‡3‡

「プックルちゃん、急ぎましょう!」
 慣れない砂の大地を、それでも懸命に前へと進んだ。プックルちゃんは自分の背中に乗ってって顔をしてくれたけど、何より彼を迎えに行くのは、自分の足でありたくて…。頑なにこうして隣を走り続けている。
「何故かしら…さっきから何か胸騒ぎがするの。ウィルさんに、何か起きているのかもしれないわ」
 お願い…お願い……どうか気のせいであって下さい。
「だから…早くウィルさんの元にっ…」
 焦る気持ちを吐露しながら額ににじむ汗を拭うと、プックルちゃんは少しだけ…その走りを緩めて私のそばに近寄り、スリ…と頬で、私の手を撫ぜてくれた。その優しさに、とても勇気づけられる。
「プックルちゃんは…ウィルさんに似てますわね」
 あまりに愛しくて、そんな優しい子の頭を私も撫でてあげる。
「ありがとう…」
 気のせいかしら?ちょっとだけ、彼が微笑んだように感じられた。
「きゃっ……!!」
 そのやり取りにすっかり気を取られていると、スカートが足に纏わり付いて、バランスを崩した私は勢いに任せて砂の海に埋もれてしまった。
「いたたた……もうっ!!」
 こんな事に、時間を取られていたくはない。すぐさま立ち上がると、私は意を決して…長いスカートを膝上あたりまで結び上げた。
「はしたないけれど…そんな事を言ってはいられませんものね」
 少しだけ頬を赤らめながら、私はまたプックルちゃんの後を追って、砂漠の道無き道を走り出した。何よりもとにかく早く、ウィルさんに会って伝えたい事があるから…───



「───クッ!!」
 日焼けした肌の上に、痛々しい赤い傷が刻まれる。油断した…!!そう思った時には既に遅く、僕は突然背後から現れた魔物に襲われていた。
「…気が立っているみたいだな」
 恐らく気付かない内に、彼の縄張りに侵入してしまったのだろう…。どうにか戦闘を避けたかったけど、いきり立った相手は話が通じそうにもない。
「仕方が無い…」
 覚悟を決めると、僕は敵に背を向けて逃げる体勢を取った。敵わない相手ではないが、こちらに非がある以上、無益な殺生は出来る限りしたくなかったから。
「…っ」
 腕の生傷の痛みを必死に堪えながら、僕はとにかく一刻も早くこの場から逃げようと必死に足を動かした。けれど慣れない砂の大地では、そう簡単に言う事を聞いてくれず、思ったように足が進んでくれない。
「ハァ…ハァ…」
 暑さで朦朧とする頭が酷く煩わしい。こんな状態では、いつ追い付かれるか…焦る心で思わず背後を振り返った…その瞬間。
「────アッ!!」
 縺れた足に躓いて、体が砂に埋まる。もう立ち上がっても遅いだろう…魔物はすぐ後ろまで迫っていた。

 ───間に合わない!!

 僕が立ち上がり体勢を整えるよりも先に、魔物が飛び掛かり爪を振り上げる。──もうダメだ!!そう思い覚悟を決めて身構えた。
『───マヌーサッ!!』
 衝撃に耐えようと、目を閉じて構えていた僕の耳に、凜とした声と呪文の言葉が飛び込んできた。聞き慣れたその声に一瞬戸惑う。だって…まさかこんな所に来るだなんて…。
「ウィルさんっ!!ご無事ですかっ!?」
「フローラッ!?」
 やっぱりそうだ。間違うはずも無い、彼女の声。でも…何故ここに?
「話は後です!とにかく今はマヌーサが効いているうちに、一刻も早くここから離れましょう!」
「あ…ああ」
 フローラに腕を掴まれながらやっとの思いで立ち上がり、僕は彼女に導かれるままに逃げ出した。


「───ハァ〜…ここまで来れば、多分もう追ってきませんわね」
 ようやく、敵の気配が消えたのを確認して、テルパドールの町の影も霞む程度に見える場所まで逃げてきたところで、僕とフローラは力が抜けたように地面に崩れ落ちる。
「ウィルさん、腕を見せて下さいな」
「えっ…?」
 そうしてしばらく息を整えていると、不意にフローラに腕を取られて引き寄せられた。
『───ベホイミ』
 呪文の言葉と同時に、温かい光が傷口を包み込む。
「…あ、ありがと……うわぁっ!!」
 徐々に和らぐ痛みと共に、やっと冷静な頭が戻りはじめ、ふと気が付くと目の前の彼女のあられもない姿に驚き思わず叫んでしまった。
「…あら、いけない。すっかり直すのを忘れてましたわ」
 フローラは恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら、太腿までたくし上げられ結んでいたスカートの裾を解く。
「一体…」
「もう夢中でしたから…。走るのに邪魔で結んでしまったんです」
「いや、そうじゃなくて…───いや」
 違う…違うんだ。僕が最初に言うべき言葉はそうじゃない。ただ一つだけ…。
『───ごめんなさい』
 そう口にした謝罪の言葉に、フローラのそれが重なる。
「えっ…?何で…」
「ウィルさんのお手紙、プックルちゃんに届けてもらいました」
 そう言って彼女が取り出したのは、僕が書いたのとは違う手紙。
「ウィルさんの気持ち、確かに受け取りました。お手紙を読んで、ウィルさんの後悔を知って…すぐにでも会いたくて。でも…直接伝える勇気に自信が無かったから、こうして私からもお手紙を書いてきました。慌てて書いた物だから酷い字なんですけれど…」
「うん…ありがとう…」
 真っ白なその手紙を受け取る。開くと…本当だ。普段の彼女の物からは、想像もつかない程に焦りが見える字だった。
「でも良かった…なんだか胸騒ぎがしたものだから、プックルちゃんにお願いをして、急いで来たんです…。そうしたらウィルさんが襲われているものだから、もう血の気が引いて…」
「あ、そうだ!プックルは?」
 そう尋ねようとした矢先、不意に僕の頬を温かい舌が舐めあげた。
「ご苦労様、プックルちゃん」
 微笑むフローラに、意味が分からないといった風な顔をしてみせると、彼女は少し笑いを漏らしながら答えてくれた。
「私達が逃げている間、プックルちゃんに牽制してもらっていたんです。ウィルさんが反撃をせずに逃げようとしていたから、きっと傷付けたくない子なのだと思って…」
「敵わないなぁ…そこまで分かっていてくれたなんて」
「ふふふっ」
 楽しそうに微笑むフローラに、僕の顔にもようやく笑顔が戻った。そうして、気を取り直し…貰った手紙に目を通す。

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