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(ハッ…イカン!!この状況から察するに外へと出掛けようとしておるな。こんな所で突っ立っていては、聞き耳を立てていた事がバレバレじゃ!!)
 部屋の扉にピッタリと耳をくっつけていたお義母さまは、今更ながらにそんな危機感を覚えていました。
 けれども一向に二人が扉を開く様子は無く、それどころか人の気配すらも全く感じなくなっていました。お義母さま、『おかしいな』と小首を傾げながらも、恐る恐る扉のノブを回してみます。
 その視線の先には、誰もいない部屋の中に残されたティーカップが二組だけ…
「んなっ…!?ヘンリー殿達は一体何処に消えたというのじゃ!!」
 慌てふためき、気付けませんでした。お義母さま、実はこの部屋には隠し階段があるんです。十年前に、それを部下に利用させたのは貴女だというのに……。
「あの後の二人は一体どうなったというのじゃ────っっ!!」
 お義母さまの叫びは、城の誰も知る由もありませんでした。



 その頃、中庭に足を運んだヘンリーとマリアは泣き声の主を捜し当てていた。
「うわぁ──んっ!!おかあさ〜んっ!!」
「まぁ…母親とはぐれてしまったみたいですね」
 見ればまだ小さな女の子が、しきりに母の事を呼んで泣いている。
「大丈夫?迷子になっちゃったの?」
「うっ……うん。ひっく」
 女の子はマリア達が来たことで、少し安心したらしい。先ほどまでの泣き叫び具合よりは、幾分落ち着きながら返事をした。
「お名前は?」
「───………マリア」
「まぁ…私と同じだわ!私もマリアっていうのよ」
 少女は驚いてマリアの顔を見上げた。マリアは女の子を宥めようと、同じ目線まで屈んで優しく頭を撫でてあげる。
「マリア…おねぇちゃん?」
「ふふふ…ハイ。マリアちゃんは、どこから来たの?」
「おらくるべりー…」
 ずいぶん遠くから来たのね…とマリアが不思議に思い口にすると、ヘンリーは何かを思い出したらしく話に加わった。
「そういや…城を一般に開放するようになってから、オラクルベリーの住民達がツアー組んで見学をしに来るとか言っていたな。その一団か」
 世の中少しでも平和が訪れたのなら、それを満喫したがるのは人間の性だ。
「困りましたね…。この娘のお母さんがいま何処にいるのか分からなければ探しようが無いですし…」
 しょんぼりと肩を落としたマリアに、ヘンリーはポンと手を叩き、名誉挽回のチャンスとばかりに意気揚々と語った。
「そういやツアーの案内には城中の兵士が関わっている筈だから、誰かに聞けば今日の日程が分かるんじゃないか?」
 それ以前に城の主人である筈の王家の者が、城内で行われている催し事に全く無関心だという問題があるのだが…勿論そんな事実に気付くヘンリーではなく、またそんな事実を指摘出来るマリアでもなかった。
「それなら安心ですね」
「だろ?…ちょっとそこらにいる兵士に頼んでくるな!」
 マリアにそう言われ、余程嬉しかったのかヘンリーは足どりも軽やかに城の中へと消えていった。
「…もうすぐお母さん見つかるからね。安心して待っててね」
「うん……ありがとう、おねえちゃん」
 マリアという名の少女は、同じ名前を持つマリアに対し親しみを覚えたのか…初めて彼女にその笑顔を見せた。少女の純粋さを見てマリアも心が暖かくなる。


 間もなくヘンリーが戻ると、マリアの腕に抱かれた少女は静かに寝息を立てていた。ヘンリーに気が付いたマリアは、静かに優しく人差し指を口に当てる。
「寝ちゃったのか」
「泣き疲れてしまったみたいなんです。初めての場所で迷子になったんですもの…私達が来て安心したんですよ」
(うっ………羨ましい!!)
 微笑む聖母の膝枕を満喫している少女に対し、ヘンリーが密かによろしくない感情を抱いていたことは、マリアは当然全く気付かない。
「子供って…可愛いですよね」
「ぅぇへっ!?」
 腑抜けた返事にマリアは思わず笑い声を漏らした。
「ヘンリー様ったら……ふふふっ」
「ゴメン!ちょっと考え事しててさ…」
 ─考え事にも善し悪しがありますが。
「マリアは…子供好きなんだな」
「…ええ、とっても。小さい子の無邪気な笑顔を見てるだけで、こちらまで幸せになれる気がするんです。ヘンリー様は…あまりお好きではないんですか?」
 マリアの問い掛けに、ヘンリーは暫く『う〜ん…』と唸り、渋い顔をしながらもこう答えた。
「オレさ、いま思えばガキの頃すんごい生意気で考え無しな、憎ったらしい子供だったんだよな。だからさ、子供…って考えるとまず自分を基準にしちゃって」
 ふと親友の父…パパスの顔が浮かび、気が沈んだ。子供だからという理由だけで許される罪ばかりではないという事を今は知っている。だからこそ、彼は子供だった自分に…果ては、子供という存在自体に良い感情を持てないでいたのだ。
「ヘンリー様……」
 その重たい空気に気付いて、マリアは心配そうにヘンリーの肩に触れた。彼の生い立ち、彼の人生を、旅をしていた頃彼の親友からかい摘まんで聞いていた。彼の思っていることが分かるからこそ、自分のことのように辛く感じたのだ。
「ゴメンな。変な事言って水差して」
 謝るヘンリーに、マリアは心の底から首を横に振って否定した。
「ヘンリー様は…その事をよく分かってらっしゃいます!!だから…だからこそ、きっとご自分のお子様には優しく接してあげられますよ!!私はそう思いますっ」
 言葉には深い意味は無かった。本気でそう思っただけだった。
「俺の………子供、か…」
 けれどヘンリーはその言葉の裏の意味に気付いてしまう。マリア自身すらも、気付いてはいなかった心の内を。
「あ…いえ、その…そんな意味では…」
「あれ?否定しちゃうの?残念だなぁ」
「えっ!?いえ、そんなつもりも…!!」
「ハハッ!冗談だって」
 ようやくヘンリーに、いつもの笑顔が戻る。けれど、おどけていつつも、彼は自分の勇気の無さを呪っていた。
(俺は…マリアに嫌われるのが怖かったのかもな。…まだぶつかってすらいないってのに、負けた気持ちでいるなんて…情けないや…)
 そう独りごちながら、自分自身に苦笑した。




「マリア───ッ!!」
 その叫ぶ様な呼び声が聞こえたのは、二人の間に本日二度目の沈黙が訪れて、しばらく経った時だった。
「あ………ママぁっ!!」
 聞き慣れたその声に、うつらと夢の中にいた少女は一気に現実へと引き戻され母に駆け寄る。
「ヘンリー様、お待たせ致しましたッ!母親の方も城中捜し回っていたらしく、見つけるのに手間取ってしまい……」
「いや、気にするなって。ご苦労だったな…助かったよ」
 昔のヘンリーならば考えられない労いの言葉に、彼を以前からよく知っていた兵士は微かに涙ぐみながらも、敬礼一つその場を立ち去った。
「本当…本当にありがとうございます」
 少女の母親は、幼いわが子とはぐれて心配で仕方なかったのだろう。ヘンリーとマリアに何度も何度も頭を下げた。
「いいえ、見つかって何よりでしたね。良かったね、マリアちゃん」
「うんっ…うんっ!ありがとう、マリアおねえちゃん」
 少女のとびきりの笑顔を見て、二人の顔も自然にほころんだ。

3P目
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