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 正直信じられないのは僕の方だった。だって、ビアンカさんてば村の事を悪く言われていた時の、何倍も怒っているんだもん。
「この村から出ていって!!ここにあなたの居場所なんてどこにも無いわっ」
「なっ…!!ふざけるなっ!!私の家は貴族だぞ!金さえあれば、お前達やこんな村なんてすぐに消せるんだ!」
 この期に及んでまだこんな下らない事を言っている彼に、村の人たちは元より僕も呆れるしか無かった。


「一体、これは何の騒ぎかね?」
 突然人垣の向こうの村の外、そこからこのざわつきに負けないくらいに通る、ハッキリとした声が聞こえた。
「あれ…?この声って…」
 耳に懐かしいこの声に、僕もニーナも聞き覚えがあって……思わず二人で顔を見合わせてしまう。
「何者だっ?これ以上、部外者は関わらないでもらいたい!」
「いや、この場においては全くの部外者ではないのだがね…」
 後ろにいた人達が退いて現れた人影。やっぱり…
「そこの二人の子供達は、私の可愛い孫なのでな」
『ルドマンおじいちゃんだぁっ!!』
 僕とニーナ、同時に叫んだ。懐かしいおじいちゃんの顔に、嬉しさと戸惑いが一緒になって込み上げる。
「おじいちゃんっ!!」
 ニーナが走り出して、おじいちゃんに飛び付いた。
「おお…ニーナや、元気だったかな?」
「うんっ!」
 僕はというと、薄情にもビアンカさんと繋いだこの手を振り切る勇気が無くてその場で立ち尽くすだけだった。
「ル…ルドマン…?そんな…まさか……ルドマンといえば…いや、しかし…」
 レイザスさんの動揺に合わせて、周りのみんなもざわつき始める。そりゃそうだよ。おじいちゃんの名前は、この辺りじゃ知らない人はいないんだから。
「どうやら孫が世話になったようだね。この村は私の娘の友人が住む村だ。私にとっても特別な村だ。悪いが…別荘なら他の場所を当たってくれないかな?」
 レイザスさんが、さっきよりもさらに青い顔をしている。以前にお父さんから聞いたレヌール城のおばけよりも、白い顔かもしれない。

 ───クスッ。
 ビアンカさんが笑った。
「あの人、すごく焦ってるわね。無理もないわよねぇ…相手はあのルドマンさんだもの。生半可なお金持ちじゃ敵いっこないわよ」
 そう言って、僕の方を向いて笑った。僕は思わずドキッとして、そんな微笑みから目を背けてしまう。
「やややっ…やっぱりあのルドマンッ!?いやっ…これはその…」
「用が無いのなら、今日はお帰り頂けるかね?久し振りに会った孫達とゆっくり話がしたいものでな」
「はっ……はいぃぃぃぃっ!!お前達っ!何をしているっ!引き上げるぞっ!!」
 引き際も鮮やかに、レイザス一行は、そそくさと村から逃げていった。それはもう、今までのねちこさが嘘の様に。
「僕…結局役立たずだったなぁ……」
 ポツリと呟くとビアンカさんは優しく微笑みながらこう答えてくれた。
「ううん…違うわ。あの時、イクス君が来てくれなかったら、きっと村のみんなで対抗しても、太刀打ち出来なかったと思うもの」
 しゃがみ込んで僕と同じ目線になって言ってくれる…。そんなビアンカさんの心遣いが嬉しい。
「ありがとう…イクス君に元気づけられちゃった!」
「ビアンカさん…うん…ぼ…僕っ……!!うぅっ…!!」
 ふわりと頭を撫でられて、僕はすごく嬉しいはずなのに何故か涙が溢れてきてしまい、周りの目も気にせずにその場で大声で泣き出してしまった…。


「そういえばおじいちゃん…今日は何でこの村に?」
 騒ぎも一段落して、人もまばらになり始めた頃…まだ涙の渇かない僕の代わりに、ニーナがおじいちゃんにそう尋ねてくれた。
「ハハハ…おせっかいにも、わしの元に伝えに来た者がいてな。一肌脱ごうと、こうしてやってきたのだ」
 チラリと後ろを向いたおじいちゃんの視線を辿れば、その向こうにはこれまた見知った、僕の大好きな人たちの姿が。
「ええっ!?お…お父さんにお母さんっ!?何でっ…」
 いたずらっぽくニコリと笑うお父さんと、少しだけ困った顔したお母さんが、村の塀の影からひょこりと顔を出した。
「昨日の話が気になって、コッソリ後を追い掛けたんだ。…ごめんね?イクス、ニーナ」
 僕が何か言いたそうな顔をしてるのに先んじてこう謝られてしまい、その先の言葉が継げなかった。
「どうもありがとう、ウィル…フローラさん。それに…ルドマンさんも。お蔭でこの村が無くならずに済みました」
 ビアンカさんが深々と頭を下げる。
「いや…むしろおせっかいをしちゃってゴメン。余計な事になるとは思ったんだけど、可愛い息子の為に…つい、ね?」
「えっ…?」
「おおっ…お父さんっ!?」
 楽しそうに笑うお父さん。…なんだか子供みたいで、僕は戸惑ってしまう。
「いっ…いつから気付いていたの?」
「さぁて…ね?どうかな」
 素知らぬふりしてはぐらかすお父さんは、何だか僕より子供に見えるなぁ。
「何はともあれ、無事に騒ぎが収まって良かったでないか。なあ?フローラや」
「お父様もウィルさんも、少しはしゃぎ過ぎてましたけれどね。フフッ…」
 お母さんも楽しそうだ。
「本当に…なんて言ったら…色々迷惑をかけてしまってごめんなさい」
 困った顔をして謝るビアンカさんに、お父さんたちは気にしないでと返した。
「この村は…私にとってもウィルさんにとっても…、それにこの子達にとっても我が家の様に大切ですわ」
「そうだね。だからあんなやつらに踏み荒らされることが、個人的にも耐えられなかったんだよ、ビアンカ。だから君が気にする必要は無い」
「うん…うん!!ありがとう…みなさん」
 やっとビアンカさんの、あのひまわりみたいな笑顔が見れた。僕一人の力じゃ及ばなかったけれど、でも全く無駄ではなかった事が今は嬉しかった。
「さぁ、そろそろみんなでグランバニアに戻ろうか。ビアンカもダンカンさんも一緒にどう?」
「えっ!?わっ…私達も!?」
「今頃…城の皆が準備をして待っているはずだからね」
 準備?何のだろう…そう思ってると、お父さんは首だけ僕の方を向きウインクひとつ、こう続けた。
「息子の初恋記念パーティの、だよ」
「お…お父さんッ!!」
 僕は自分でも分かるくらいに、真っ赤になってお父さんの口を塞ごうとした。もちろん、敵いっこないけど。でも……そうでもしてなきゃ、まともにビアンカさんの顔を見れなかったから。

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