‡3‡

 ヘンリーは二人を城下町まで送ろうと申し出たが、これ以上はご迷惑をお掛け出来ませんとの母親の言葉に、あまりに気を遣わせるのも悪いと思い、その場で二人を見送った。
「行って………しまいましたね」
「あぁ…」
 ホッと安堵の表情を浮かべるマリアの呟きに、ヘンリーも穏やかな顔で返事をする。
「あの、ヘンリー様…」
 親子の姿が見えなくなるまで手を振りながら見送って、しばらく。突然マリアはこう切り出した。
「なんだい?」
「私…私も、そろそろ修道院に帰ろうと思うんです」
 思いがけぬマリアの言葉に、ヘンリーは思わず彼女に振り返る。…そりゃあ、いつかは帰るものだと思ってはいたが、そんな急に話を出されるなんて考えてもみなかったのだから。
「なっ……何で突然!?」
「ずっと考えてはいたんです。先ほどはその事をお伝えしようと、ヘンリー様のお部屋に伺いました。私のような者が、いつまでもお城にご迷惑をお掛けする訳にいきませんし…」
 マリアの言葉に、迷いは無い。だからこそ言ってる事が本気だと感じられた。
「そんなのっ…マリアが迷惑だなんて、城の者は全然思わないって!勿論俺も」
「勝手なのですが…私が駄目なんです。
これは私の問題なのです。まだ修業中の身で、長い間修道院を離れるのも…」
 マリアの言うことはもっともだった。彼女の意思を阻害する訳にもいかない。だけど…それでは自分が納得いかない。

──彼女を引き止める方法は、ただ一つなんだよ。ここで言わなきゃ男が廃る!一生このままだぞ!!───

 力強く自分に言い聞かせて、ヘンリーは深呼吸してマリアの瞳を見つめた。
「マリア……」
 その細い肩に触れる。心臓が高鳴る…何だか汗ばんできた。……でも、ここで負けられはしない。自分に───!!
「はい…?」
「俺っ…俺は、君と離れたくないんだ。仲間だったからじゃない。男としてだ。君が…君の事が好きだからっ…!!」
「え……っ!?」
(言った…!言ったぞ!!)
 心の中で小さくガッツポーズを取っていたのは勿論内緒だ。
「ヘンリー様、私は…」
「君がアイツの事を好きだっていうのは知っている。でも…俺は一人の男として君に俺を見てほしいんだ」
「え!?誰が誰をですか?」
 きょとんと自分を見上げるマリアに、度肝を抜かれ目を丸く見開いたまま問い返す。
「えっ!?違うのっ?だってさ…マリアはいつもアイツの話ばっかりしていたし…それに、よく褒めていたじゃないか!」
「それは…そうですよ。あの方の印象はとても強かったですし、それに…目の前にいる方を褒めるなんて…照れてしまいますもの。ふふふっ」
 もっともらしくこう言われ、ヘンリーはガクッと膝から座り込んだ。
「なんだ、違うのかぁ…」
 勘違いして悩んでいた自分が妙に馬鹿らしくなって、急に笑いが込み上げる。…密かに妬ましく思ってしまった友に、心の内で謝罪した。
「私も…ヘンリー様の事が大好きです」
 少しはにかみながら、しゃがみ込んだままのヘンリーにマリアは告白する。
「なら…余計答えを聞かせてほしいよ。マリア、このまま城に残ってくれるか?俺と…結婚してくれるかい?」
 切実な強い瞳で見つめられて、マリアは思わずヘンリーから振り返った。
「ヘンリー様…」
 自分から視線を外してうつむくマリアに、ヘンリーは立ち上がってその背中へと問い掛ける。
「マリア……」
「それならば、余計に私は今すぐ修道院へと戻らなくてはなりませんね」
 震える肩でそう答えられて、ヘンリーは悲壮なまでの声を上げた。
「なっ………マリアッ!?」

──やっぱ…俺じゃダメなのか…?──

 玉砕覚悟で告白はしたが、やはり自分ではダメなのだと。彼女の言う『好き』は自分の『好き』とは意味が違ったのだと。ヘンリーは、心の中で諦めかけた。だが…──
「だって……」
 マリアがこちらに振り返って続ける。
「えっ…?」
 ヘンリーの情けない涙目の顔に微笑みながら、彼女は小さな声で囁いた。
「だって…修道長様にちゃんとご報告をしなければいけませんから」
 笑顔でそう言う彼女の瞳には、キラリと涙が浮かんでいた。そう…とても綺麗な、喜びの涙が……。
「マリア……ッ!!」
 こちらもほんのりと涙ぐんだヘンリーは、あまりにも嬉しかったのか…思わずマリアに抱きついた。
「俺っ……俺一生幸せにするよ!絶対…絶対にだっ!!」
「はい…はい……っ!!」
 こうして、ラインハットの元・王子様は心優しい最愛のお嫁さんを貰い受け、その波瀾万丈な己の物語に幸せのエンドマークをつけたのでした…。





〜それから数年…〜


「母上!母上〜っ!!」
 けたたましい足音と共に部屋へと乱入してきた息子に、母は優しく問い掛けてやる。
「どうしたの、コリンズ?」
 小さなぼっちゃまは真っ赤なほっぺで息を切らしながら母親に近寄った。
「大臣に聞いたんだ!父上が母上を白馬に乗って迎えに行ったって本当なの?」
 その瞳は、期待と好奇心でいっぱい。実にこの年頃の男の子らしい。
「えぇ、本当よ。ふふ…懐かしいわね。そういえば、コリンズにはまだその話をしていなかったわね。聞きたい?」
「うん!」
 待ってました!とばかりに、コリンズは母に抱きついた。
「じゃあお話してあげる。お父様はね、昔はそれはそれは……」

 陽射しも穏やかな昼下がり。母は昔を懐かしみつつ、息子に語ってやる。全てが順調ではなかったけれど、幸せだったあの頃の嬉しい昔話を……──


 〜fin〜



* * * * *

前サイトのゾロ番でNANAさんからリクを頂いた王道カップリングです。おふっ…今になって見ると読むに耐えない酷さ。妙にギャグを交えた文面ですねι

主人公は『アイツ』とか『あの方』程度に登場します。ビアンカさんとフローラさん、どちらがお嫁さんの彼にするかを凄く悩んだ揚げ句、苦肉の策だったりι

メルマガでの配信当時、女の子の名前をマリアと同じにすると紛らわしいかな?と思った私は、一体何をトチ狂ったのか『マリアベル』にしておったのですが、今回手直しするにあたって別段二人同じ名前でも何ら問題は無かったというか、むしろその方が良い気がするって事実に気付き、数年越しにあの設定は無かった事になっております(爆笑)

…密かに一番美味しいのはお義母様と、名も無い兵士だと思ってる自分。



まぁメルマガ配信当初の作品故に非常に拙い出来ではありますが、これも味だと腹を括って大きな手直しをせずに残してみました。ギャグだから出来る芸当(笑)

4P目
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