‡キミの想い‡

「ビアンカさんっ!!遊びに来たよっ!!」
 太陽みたいな元気な笑顔で、その人はやってきた。
 いつもの曜日、いつもの時間。色々と忙しい生活の合間を縫って、いつも彼はここに来る。
「イクス君?待っててね、今開けるわ」
 可愛いお客様の来訪が嬉しくない訳がない。私は急いで扉を開けた。
「へへへっ!来ちゃった」
「いらっしゃいイクス君。ニーナちゃんも、よく来てくれたわ」
「……こんにちは」
 元気なお兄ちゃんの影に隠れるようにしていた妹のニーナちゃんを見つけて、追って笑顔で挨拶をする。人見知りさんなのかしら?いつも通り、控えめな声が返ってきた。
「上がって頂戴。ちょうど今、ケーキを焼いていたの。食べてくれるかな?」
「ケーキ!?わーい!お邪魔します♪」
 彼が来るようになってから、お茶菓子を用意する楽しみが増えた。ここ数年は村の外のお客様なんて滅多に来なかったので、こんなウキウキするのは久し振りかもしれない。
「ホラ、ニーナも早く!」
「うん…」
 半ば引きずられるみたいにお兄ちゃんに連れられ、ニーナちゃんも中に入る。
「ちょっと待っててね。今お茶を入れるから」
 鼻歌混じりに、キッチンへと向かう。年甲斐も無く浮かれている自分に気付き笑いが込み上げてきた。



 幼なじみの息子である彼が、我が家に遊びに来るようになってからもう三ヶ月あまり。はじめは…ただそれだけの関係だった。
 最初の頃は、家族みんなで遊びに来ていた。久々に会った父親のウィルや奥様のフローラさんと色々話をしていた間、彼は大人しく椅子に座っていた印象しか無かった気がする。
 それから何度か…家族のお付き合いがあって、彼は次第に一人で村に来るようになった。正確に言うと、恐らくルーラで来ているのだろう。一人ではなく妹のニーナちゃんも一緒に。
 最初は驚きもした。けれど、やっぱり誰かが訪ねて来てくれるのは嬉しい…。毎週の習慣になったお茶菓子づくりも、だんだん楽しみになっていった。


「ビアンカさん!あの…これ良かったら……貰ってください!」
「ん?」
 照れているみたいな声に振り返ると、イクス君の手には小さな花束が握られていた。
「うわぁ…可愛い!貰っていいの?」
「は…はい!!ビアンカさんの為に取ってきたんです」
「ありがとう。………ん!いい香りね。早速飾らせてもらうわね」
 小さな花瓶に水を注ぎ、そこに花束を挿した。毎日目に入るように、テーブルの真ん中にそれを置く。
「私の為になんて…嬉しいなぁ。大事にするわね」
「へへへっ…」
 笑う彼の顔は小さい頃の幼なじみの姿が見え隠れしていて、少しだけ懐かしくなった。


