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「あっ………やぁっ!!」
 下腹部へと伸びたその熱い手と唇に、ミストが批難の叫びを上げたが、それを圧してまで手に入れたい物がアレクにはあった。だから、彼はその手を緩めずに押し進める。
「アレク様っ……そんっ…アァッ!!」
 顔を赤らめ潤んだ瞳で自分を見つめる賢者の少女。そんな彼女に、勇者は喜びを禁じえなかった。
「………あったかいや」
 ミストの鼓動を聞きながら、アレクはそう呟いた。彼女の肌の温もりは、彼が旅の間中求めて止まなかったもの。
 ライから説教された言葉を思い出す。『冒険の最中ずっと自分の尻拭いを』…確かにその通りだ。日にミストの名前を口にしなかったことなど無かった。一番前向きにならなければいけない時期に、一番後ろ向きだった自分…。
「こんなに大切だったのに……どうして気付かなかったんだろうな」
「………?」
 二人は二人で一人なのかもしれない…悟りある賢者の言葉で気付いた事実だ。
「いや、なんでもないよ」
 不思議そうな顔をするミストに、苦笑混じりでそう答えた。



 ルイーダの酒場は真夜中だというのに大賑わいだった。何故か突然帰ってきた勇者の連れ達にも、驚くより先に喜びが勝ったからだ。客の誰もが彼らを心から祝福し、酒場は歓喜の声に満ち溢れた。勿論、店主のルイーダ自身も大いに彼らの帰還を喜んだ。
「…アイツが一緒に連れていかなかったのは、ミストちゃんを疎んだからじゃあないよ。彼女を守りたかったんだ」
 そんな大興奮の客達の相手をカリンとライに押し付けて、ガルダはカウンターで酒を飲みながらローズに語り始めた。
「よく…分からないわ。どうして置いていくことが守ることになるのよ?」
 しかめっ面をしながらローズは問う。
「そこまでミストちゃんを大事に思っているお前なら分かるだろ?ミストちゃんはああいう性格だ…もしアレクが危険なメに遭った場合は、絶対アレクを庇って自分から危険を被ろうとする」
「確かに……そうかも」
 お人好しを絵に描いたような人間だ。想像するのは難しい事ではない。
「それは、アレクの事を好いているからだけじゃあない。彼女は多大な使命感に圧されてそうするんだ。ヤツは…それを恐れたんだよ」
 ガルダにこう言われ、ローズは初めてアレクの側の気持ちを考えるに至った。今までは置いていかれた友人が不憫で、彼の思うところを考えた事なんて少しも無かったのだから。
「ミストが苦しんだ分、アイツも悩んでいたのね…」
 俯いて呟く。何か上手くいかないなぁ……溜息が出た。
「恐らくは、もう何も問題は無くなっていますよ。足りなかった言葉の分、その他全てで埋めているでしょうから…」
 いつの間にやらカリン一人に酔っ払いの相手を押し付けたライが、含み笑いをしながらローズの後ろに立っていた。
「私、師匠だけは絶対敵に回したくないわ。何もかも全部分かってるんだもの」
 自分の転職のきっかけになった憧れの人を前に、ローズはしみじみこう呟く。
「…一応、褒め言葉として受け取ってはおきましょう」
 弟子の言葉に笑みを浮かべつつ、ライはこう切り返した。

──そっか。彼らが帰ってきて、無事に解決したのね…ミストちゃんの悩み──

 カウンターの内側から、彼らの会話をうかがっていたルイーダは、ミストの心の安泰を知ってホッと胸を撫で下ろしていた。そしてアリアハン全ての冒険者の母…そんな気持ちを込めて、ローズ達の前にスッ…と上物の酒の入ったグラスを差し出す。
「ルイーダさん、これ…」
「アタシからアンタ達へのお祝いだよ。おめでとう、みんな」
 そう言って軽くウィンクをした酒場の店主の粋なはからいを、三人は有り難く受け取ることにした。
「明日なら、私きっとあのバカ勇者にも笑顔で会えそうな気がするわ…」
 甘く爽やかな香りのするその酒を口にしながら、ローズは微笑んで言った。
「それは良かったですね」
 いつもの師匠の、変わらぬ不敵な笑みにも、腹が立たなかった自分に内心少し驚きながら…。



