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 村の入口まで来たところで、僕は塀の外から話し声が聞こえた事に気付いた。
「…………まり…す」
 聞き慣れた、優しい声。間違いない…ビアンカさんの声だ。
「つれないな…こうやって何度もこんな田舎の村に足を運んでいる私の気持ちも分かって下さいよ」
 一緒にいるのは……男の人?なんだか好きな声じゃないなぁ。
「…私には病気がちな父もおりますし、この村の事も大好きです。離れるなんて…考えられないの」
 ビアンカさんが困ってるのが伝わってくる…。理由はどうにせよ、相手の人はあんまり良い人じゃないみたいだ。このまま聞き耳を立てているのも気が引けたので、僕は村の門をくぐって声のした方へ急いだ。
「ビアンカさんっ!!」
「あら、イクス君っ?」
 走りざまビアンカさんの腕に飛び付くと、相手の男は一瞬たじろいで後退りをする。
「いらっしゃい、また来てくれたのね」
「うんっ!!ビアンカさんに会いたくて、飛んで来ちゃったんだ!」
 横目でチラリと窺うと、驚いたような悔しがってるような…その人は、そんな複雑な顔をしていた。
「レイザス様、今日はこうしてお客様もおりますし、お引き取り頂けますか?」
「…また、後日参りますよ。それでは…失礼する!」
 ビアンカさんがやんわり促すと、その男の人は少し舌打ちをしたように見えたけど、諦めたように後ろを向いて帰っていった。

「……はぁっ!!助かったわ。ありがとうイクス君」
 彼がいなくなってから…緊張が解けたのか、大きく溜息をついてビアンカさんは言った。
「ねぇビアンカさん…あの人、だぁれ?困ってる?」
「ん?………アハハ、何だか恥ずかしいところを見られちゃったわね」
「そんな事ないよっ!!」
 苦い顔して笑うビアンカさんに、僕は大きく首を横に振った。
「ふふ…ありがと」
 僕は、ビアンカさんの笑顔が大好き。ヒマワリのように、パァッと咲くんだ。だからそんな笑顔を曇らせたくなくて、とにかく必死だった。
「あの人はね、レイザス様といって北の方に住んでるお金持ちなの。何ヶ月か前に村の温泉に観光に来ていた時に会ったんだけど、それ以来頻繁に私と話をしに村まで来るのよ…」
「ふぅん…何か僕、あまり好きな人には思えなかった。何となく…だけど…」
 僕がほっぺたを膨らませつつ呟くと、ビアンカさんはそれをつついて笑った。
「アハハ!イクス君てば、貴方がそんな顔をすることないのよ?」
「だって…ビアンカさんを困らせるヤツなんて、僕…許せないんだ!!僕がもっと毎日近くにいられたら、ビアンカさんを絶対に守るのに!」
「あら?嬉しいわねぇ。王子様に守ってもらえるだなんて!女の子の夢なのよ。フフッ」
 僕の中の精一杯、気持ち全部ぶつけるみたいに両手を強く握りしめてこう言うと、ビアンカさんてば…冗談だと思ったのかな?何だか、上手くはぐらかされてしまったみたい。
「さて……と。また今日もニーナちゃんと一緒よね?随分待たせちゃったわね…そろそろ帰ろっか?」
「う………あ、ハイッ!!」
 本当は、もう少しビアンカさんと二人だけでお話がしたかったけれど…自然に差し出された手が嬉しかったので、我慢することにした。




「ねぇお父さん…」
「ん…?どうしたんだい?イクス」
 お城に帰ってから、僕は夜中の静まりかえった頃にお父さんの部屋を訪ねた。
「う…うん……と」
「……おいで。話があるんだろう?」
 どう切り出そうかなと迷っていると、お父さんは優しく僕を部屋に招き入れてくれた。
「うん……!!」
「座って待っていなさい。今何か飲み物を持ってくるからね」
 背の高いお父さんの椅子に飛び乗って待つ。さっきまでお父さんが座っていた椅子…夜中の肌寒い空気が嘘のように、とてもあったかかった。
「お待たせ」
 しばらくして、湯気の上がったカップと、『お母さんには内緒で…な?』って言いながら、お菓子の乗ったお皿を片手にお父さんが戻ってきた。
「へへへっ、何かイタズラしてる気分になるね!」
 僕がそう言うと、大きな手で僕の頭をわしわし撫でながらお父さんは笑った。僕も嬉しくてお父さんに笑い掛ける。

