‡1‡

「ねぇ、アレス…何やってるの?」
「うわぁっ!!」
 机にかじりついて必死に作業をしてた僕は、突然背後から声を掛けられ慌てて手にしていた物を隠した。
「なっ……何だ、ビアンカじゃないか。何しているんだい?」
 聞かれたビアンカは、微かに苦笑いを浮かべて言った。
「フフッ…それを聞いたのは私の方じゃない」
 考えてみたら、すごく変な事を聞いてしまったな…ビアンカに気付かされて、僕も同じく苦笑いをする。
「ここ最近ずっとそうね。何か根詰めているみたい…大丈夫?無理しないでね」
「うん、ありがとう……」
 心配そうな顔で僕に気を遣ってくれたビアンカに少しだけ後ろめたい気持ちを心の中に抱えながら、僕は笑顔で彼女にお礼を言った。



 ここ最近、僕はビアンカに隠しごとをしている。それはきっと彼女も感づいているはずだ。
 でも…ビアンカは決して、それを追及したりしない。僕が必死に隠している物を、コッソリ見たりもしない。見ようと思えば見れる場面なんていっぱいあったのに…。
 そんな彼女の気遣いに、感謝する反面とても心苦しかった。
 決して悪い隠しごとなんかではない。けれど、でも……彼女に秘密にし続ける自分が情けなかった。

───…別にいいのよ。貴方が話したくなったら話してくれればそれで───

 きっとビアンカなら笑顔でこう答えてくれる。
 本当に、僕は彼女に甘えっぱなしだな…深く反省しながら、手にしていた秘密のソレをそっと袋の中にしまった。



 コンコン…

 乾いたノックの音が部屋に響いたのを聞いて、僕はハッと目を覚ます。いつの間にか眠ってしまった様だ。
「は…はいっ!」
「アレス、起きた?私よ。入るね」
「…うん」
 ドアを開けて入ってきた彼女は、風呂上がりなのか…濡れた髪でほんのり顔もピンク色をしていた。
「ごめんなさい…よく眠っていたみたいだから、起こさなかったのよ。そろそろお夕飯食べに下に降りない?」
 彼女の絹糸のように綺麗な黄金色の髪が、水を含んでキラキラと輝いている。それが、ほのかに染まった頬と相俟ってさながら天使のような雰囲気で、僕は…思わずうっとりと見とれてしまった。
「…アレス?」
 ビアンカに名前を呼ばれ、ハッと我に返る。何だかドキドキしている自分に、必死に落ち着け!と言い聞かせながら。
「あ…ゴメン」
 目を合わせられないままに返事をした僕を見て、ビアンカはクスクスと笑う。
「寝起きだったんでしょう?ホラここ…寝癖ついてる」
「あっ…」
 頭のてっぺんの毛を直す彼女からは、ふわりと花の香りがした。
「はい、これで良し!ねっ、何か食べに行きましょっ!私もうお腹ペッコペコ」
「うん、そうだね。行こうか!」
 気が付いたら大合唱の自分の腹を満足させるため、僕がビアンカの誘いを断る理由は何も無かった。


 カジノ船は、夜だというのにかなりの賑わいだった。客足は途絶える事なく、むしろ夜に近付くに連れて、更なる盛り上がりを見せている。
 僕とビアンカは、僕たち二人の結婚を取り持ってくれたルドマンさんの厚意に甘えて、この場所に宿を取っていた。
 係の人に話をして通された部屋は驚く程に豪華で、二人して畏縮してしまったのは言うまでもない。
『田舎育ちだからこういう場所はどうも落ち着かないわ』
 そわそわしながら言ったビアンカは、それでも初めての体験にとても嬉しそうだった。僕も……そんな彼女を見られてとても嬉しかった。



「はいどうぞ…こちらは桃のお酒です。口あたりが良いから女性でも飲みやすいと思いますよ」
「わぁ…すっごく綺麗な色ねぇ。どうもありがとう!」
 グラスに注がれた淡い桃色の果実酒を見つめ、ビアンカが目を輝かせていた。口に含むと、さらに幸せそうに微笑みを浮かべる。
「甘いけどさっぱりしてて……とっても美味しいわ」
「良かったね、ビアンカ」
「ええ!」
 僕が笑うと、彼女は元気に返事をしてくれた。
「村にもバーはあったけれど、あそこはおじさん達が呑んで話をするだけの場所だったから…私ぐらいの年だとちょっと入りづらかったのよね。こんな美味しいお酒がこの世にあったなんて……なんか損してたな」
 外でお酒を飲むのは初めての体験だというビアンカは、酔いのせいか…いつもより早口になりながら語った。

 食事を終えた僕達は、その帰りにふと目に留まったバーに立ち寄った。
 『酒は食事を取る前に飲むものよ?』と隣にいたお姉さんに笑われたけれど、なにぶん僕もビアンカも初めて経験する事だったので、酒を楽しむ…というよりは単純に興味が勝っていただけだった。
「ここには、ルドマン様がご自分の足で集められた世界中の様々な種類の酒が、ほとんど揃っているのですよ」
 バーの主人が説明する。
 想像するだけで、とても凄い事だった…ルドマンさんは、僕がまだ見たことの無い世界を色々と知っているんだ。そう考えたら、何かすごく胸が踊った。
「うふふ…やっぱりルドマンさんって、もの凄い人だったのね…」
 ビアンカが、さして驚いている風でもないように、笑いながら言う。
「……あれ?何か変だよ、ビアンカ…」
 よく見ると、どうもふらついている。高い椅子の足に任せ、両足をブラブラとせわしなく動かしていたりもしている。いつもの彼女が見せない浮かれぶりだ。
「へっ?そんなこと、無いわよぉ。全然らぁいじょうぶ!」
 ───絶対嘘だ…。
 ろれつの回ってない彼女の周りをよく観察すると、カウンターの上に…いつの間に空けたのだろう?五杯分のグラスが間隔をあけて置かれていた。
「ホント美味しいわぁ!ジュースみたいに飲みやすいんれすものぉ。マスター、次はあの綺麗な黄色い瓶に入っらお酒をくらさいな♪」
「ちょ…ちょっと待って!!飲み過ぎだよビアンカ!」
 僕は必死になって止めたけど、陽気になったビアンカはそう簡単に治まってはくれなかった。
「こちらは、蜂蜜で割ったお酒でして…結構度が強いですが大丈夫ですか?」
 僕は必死になって首を横へと振った。マスターに訴えかける様な目で見つめたけど、それを遮ってビアンカはやんわりとねだる。
「らいじょぶ、へーきよ!コレ飲んだら終わりにするもの。ね、お願い?」
 こういう時のビアンカは、僕にとって脅威だった。赤く染まった顔で、しかも少し潤んだ瞳をしながら、上目づかいに言われれば、そんな君を悲しませたくはなくて断る事が出来ないのに……僕は。
「うぅ……うん」
「やったぁ!」
 何だかいつもの立場が逆転している。子供みたいに無邪気に喜ぶビアンカは、素直に可愛かった。だから余計に強くは断れなくて……───

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