「星が………綺麗ですね」
 透き通った夜空に、まばゆいばかりの小さな光の粒の数々が浮かんでいた。
 ミストの小さな感想に、アレクは軽く微笑んで尋ねる。
「俺より……星の方が気になる?」
 そんな意地悪な質問に、案の定ミストは顔を真っ赤にして答えた。
「そっ…そんな意味じゃないですが…」
 クスッと笑う勇者様に、ミストは少しだけ反抗的に言ってやる。
「アレク様の方がずっと綺麗です!!」
 言ってぷいと顔を反らす愛しい人に、アレクはその長い髪の毛に口づけつつ、さも当たり前の様にミストに告げる。
「ミストの方が綺麗だよ。…この髪も、瞳も、唇も」
 なぞる様にその長い指がミストの顔を這った。微かに唇に触れる指が、背筋にゾクリとした感覚を与える。
「肌も…声も…勿論、全てが。全部が…愛おしいんだ」
 淡く触れるか触れないかの具合でその指が肌の上を動き回る。徐々に体の力が抜けていき、ミストはカクンと倒れ込む様にアレクに覆いかぶさった。
「あ………ンッ!!」
「そうそう……感じやすいこの体もね」
「やぁっ………ア…」
 自分の体を知り尽くした彼に敏感な所ばかりまさぐられ、ミストは声を出さずにはいられなかった。
「ア……レク様ぁっ!!」
 抗いたいけど、抗えない。彼の行為は恥ずかしかったが、嫌ではないから…。
「ホラ、ね?もうイキそうな顔してる」
 涙を浮かべつつ最後の抵抗をしたが、あっさりと彼にかわされ、ミストはそのまま絶頂を見る。
「あっ…やぁぁアァァッ!!……」
「やっぱり綺麗だよ…。涙目になってる君も」
 ぐったりと自分にもたれるミストに、アレクは囁くように告げた。
「…………んっ…ふ…」
 抱きしめるアレクの腕が自分の全てを包み込んでくれてる気がして、ミストは脱力感と共に大きな安らぎを覚えた。
「………おいで、ミスト」
 両手を広げ、アレクが呼ぶ。その呼び掛けの意味を理解したミストは自分からアレクにその体を委ねた。
「んんっ……!!」
 彼に、抱かれる。初めての時以上に、体が熱い…。自分の体温と、彼の体温…二人分の熱が、纏わり付くように自分を取り囲んだ。
「あっ………あぁアッ!!」
 深く深く求め合う。
 もう二度と離れない……そんな想いを込めて。
「ミストッ………!!」
「あっ……アレク様ぁっ………アッ!!」
 彼が呼ぶ、私の名前…。
 本当の彼……本物の彼。一緒に旅したあの頃と全く変わらない彼……。
 私の中が彼でいっぱいになっていく…──ミストはそんな風に感じていた。
「アレク様っ……お願…」
「ん?」
「お願いでっ……もぅ…離さないで!!」
 彼の指に絡めた自分の手に、ギュッと力を込める。もうまともに言葉は出てはこなかった。でもそれだけは強く願っていたかった。──そんな想いをその手に込める。
「うん………うん!!」
 アレクはミストに口づける。何度も、何度も…彼女の願いを自分の胸の中へと灼き付ける様に。
「アレク様っ………!!」
 流れる涙は止まらない。彼への、溢れ出す想いそのものなのだから。
「も………もう私…」
「うん、俺も。一緒に…一緒に行こう」
 抱きしめてくれた彼は、勇者の彼じゃなく、ただ一人のミストを愛してくれる存在。その事が、自分の中の最大の喜びだった。
「アッ…は…ァアンッ!!」
「………ッッ!!」
 甘い吐息が漏れた。
 身体の芯を突き抜ける、快感の波。
 二人、何かに昇りつめる様な錯覚。

 抱き合った互いの体温が語っていた。───もうこの絆が離れる事は…絶える事はないのだと。

 そんな喜びから、ミストは静かに涙を流した。
 アレクも、何も語らずに彼女を黙って抱きしめた。




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