「あのね…?困ってる人がいるんだ」
 そうして二口、三口…紅茶とお菓子を味わっていた僕は、やがて少しずつ話し始めた。
「でも…その人は僕のことを気遣って、僕には何も相談してくれなくて…だけど僕は、どうしてもその人の力になりたいと思うんだ」
 真っ直ぐに、僕の目を見つめてくれるお父さん…何故だろう?自然と顔が俯き加減になってしまう。
「僕……どうすればいいのかなぁ?これ以上何かするのは、その人へ迷惑になるのかな?」
 不安な気持ちを尋ねる。それは勿論、あの人のこと。…ビアンカさんのこと。
「もしも…だけどね?」
 僕が黙って答えを待ち続けていると、お父さんは静かに語り始めてくれた。
「イクスが逆の立場だったら、困ってる時に助けられるのを迷惑に思うかい?」
「ううんっ…思わない!!気付いてくれて嬉しいよ」
「うん…そうだよね。多分その人も同じ気持ちになると思うな。何も相談しないのは、きっとイクスのこと大切に想ってくれているからだよ。大切だから、迷惑かけたくないんだ……分かる?」
 お父さんの言葉に、思わず顔を上げてうなずく。

───大切?本当に…?

 頭に浮かんだあの人の笑顔が、口元を緩ませて仕方がなかった。
「ちゃんと聞いてごらん?きっと話してくれるはずだよ…。そうしたら、全力で力になってあげればいい」
「うん!!……うんっ!!」
「いい子だね、イクスは」
 もう一度、お父さんの手に頭を撫でてもらう。お父さんは…すごい。やっぱり僕のお父さんだ。
「ありがとう、お父さん!僕…ちゃんと力になるよ。絶対なるよ!!」
 そう意気込んで言うと、返事の替わりに優しく微笑んでくれた。


「ね…ねぇ、お父さん…。ビアンカさんって小さい頃どんな人だったの?」
 夜もだいぶ更けてきて、そろそろ部屋に戻ろうとしてドアに手を掛けたとき、僕はずっと聞いてみたかった事を尋ねてみた。
「ビアンカの小さい頃…?どうしてまた急に?」
「あっ……あの!お父さんは小さい頃にビアンカと仲良しだったって聞いたから…知ってるかなぁって…」
 唐突過ぎた質問に、少し焦って説明を加える。
「あれ?僕の小さい頃の話は聞いてくれないんだ?…寂しいなぁ」
「えぇっ!?そんな事ないよっ……!!ご、ごめんなさい…」
 予想もしてなかった切り返しに、謝るほかは無かった。
「ははは…ゴメンゴメン、ちょっとだけ意地悪だったね」
「おっ……お父さん!!」
 お父さんのいたずらっ子みたいな笑顔に、肩の力がどっと抜けてしまった。
「ビアンカはね、昔から僕の姉のように頼もしかった。何をする時も彼女が先に行動してたよ」
 お父さんがお話してくれる昔のことはとても少なくて、だから話してもらえる事がすごく…嬉しかった。
「でもね……実は結構怖がりで、だけど年下の僕に悟られまいと気丈に振る舞うクセもあったね」
「…昔のビアンカさんも、今とおんなじだったんだね」
 僕が呟くと、お父さんは僕のおでこを撫でながら頷く。
「うん、そう。彼女は何も変わってないんだよ」

 だから、守らなきゃ。
 強くて…でも脆い彼女を、僕が精一杯守らなきゃ……。

 お父さんの言葉を聞いて、そう自分に誓った。ビアンカさんが僕に何も言ってくれないのが彼女の強がりならば、僕はそれを見逃してはいけないから。決して見過ごしてはならないから……。

「ありがとう……お父さん。じゃあ、僕もう部屋に戻るね」
「うん。今日は冷えるから、あったかくして寝るんだよ……おやすみ」
「おやすみなさい…」
 穏やかな声で微笑むお父さんに背中を見送られながら、僕は部屋へと戻った。

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