「美味しい?」
 昨日お隣りのおばさんから野イチゴのジャムを戴いたので、ケーキに混ぜた。甘酸っぱくて美味しかったんだけれど、ちょっと大人な味だったかな?
「うん!すごくおいしい!!ビアンカさんの焼くケーキは、お城のおじさんが焼くケーキより何倍もおいしいよっ!!」
 お城のシェフに比べたら全然足元にも及ばない手作りのケーキ。彼は嬉しそうに食べてくれる。
「ふふ…ありがと。そう言ってもらえると、すごく嬉しいわ」
 いつもこうやって喜んでくれるので、私もついつい作ってあげたくなるんだ。
「ニーナちゃんはどう?…お口に合ったかしら?」
 ふと家に入って以来、ずっと喋らないままでいるニーナちゃんが気になって、声をかけてみた。
「…………ルドマンおじいちゃんの家で食べたケーキの方がおいしいもん…」
「ニーナッ!!」
 イクス君が立ち上がって叫んだ。
「なんて事言うんだよっ!!ビアンカさんに謝れっ!!」
「………」
「あ、いいのよイクス君」
 ニーナちゃんが泣きそうな顔になってしまったので慌てて彼を止める。確かに美味しいお菓子を食べ慣れているなら、こんなの大した事ないもの…。そんな事で喧嘩してほしくなかった。
「ごめんなさい…ビアンカさん」
「あ!ううんっ……イクス君が気にする事ないのよ。ゴメンね、ニーナちゃん。今度は美味しく焼けるよう頑張るから、今日はこれで我慢してね」
「──────ッ!!」
 私が謝ると、ニーナちゃんは席を立ち何も言わぬまま家を飛び出した。
「ニーナッ!!」
「待って」
 慌てて追おうとしたイクス君を左手で制して、私は立ち上がる。
「ビアンカさん…?」
「私が行くわ。…ううん、私に行かせてほしいの。だからここは任せて、ね?」
 そう頼み込むと、やっと落ち着いた彼は苦笑い混じりに言った。
「ニーナを……お願いします」
「うん」
 突然の展開に複雑そうなイクス君から振り返って、私は急いでニーナちゃんを追い掛けた。




 村中を散々探し回り、結局最後に辿り着いた我が家の裏庭で、ニーナちゃんは膝を抱えて泣いていた。
「………見つけた」
「あっ!!」
 私の声に慌てて涙を拭う彼女に、少し胸の痛みを覚える。
「なっ…何の用ですか?」
「貴女を探しに来たの」
 真っ赤に腫らした目と、それでもまだ突っぱねる様子が、とても不釣り合い。
「何でっ…お兄ちゃんじゃなくて、何であなたがっ!?」
「ニーナちゃんが、とっても心配だったから…かな?」
 私の言葉にハッとなり、ニーナちゃんはようやっと落ち着きを取り戻した。
「………ゴメンナサイ。私…ひどいこと言いました」
「フフッ……分かるなぁ、その気持ち」
 しょんぼりと頭を下げた小さなお姫様は、私が漏らした笑いに不思議そうな顔をしていた。
「今までずっと一緒だったお兄ちゃんが取られた様な気がしちゃったのよね…?私も…そんな経験あるからよく分かる」
「ビアンカさん…?」
「まぁ私の場合、兄弟ではなかったけど…ね」
 そう言ってウインクすると、ようやく彼女の顔に笑みが戻ってくる。
「そうそう、やっぱり笑ってる顔が一番可愛いわよ。………ね?」
 涙でグシュグシュの顔を、ハンカチで拭いてあげた。
「あ…ありがとう…」
「どういたしまして!…あん!!もうっ!やっぱりフローラさんの子供ねっ!素直で可愛いっ!!」
 照れ臭そうにお礼を言うニーナちゃんが可愛くて、思わず抱きしめてしまう。
「むきゅっ!?」
「やだっ!私ったらつい…。ごめんね?大丈夫?」
「は…はい。平気です…」
 勢い余った行動を謝罪すると、ニーナちゃんはか細い声で返事をしたけれど、それでもその手はしがみついたまま離れなかった。
「どうしたの?」
「私…すごくひどい事を言っちゃった。ビアンカさんこんなに優しいのに」
 キュウと締め付けてる手が心地良い。
「十年くらい前かなぁ…?私もね、今のニーナちゃんと同じ気持ちになった事があるの。さっきの話ね」
 サラサラと梳く手を摺り抜けるニーナちゃんの柔らかい髪を撫でながら、私はポツリと昔話を始めた。
「恋…とは違ったんだけど。でもずっと彼が大好きで…また会えた時は、きっと再び冒険が出来るんだって勝手に思っていたわ。だから…彼が行ってしまった時は、心の中にポッカリ穴が空いたみたいで…暫く何もする気にならなかった」
 目を閉じると、あの時の記憶が蘇る。哀しみは全く無かったけれど、淋しさでいっぱいだったあの時の記憶が。
「ビアンカさん…それ…」
「みんなには内緒ね。私とニーナちゃんだけの秘密」
 彼女の言葉の続きを遮る様に、そっと耳打ちをした。
「大丈夫。貴女の大好きなお兄ちゃんは急に態度を変えるような薄情な人じゃあないはずよ?ね」
「……うん!ありがとう」
 細い腕に抱きしめられ、胸がキュッと鳴く。ニーナちゃんの気持ちが体温越しに伝わってきたことが、妙に心を切なくさせた。


