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 星が綺麗な夜。二人の時間は一瞬で、だけどもこの時間が永遠に続くかのように感じられた。

「ねぇ、ミスト……?」
 ふとアレクが問い掛けてくる。
「はい……?」
 虚ろに力の抜けた目で、ミストは返事をする。
「お願いが、あるんだ…」
「なんでしょうか…?」
 さわさわと吹く風が、心地良く首筋を撫でる。月明かりに浮かぶ大好きな人の顔をぼんやりと見つめながら、ミストは恐る恐る聞いた。
「俺のこと…『様』付けでは呼ばないでほしいんだ。急にじゃなくていい。でも俺達が二人きりの時は…」
「えっ……?」
 じっとミストの目を見ながらアレクは続けた。
「俺…君と対等でいたい。君と同じ目線でいたい。ミストにそんな呼び方されたままじゃ、いつまで経っても俺達は対等じゃないんだ。だから…お願い…?」
 この空の様に吸い込まれるみたいな、意志の強いアレクの瞳に見つめられて、ミストは無意識に彼の願いに肯定の意を示していた。
「……良かった。もし君が否定したら、どうしようかと思ったよ」
「そんなっ…アレク様を否定だなん…」
「あ!今『様』って言っただろ?」
 ふてくされているような顔をされて、慌てて謝ってしまう。
「えっ!?あの…あ、…ゴメンナサイ!!」
「あっははは!冗談だよ」
 少し意地悪な顔をした勇者様は、そう言ってとびきり明るい笑顔を見せた。
「………ね、言ってみてよ。俺のこと、『アレク』って呼んで?」
 おでこがくっつきそうなほどの位置にまで近づかれ、そうお願いされる。
「ア………アレク……?」
「もう一度」
「アレ……ク…」
「もう…一度だけ」
 ただ名前を呼んでるだけの筈なのに、なんだか恥ずかしさがあふれてきて彼の目を見つめられなかった。
「だっ………ダメですっ!!なんか照れてしまって…」
 ミストの真っ赤なほっぺに軽くキスをしながら、アレクは満足そうに言った。
「…ま、いっか!ミストが平気で俺の事を呼び捨てにして敬語で話したら、何かライみたいになっちゃいそうで多分落ち着かないからね」
 流石の勇者も真面目な賢者殿には頭が上がらないのだという事実に、お世話になった師匠のその顔を思い浮かべながらミストは不覚にも笑ってしまった。
「行こうか、ミスト。母さんに顔を見せたいや。勿論…君も一緒に、ね」
「…はい。ア…アレク」
 ミストの精一杯に微笑みを浮かべて、アレクは再び靴の無い彼女を抱き上げて懐かしい我が家へと向かった……。


 勇者の母は突然の夜中の我が子の帰還に驚いたが、すぐにその事を喜んで二人を中に招き入れ、まずは温かいスープを出してくれた。
「ミストさん……今までこのバカ息子のせいで色々つらい思いをさせてしまってごめんなさいね。でも…私はあなたの事を、本当の娘の様に思っているの。それだけは覚えておいて下さいな…」
 大好きなアレクの、大切な母親にこう言われた事が、他の何より暖かかった。
「お母様………」
 自分を抱きしめてくれる腕に包まれ、ミストは心の平穏を感じていた。


 きっともう二度とあの悪夢を見る事はないだろう。──私は…明日に向かって歩き出せる。絶対に…


 様々な人達に喜びを与えた夜は、こうして穏やかに過ぎていった。



 そして…夜が明けた──





 アリアハンの町の門は、沢山の人々で溢れ返っていた。この場所で再び旅立ちを見送られる者達は、あの当時を…以前旅立った頃を思い出しながら、それぞれの想いを胸にまた新たなる旅の始まりに胸を高鳴らせていた。
「それじゃあ行ってきます」
 母やルイーダ、またこの国の王にまで見送られ、少し恐縮しながらもアレクが明るく呼び掛ける。
「そなたに今一度重圧を背負わせる事になったのは心苦しいが…どうか頑張ってくれ」
「そんな王様……勿体ないお言葉です」
 一国の主に頭を下げられ、つい慌ててしまう。そんな彼の様子を、勇者の母は微笑みながら見つめていた。
「あっくん緊張してるね。リラックス、リラックス」
 小柄な武闘家のカリンが、そんな彼を見ながらポンポンと背中を叩いてくる。どんなに危険な旅路でも、このカリンの朗らかさに救われてきた。…きっと今回も同じだろう。
「俺だって緊張してるぞ」
「ガルダは鋼鉄のハートを持ってるから平気だよ!」
 なにげに酷いことを言われて、屈強な戦士は見るからにへこんでいた。
 あの頃と変わらない光景……あの時と変わらない仲間達。何だか不思議な心地だけれど、何故だか落ち着いた。そしてもう一人…───
「アレク」
 己を呼ぶ声に振り向く。そこには自分の心の師匠でもある、賢者の彼が立っていた。
「ライ……」
「あなたは思っていたより頼りない所がありますからね。私が付いていないと、安心して寝られませんよ」
「ハハ…痛いとこ突かれたなぁ」
 冷静な賢者にこう指摘され、苦笑いをする。
「ですが…まぁ今回は大丈夫でしょう。彼女が、いるんですから」
「アレク様ぁっ!!」
「ミストッ!!」
「噂をすれば、ですね」
 駆けてくる彼女に思わず自分から駆け寄った。息を切らせながら必死になってこちらへ走ってくるミストが、少しだけ危なっかしく見えたから。
「ハァ…ハァ……ごめんなさい、神父様にも、ちゃんと挨拶したかったので…」
「いいや、まだ大丈夫だよ。神父さん…腰の具合はどうだった?」
「まだ少し痛むみたいですけど、お元気そうで…本当に良かったです」
 先日ぎっくり腰を患った町の神父は、愛弟子の晴れ舞台を見送れない事を相当悔やんでいた。
「ミストッ!」
 ポンと肩を叩かれ振り向くと、親友が少し涙目になりながら立っていた。
「ローズ!またライ様と修業に入るって本当?」
「仕方ないけどね。私も賢者を目指している以上、もっと頑張らないと!」
「私がいない間鍛練を怠っていたみたいですからね。みっちりやりますよ?」
「うぐっ!!そんなぁ!!」
 そう意地悪く言う師匠の顔は、何だか楽しそうだった。
「じゃあ…行こうか!」
『………ハイッ!!』
 勇者の号令のもと、仲間たちは一斉に歩き出す。慣れ親しんだ町を後にして。

 彼らの旅は、決して楽なものではないだろう。だが、きっと素晴らしいものを得られるに違いない。


 アレクとミスト。この二人が、未来に向かって歩いてゆく限り…───


 〜end〜



* * * * *

DQ3より、男勇者×女賢者です。

書いてた当初は自分の中の萌えに任せてブイブイさしてたワケですが、ある日を境に半オリキャラを動かすという行為に恥ずかしさを抱く様になってしまって、以降の3小説のネタは軒並みボツにしてしまった…という自己完結があったり。

今になって手直しをしてみて、それでも消すには惜しいキャラ達にちょっとだけ創作意欲も芽生えましたが、いつになるか分からないのでまぁまた気が向いたら書こうと思います。

ガルダとカリン、ライとローズのお話も温めていたり。ちょっと発酵気味ですが(笑)



リクエストでも無い限り恐らくお蔵入りさせちゃう系の話だと思いますけどね。

6P目
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