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───抱きしめると、壊してしまいそうだったから…───


 儚くて、たおやかで、可憐な…女性。それが僕の、君に対する第一印象だ。
 あの日…サラボナで石畳の上を必死に走ってきた君を見て、僕は息が出来ない程の胸の高鳴りを覚えた。
 まるで絹糸の様に細くて滑らかな髪。陶器の人形みたいに透き通った白い肌。この世にこんな美しい人がいたのかと…言葉を失ったのを覚えてる。

 一心にじゃれつく犬の事よりも、君の事で頭がいっぱいだったんだ。

 僕は君が大切で…とても大切で仕方が無かった。
 僕からのプロポーズを、照れながらも受け取ってくれた君…。君の手を取って教会の中を一緒に歩みながら、これが夢なんじゃないかと…。どうか覚めないでくれと、必死に願ってた。でも…そんな心配なんて、全然必要無かったんだね。君は隣でいつも微笑んでいて、そして…僕と共に生きる道を選んでくれた。

 嬉しかった…。

 すべては僕の我が儘だったのに、君は何も言わずただ付いてきてくれたね…。サラボナで毎日穏やかに暮らす道だってあった筈だ。それでも君は、僕の意思を尊重してくれた。慣れない事の連続で、本当につらかったと思う…。けれど君は弱音なんてひとつも漏らさずに、じっと我慢し続けてくれた。

 なによりも、僕はそんな君の気持ちが嬉しかった。

 君を守りたくて…心の底から君をこの身全てで守りたくて…だから、僕は君を庇い続けた。

 傷つく君を見たくはない。涙する君も見たくはない…。君の涙はきっととても純粋で綺麗なんだろうけれど、出来る事なら、僕はそんな君の涙なんて見たくはなかった。

 だって君はあまりに可憐で、抱きしめたら…いや、手に触れただけでも壊してしまいそうで。僕みたいな不器用な人間が触れたら、どうにかなってしまいそうな気がして…。

 僕はそれが怖かった…。

 何よりも君が傷付くことを恐れていた僕だけど、その考えこそが君を知らない間に傷付けていただなんて…今まで全然気が付かなかったんだ。その事がとても苦しくて…とても耐えられなかった。


 情けないな…。

 こんな自分が許せない。だから…少しの間、僕は君から距離を置こうと思う。頭を冷やしてきたいんだ。

 言葉にすると、どうしても陳腐になりそうだから…こうして、手紙を書いた。君への、僕の気持ちが届けば良いな…と願いを込めて。


 暫くしたら、宿に戻るよ。君を一人にする事も、やっぱり僕には耐えられないから。


〜ウィルより〜




「ウィルさ〜ん!ウィルさぁ〜んっ!!」
 カジノ船を経由して南のテルパドールへと船旅を続けてきた私達は、この町でひと時の休息を取っていた。
 まだまだ先は長い旅路で、こんな所で休んでいる余裕なんて無いのだけれど…私の気疲れを心配してか、ウィルさんは頑なにこの城で休む事を望んだ。
 そんな彼の気持ちは痛い位に分かっていたし、私だって本当は嬉しかったのに…思わず口を突いて出てしまった言葉を聞いたのを最後に、ウィルさんは宿から姿を消してしまった。

「私…貴方のお荷物じゃないですか?」

 自分でも、どうしてそんな事を言ってしまったのか解らない。ただ…少しだけ不安で、彼の思う通り…少しだけ疲れていたのかもしれない。

 でも、決して口にしてはいけなかった一言…。

 どれほど、彼は傷ついただろう。どれほど、彼は悲しんだのだろう。後悔して仕方がなかった。彼は優しい人だから…きっと私を気遣ってくれる。でも…このままでは、私達は以前より更に心の距離が生まれてしまうだろう…。

 気付けば、私は宿を飛び出していた。彼の行き先に、当てがある訳ではない。けれど…このままただ一人で待っている事にどうしても耐えられなかったから。


「…あら?」
 そうして…どれほどの時間、町の中を走り回っただろうか。疲れが出たのか…目眩を覚えたので町の入口に座り込んで少し休んでいると、視線の先に見慣れた姿を見つけて、慌てて駆け寄った。
「プックルちゃんっ!!」
 ウィルさんの仲間で、キラーパンサーのプックルちゃんだった。思わず近くに彼もいないものかと探したけれど、残念ながらプックルちゃんの姿以外は、誰も見当たらない。
「ひとりでどうしたの…?ウィルさんは一緒じゃ…」
 私が問い掛けると、プックルちゃんは切なそうに鳴いて、つい…と自分の首元辺りを示す仕草を取った。
「これは…」
 そこに目を遣れば、彼のお気に入りのリボンに、何かが巻き付けてある。
「手紙…?……ウィルさんからの?」
 封筒も何も無い、紙一枚の素っ気ない…でも彼らしいメッセージ。開いてみると、これも彼らしい素直な字が綴られていた。
「あ…」
 手紙を読んで、思わず膝の力がカクンと抜ける。静かに崩れ落ちて、それでも私の目は、手紙から離れずに彼の言葉を追った。

 彼は、後悔していた…───

 私にだけではない…恐らく、自分に。飾らない彼からの、真っ直ぐな言葉に…私は自分の浅はかなセリフを心の底から恥じた。
「ウィルさんは…こんなにも私のことを想ってくれているというのに…どうして一度でも彼の気持ちを信じられなかったのかしら…?」
 切なさに、涙が込み上げた。でもここで泣くのは…卑怯だ。
「プックルちゃん、ウィルさんの居場所を知っているのでしょう?お願い…私も一緒に連れていって!」
 彼に似て、とても賢いキラーパンサーは、私のこの言葉を待っていたかの様にグルル…と低く鳴いて駆け出した。私もすぐにその後を追う。


 今はただ彼に逢いたかった。一刻も、早く…。

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