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 海を…見つめていた───

 時折吹く強い風に巻き上げられた砂が体を打つ。遮る物は何も無い砂の丘で、僕は…微かに見える海を見つめていた。遠く遠く霞んだ水平線の向こうに、もうすぐ夕日が沈みそうだ。そうか…こんなに長い時間が経っていたんだ。ふと我にかえれば、強い陽射しに当てられた肌が酷くひりついている。
「いたた…」
 砂漠の太陽は、容赦無く僕の無防備な皮膚を焼いていたが、それに気付かない程に…僕の意識は宙をさ迷い続けていたようだ。
「何…やっているんだろうな…」
 その行為の虚しさに溜め息をついた。夕暮れも近いというのに下がらぬままの気温に、堪らず持っていた水を飲んだ。ついでに焼けた腕にもかけてやる。
「あまり…効果ないかな」
 体の熱を奪ってくれるかと思ったが、この陽気でぬるま湯になった水では逆に痛みが増しそうで、それ以上は控えた。
「帰らないと…。フローラ、心配してるだろうな…」
 頭を冷やす為に少しだけ距離を取ろうと思っていたのに、気が付けばこんなに時を過ごしてしまった。これじゃあ失踪だと思われてしまうかもしれない。
「けど…」
 正直な話、心の整理がついてない今の気持ちでは、まだフローラに会う勇気が無い。プックルに託した手紙は、無事に彼女の元へ届いただろうか?不安ばかりが先走って、心を追い立てる。
「フローラ…」
 名前を呟くと、愛しさが込み上げる。こんなにも胸を締め付ける君への想い…大切で大切で仕方ないと思う気持ち…。けれど、それが結果的に彼女を苦しめてしまった。
「こんな事じゃ…ダメなのにな」
 もう一度、海を見つめた。
 この海を来た通り渡れば、彼女は元の穏やかな日々に戻れるかもしれない…。そんな事を堂々巡りの様に考え続けてはまた後悔が芽生えてしまいそうだった。でも……───
「いや、もう一度聞くんだ。しっかりと…僕の言葉でフローラに」
 そうでなければ、きっと二人で一緒にいる事が出来なくなってしまうだろう。僕が、何をさせたいかじゃなく、彼女が何を希望するか…それが大切なんだ。
「本当…一度反省しないと気付けないだなんて…情けないな」

 ───『夫婦であること』

 その意義を理解することは難しくて、分かり合う事を先延ばしにしてしまった結果がこれだ。きっと…フローラの方が何倍も今まで傷付いていただろう。そう考えると苦しさに胸が潰れそうだった。
「…帰ろう」
 行き先も告げずに出てきてしまった…みんな心配しているだろうな。そんな事を考えながら、僕は半分海に溶けかけた夕日を背にして、元来た道の無い砂の道を歩き始めた。
「フローラ…」
 見慣れた笑顔が、瞼の裏に浮かんだ。怒られる覚悟も、出来た。哀しませる事には覚悟は出来ないけれど、今はただ…彼女にただ会いたかった…。




 私は…壊れませんから───

 貴方は優しい人。思い遣りを忘れず、曲がらぬ真っ直ぐな心を持つ人。そして…失う痛みを知っている人。

 どんなに苦しくても弱音を吐かずに、むしろ私を励ましてくれました。貴方の優しさが、私にとってどれほどの喜びであったか…貴方は気付いていたかしら?教会で修道女の皆さんに優しさや慈しみを分け隔て無く注ぐという尊さを学んできた私が、そんな貴方からの、言葉では飾れない純粋な優しさを貰い、どれほど誇りに思っていたか。貴方は…気付いていたでしょうか?


 貴方は…とても凄い人。

 時々、その懐の深さに驚かされる事があります。私は…私だったら、きっと…怖くて魔物と心を通わせることなんて、出来ないもの。彼らが貴方を慕うその瞳…真っ直ぐな貴方にそっくりで、心から貴方を信頼している。そんな純粋さに、時々ちょっと負けた気持ちになったの。妬いてすら、いたんですよ。ねぇ…貴方は気が付いていたかしら?


 貴方に、こんなにも深く想われる価値なんて…私には無いのかもしれません。けれど…貴方を想うこの気持ちだけは、誰にだって負けない自信はあるんです。このつらく重いものを背負った長い旅路を、色々なものを共に分かち合いながら歩んでいきたいのです。


 貴方の笑顔が隣から消えて、はじめて自分の気持ちに気が付きました。貴方を失いたくてあんな事を言ったのではないのだと。貴方を…傷付けたくて口にしたのではないと。ただ…末永く貴方と共に生きたかった。だから…決して、貴方の足枷になりたくなかった。そんな気持ちから零れた言葉だったのよ…


 私は決して壊れません。だからどうか…壊れ物みたいに扱わないで。貴方と、運命を共に乗り越えたいんです…───



 この想いを、口に出すよりも真っ直ぐ貴方に伝えたくて、こうして手紙を書きました。これを読んだら、貴方はどんな顔するかしら?考えたらとてもワクワクして、今からそれが楽しみです。


〜フローラより〜



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