「うん…うん」

「でも気付いたら無くなってて…通学路も、学校も、家も…何度も何度も探したけど全然見付からなくて…どうしようって思って…」

「……そっか」

 ちょこっと埃っぽい巴ちゃんの頭を優しく撫でて、制服の袖口でぐっしゃぐしゃの顔を拭いてあげる。すると、少しずつ落ち着きを取り戻したみたいに次第に泣き止んだ。

「ショックで……でも千石さんに知られたら嫌われちゃいそうで…見付かるまでは怖くて連絡出来なくて……苦しくて…」

「………なぁんだ!」

「へっ!?」

 ホッと胸を撫で下ろして溜め息をついた俺を、ものすごく面白い顔した君が見上げる。

「俺も!一緒だよ。…ずっとね、怖かった。メールしたでしょ?『家に来ない?』って。もしかしたら、嫌だった?嫌われちゃった?とか…ずっと悩んでた」

「そんなっ!!千石さんを嫌いになるなんて…絶対絶対有り得ないですっ!!」

 サラッと凄い口説き文句を聞いて、思わず口元が緩む。

「…ありがとう」

 そう言って、ポンポン頭を撫でてあげる。ようやく泣き止んだ巴ちゃんは、照れ臭そうに俺の胸にしがみついた。

「なんだか…遠回りしちゃったね。こんなに悩まずにすぐ会いに来れば良かったよ」

「ゴメンナサイ…」

「あぁっ…いやいや、悪いのは俺の方だよ。色々考え過ぎちゃって連絡出来なかった」

「そんな……全然です。私に話をする勇気が無かったから…」

 俺の背中に腕を回し、懸命にしがみ付いてくれる細い体。あまりに愛しくて、無意識にキュッと抱きしめてしまう。

「ネックレスなんて、気にしないで。正直…どんなのをあげたか忘れてる位なんだ…」

 これは本音。俺が君に物を贈るのは、別に君に感謝されたいからじゃない。ただ君の…その笑顔を見れるのが嬉しいから、ただそれだけ。

「千石さん…」

「ね、巴ちゃんは俺との時間よりも失くしたネックレスの方が大事?」

「ううん……ううんっ!!」

 俺の顔の下でふるふると横に揺れる頭。

「良かった…。すぐに否定されなかったら、俺どうしようかと思ったよ」

 気持ちおどけながらそう言うと、はにかむ笑顔が返ってきた。

「だからね、忘れちゃって。俺も…巴ちゃんとの時間の方が大事。少しでも、君と一緒にいたいんだ」

「…はい」

「ん。いい子だ」

 そうしてまたこぼれた涙を拭いてやる。

「いやぁ〜…でもそんなに大事にされていたなんて幸せだなぁ。ネックレスも、俺も」

「千石さん……えへへっ」

 いつも本気一直線な君だから…そんな君の言葉が、行動が本当に嬉しかった。

「…そろそろ日が暮れるね。家まで送るよ、巴ちゃん」

「ありがとうございます」

 巴ちゃんの、泥だらけの手を取って歩く。今は…この幸せな気持ちと大好きな君自身をずっと握り締めておきたかった…。





【おまけ】

「あっ…いたいた!!巴さぁ〜ん!」

「あれっ?菜々子さん?」

 巴ちゃんの家まであと曲がり角ひとつ、という所で、駆け寄ってきた越前くんの従姉妹さんに出会った。

「ずっと探してたんですよ。リョーマさんに聞いたら探し物に出掛けたって言うから……はい、コレ」

 そっと巴ちゃんに手渡したのは…見覚えのあるネックレス。

「あぁ〜っ!!こっ…コレ!!一体どこにあったんですかっ!?」

「玄関前に落ちてたのよ。確か巴さんのじゃなかったかしら?」

「そうです!私のです!やっぱり落としてたんだ…」

「返すのが遅くなってごめんなさいね。鎖が千切れていたから、お店に修理してもらっていたのよ…」

「うぅぅ〜…失くしたんじゃなかったんだ。あった…あったよぅ…」

 安心して気が緩んだのか……ネックレスを受け取った巴ちゃんは、また急にボロボロと泣き出してしまった。

「良かったね、巴ちゃん!」

 そんな彼女の頭を優しく撫でてあげる。

「ハイッ!!」

 うん。無事に諸々が全部解決して、本当に良かった良かった。



* * * * *

清巴第3弾(実質4話目)です。擦れ違い…と言うにはあまりにアッサリ解決な話(爆)

またもや無駄に長くてゴメンナサイ…最後のおまけは別の話にしようかと思いましたが、一話分にする程長くもなかったのでムリヤリつっ込んじゃいましたι

失くしたままじゃ後味悪かったしね…。

『自分のあげた物忘れるワケないだろ!』と思われそうですが、実際この私がそうなので(オォォイッ!!)忘れるワケあるのです。
喜ばれるのが嬉しくて、何をいつあげたかをスッポリ忘れます。


まぁ、そんな感じにマイペースな二人です。どうでもいいけど…巴ちゃんたら、泥だらけとかってシチュが妙に似合う気がするのは…気のせいでしょかね?(笑)


…そんな泥だらけの娘にしがみつかれたり、お顔を拭いてあげたりすると、後々白ランのクリーニングが大変だぞ、千石っくんや。


2007/11/18


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