「おぉ〜〜いっ!ニーナーっ!!ビアンカさぁぁぁんっ!!」
 そうして、私が小さなお姫様と秘密の約束を交わしているとき、待ちきれなくなったのだろうかイクス君が追って裏庭に現れた。
「遅いからつい心配で…。待ってろって言われたのに…ゴメンナサイ」
「いいのよ……ありがとう。もう大丈夫だから」
 私がこう伝えると、やっと安心したのか…彼はその場に座り込んでしまう。
「良かった…ニーナも、無事みたいで」
「うん…ごめんなさい…」
 控えめな声で妹に謝られ、少しバツが悪そうな顔をしつつも笑顔が戻る。
「さて…そろそろ戻りましょうか?お茶も冷めちゃったし、温め直すからね」
「うんっ!」
 その提案に、威勢の良い返事とともに乗ってくれた彼の手を取ってそっと立ち上がった。………だけど…。
「ダメ──────ッ!!」
「うわあっ!!」
 大きな声と共にイクス君がよろめく。驚いた事に、ニーナちゃんが彼のことを突き飛ばしたのだ。
「なっ……どうしたんだよニーナッ!!」
「お兄ちゃんばっかりビアンカさんと手を繋いでるのズルイんだもん!」
『ええっ!?』
 膨れるニーナちゃんに、私とイクス君は同時に驚きの声を上げる。
「ビアンカさん!私と一緒に手を繋いで行こうね」
「え…えぇ……」
「なんだよ急に!ズルイぞニーナッ!!」
「お兄ちゃんの方がズルイもんっ!私もビアンカさんのお隣りがいいっ!!」
「〜〜〜ッ!!」
 予想外の展開に、イクス君は何も言えなくなってしまっていた。
「…左手、まだ空いてるんだけどな?」
「ッ!!」
 それとなく私が呟いた言葉に、パッと笑顔が戻る。両手をしっかりと握りしめられて、何だか不思議な気持ちになってしまった。



『───ビアンカさん、だい好きっ♪』

「ははは…」



 〜おしまい〜



* * * * *

この一つ前の話を書く前に配信しようと思ってたお話です。本当はビアンカさんが息子クンへの気持ちを隠しながら好きになる話を書きたかったのですが、前のお話でその過程をすっ飛ばしてしまったため、なんとも中途半端な展開に…でも一応当初考えてた『娘ちゃんがビアンカさんに小さなヤキモチを妬く』なシーンに辿り着くまでには成功しました(笑)

ビアンカさんや兄に反発してしまったのがショックで思わず逃げ出してしまった娘ちゃんがビアンカさんの言葉でやっと理解し合える仲になる…って、説明するの難しいなぁιとにかくただ娘ちゃんをビアンカさんラヴっ娘にしたかっただけなのです(ニンマリ)


余談ですけど、実はウチの双子ちゃん…金髪の方はお互い名前で呼び合ってますが、青髪では妹ちゃんは『お兄ちゃん』呼びです。これは意識して差別化を図りました。息子クンとビアンカさんのカプを思い付いた時点で、兄を名前呼びする妹ちゃんだと自立心が強そうに見えて、絶対にヤキモチ妬かないだろうと考えたすえ、ゲーム本編に合わせてお兄ちゃん呼びにしてみた次第です。

逆に金髪双子ちゃんは意識して天空物語と合わせたフシはありますが…(笑)

20P目
[章]1/1

<<前 次>>
=TOP=


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -