‡2‡

 そして、こうなるのだ。

「ふにゃあ……」
「ああ…そんな声出して……大丈夫?」
 すっかり体中の力を酒に吸い取られたビアンカは、僕の問い掛けに虚ろな目で答えた。
 結局僕は、あのあと酒場で酔い潰れてしまったビアンカを背負って、部屋まで戻ってきたのだ。
「うん、へいきよ…。らって…あたしはおねぇさんらも。あなたよりふたつも」
 きっと今の彼女には、前も後ろも上も下も…現実か夢かすら、定かじゃないんだろう。久し振りに飛び出したビアンカの懐かしいセリフに、僕は思わず口元が緩んだ。
「ホラここに座って…。水は飲める?」
 ゆっくり部屋のベッドへ座らせられると、ビアンカは『む〜…?』とこれまた気の抜けた返事をしながら、水の入ったコップをそっと受け取った。
「ハハ…まさかビアンカがお酒に弱いだなんて思わなかったよ」
「失礼ねぇ!そんなに酒豪に見える?」
「あ、目が覚めた?」
 ちょっとだけ頬を膨らませながら怒るビアンカは、子供の頃の負けん気の強さが見え隠れして、なんだか懐かしくて…それでいて微笑ましかった。
「ごめんなさい……ここまで運んできてくれたんだ?お…重くなかった…?」
 ビアンカは渋い表情でそう窺う。僕は少し意地悪く、笑いながらこう答えた。
「重かった」
「えぇっ!?最近はちゃんと気を遣うようになったのになぁ…」
 そう言って、慌ててお腹周りをさすりだす。やっぱり女の子だな…ビアンカは『気取らない』けれど、『気にしない』ワケじゃなかったんだね。そんな彼女の女性の部分に触れ、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。
「誤解だよ。そんな意味に取らないで」
「えっ……?」
 僕は椅子に腰掛け、彼女と同じ目線で続けた。
「だって…世界一大事な奥さんを運んだんだよ?……冗談でも『軽い』だなんて扱いたくないんだ」
「……アレス…」
 僕のセリフにビアンカの顔がみるみる薔薇色に染まる。
「ありがとう…。そう言ってもらえて、すごく嬉しいわ」
 ビアンカはふと立ち上がり、ふわりと優しく僕のおでこにキスひとつ落とし、ゆっくりとその腕を僕の首に回した。
「大好きよ、アレス。世界で一番あなたを愛してる…」
 耳元で囁く彼女の声は、吐息混じりに熱く…僕の首筋をかすめた。
「………ほんとはね」
「ん?」
 そのままの姿勢で、ビアンカはポツリと呟く。
「言っても……いい?」
 その問いは溜息を含んで、切ない色をして見えた。
「うん……」
 そんな彼女を抱き上げて、僕はベッドへと移動する。離れたくないのだろうか…ビアンカのその腕には、一層強く力が込められた。
「お酒に頼ったら、聞けると思った…。でも結局それも出来なかったわ…」
 僕の膝の上に抱かれながら、ビアンカはゆっくりと語り始める。
「不安なんて、全然感じていないフリをしていたかったの…。本当は聞きたくて聞きたくて仕方がなかったわ。でも……あなたから話してくれるのを待っていたのよ」
 僕の背中にひと粒、熱い雫が落ちた。
「ねぇ、アレス…嫌な気持ちにさせたらごめんなさい。でも聞かせてほしいの…あなたの秘密にしている事は、私にも…話せない事なの?」
 情けない…こんなに切ながっていたというのに、それにすぐ気付けなかっただなんて。今までこそこそしてた自分が、殴りたいほど馬鹿らしく感じてきた。
 僕はビアンカを強く抱きしめる。彼女は苦しそうにふっと息を吐いたけれど、それでもその腕は緩めずに。
「アレス…?」
 彼女は僕の顔を覗き込むようにして、小声で僕の名を呼んだ。
「んっ……」
 その呼び掛けには答えないまま、僕はビアンカに口づける。それは、長い……とても長く感じられる時間だった。
「ふ…ぅ………」
 漏れた吐息と共に、唇を離す。
「ビアンカ…ごめんね」
 彼女を抱きしめたままでそう謝ると、ビアンカは僕の肩に頬を擦り寄せやっと笑顔を見せてくれた。
「ねぇ、ビアンカ…ちょっとの間、目を閉じていてくれるかな?」
 そんな彼女にお願いすると、少しだけ不思議そうに問いが返ってきた。
「え……?なんで…?」
「いいから、ちょっとだけ……ね?」
「うん…分かった」
 僕は言われるままに素直に目を閉じたビアンカの手を取り、腰袋に隠し持っていた物をゆっくりその細い指にはめた。
「もういいよ……」
 言われて目を開けたビアンカは、その手をまじまじと見つめていた。

 僕が彼女に隠していた秘密は、たったこれだけ。

「これ……指輪?」
 そう、指輪だ。木を彫り出して作っただけの、質素な出来の指輪。
「うん。ずっと隠れてこれを作っていたんだ…」
「これ、アレスの手づくりなの?すごいわ…こんな繊細な薔薇の細工がしてあるのに…」
 ビアンカは褒めたけれど、全然そんなことは無かった。想像してたのに比べると、もう到底及ばないくらいの拙いものなんだ…。
「でも…何で指輪なの?誕生日でもないのに…」
 思ってたとおり、そう聞かれた。僕は前々から用意していた言葉でその問いに答える。
「これは…君への結婚指輪なんだ…」
 ビアンカの指にピッタリ収まっている指輪に触れながら言った。
「えっ……!?でも…」
「分かってる。炎のリングも水のリングも僕達の結婚指輪だね」
 答えられたビアンカは、とても不可解らしく、困惑した様子だった。
「じゃあ……」
 先を急ぐように更に尋ねる彼女の言葉を遮って、僕は笑顔で続ける。
「でも…あの指輪は僕がルドマンさんに頼まれて取りにいった物だから…。それとは少し違うと思うんだよ」
 正確に言うと…結婚指輪ではあるのだけれど、それはビアンカの為のものではなかったから…。
「だから僕の意思で、君へのありったけの想いを込めて、改めて僕からビアンカに指輪を贈りたかったんだ……」
 そう…。これが僕から贈った君への、初めてのプレゼント。
「……そう…だったんだ」
 ビアンカはキュッ…と手を握りしめ、軽く指輪にキスをした。
「どうもありがとう……アレス。最高のプレゼントよ!」
 そしてちょっぴり涙ぐみながら、僕の頬にキスをくれる。彼女のその笑顔が、なによりの労いだった。
「一番の宝物だわ…。絶対…一生大切にするから!」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」
 僕が笑ってそう応えると、ビアンカはおもいっきり僕に抱き着いてきた。
「あぁ、もうっ…!!なんて言葉に出していいか全然分からないの!そのくらい、すっごく嬉しいのよ」
 きゅうっと心地良く締め付ける彼女の腕が、充分その気持ちを表していた…。言葉なんかいらない…ただ、その感謝の気持ちだけで胸がいっぱいになった。
「愛してる、ビアンカ…」
 この腕に抱いた彼女は、とても細くてか弱くて…けれど、しっかりと僕を包み込む暖かさを兼ね備えていた。
「アレス……大好きよ…」
 そんなビアンカの言葉を口移しに貰うみたいに、僕はそっと彼女に口づける。ビアンカは黙って受け入れてくれた。
「んっ………ふ…ぅ」
 鮮やかな紅色に頬を染めて、ビアンカが溜め息混じりに声をもらす。その声を聞くと、なんだかドキドキする。胸が…すごく熱くなるんだ。
「アレス……?」
 下を向いて黙ったままの僕を心配してか、ビアンカが覗き込んだ。
「………ん?」
「どうか……したの?」
 なんだか…言い出しづらくて、言葉が出てこない。
「ふふふっ…。ねぇ、アレス。優しく…してくれるわよね?」
「えっ……?うえっ!?」
 密かに心の中で渦巻いていた気持ちを彼女に読まれ、ついおかしな返事をしてしまった。
「あ……えと…うん」
 僕のいまいち煮え切らない返事にも、ビアンカは笑顔で応えてくれる。
「大丈夫よ。私…あなたに抱かれるの、全然嫌じゃないもの。むしろ嬉しいの」
「ビアンカ……」
 胸に押し当てられたビアンカの頬が、控え目に擦り寄せられる。それを感じると、恥ずかしさよりだんだん愛おしさが勝っていった。
「うん…僕も、君を感じていたいんだ」
 そっと両目を閉じる彼女をベッドへと横たえて、僕はビアンカに口づけながら覆いかぶさった…。


 みつあみのクセがついたビアンカの髪は、夜の風に流されてふわふわと揺れていた。
「ビアンカってさ……髪の毛を下ろすと雰囲気変わるね」
 そんな彼女の金髪を撫でながら、僕はそう感想づける。
「えっ?や…やだっ!!ふ…老けて見えるかしら?」
「ううん、逆。なんか幼く見えるかも」
 慌てて髪の毛を押さえる彼女に、僕は笑いをこぼしながら答えた。
「ふふっ……アハハッ」
 その言葉に、今度はビアンカが笑う。

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