‡2‡

 日が沈み始めた。辺りは徐々に薔薇色に染まってゆく。まるで…僕の背中を、無言で後押ししてくれているみたい。
「ねぇ…フローラ」
「なぁに?」
 ただ真っ直ぐに、その瞳を見つめた。
「僕は……あの時の彼みたいに、勇気も無いし冒険に出る強さも無い。臆病だし…君を体ひとつで守りきれる自信も正直無いんだ」
「アンディ…?」
「でもっ…!!それでも、君への想いだけは誰にも負けない自信がある。誰よりも……君の事を愛している」
 ギュッ…と、彼女の細い指を掴んだ。折れそうなくらい、それは儚くて…彼女を守りたい…──そんな自分の意思を、更に固めさせる。
「──僕と…結婚してくれませんか?」
 他に何もいらなかった。ただ彼女さえ傍にいてくれればそれで。行く末を見るのが怖くて逃げ続けて……その不安が、心を傷つけた。それならきっと…どんな結果になろうと、自分にけじめをつけてしまえばいい。
「………」
「…ハハ…アハハッ!すごい緊張した。心臓が破裂するかと思ったよ。ゴメン、フローラ……気にしないで。僕はただ、僕の素直な気持ちを、君に伝えたかっただけだから」
 黙り続けるフローラとの会話を、打ち破る為にわざと冗談を言った。正直な話…答えを聞くのが怖かったっていう事もあるのかもしれない。
「…そうやって…私の気持ちも聞かないで終わりにしないで…」
「えっ…!?」
 ふと、俯き続けたままの彼女から言葉が漏れた。
「アンディは……ズルイわ。そうやって自己完結されたら、私はそれ以上なにも言えないじゃない」
「フローラ…?」
 強い瞳が、僕を貫いた。見上げた彼女の瞳は濡れていて…それでも、その意思の強さが宿っていた。
「冗談なんて、悲し過ぎる。私が貴方の言葉を聞いて、どんな気持ちだったか…少しは考えてくれたかしら?」
「君が…?」
 キュッと結ばれた唇が、僕を捕らえて放さない。言い訳をして逃げるなんて、とても出来ないと思った。
「……アンディの気持ちは嘘だったの?茶化して逃げられる位いい加減な物?」
「そんなっ…!!そんな事はないっ!!僕は本気だった!!君を誰にも取られたくない…僕には君しかいない。ずっと…ずっとそう思っていたんだから…」
 口に出してみて、改めて己を恥じた。そんな本気の想いを、どうして冗談などにしてしまったのだろう…。
「……ふふっ」
 僕が俯いて己を反省していると、不意にフローラの口から笑いが零れた。
「フローラ?」
「良かったわ…アンディの本当の想いが聞けて」
「……泣いてたんじゃ、なかったの?」
 ニッコリ眩しく微笑んだ彼女は言う。
「泣いていたわ…泣きそうだった。でも…急に嬉しくなってきたのよ。だって…アンディが私と同じ想いを抱いてくれていたから」
「フローラ……じゃあ…」
 期待と、緊張とを込めて問う。
「フフッ…ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「………ぁ……」
 夢みたいだ!
 夢みたいだ────!!

 この気持ちをどう表して良いのか全く分からなくって、僕はフローラを力強く抱きしめていた。
「幸せに…絶対幸せにするからね」
「いいえ…」
「えっ!?」
 思わぬ否定をされ、僕の中にまた不安の芽が出てきてしまう。
「違うわ。絶対…幸せに『なる』のよ。二人とも」
「ハハハッ……なんか君は神様に予言を聞いたみたいだね」
 柔らかな笑みを浮かべて、『そうかもしれないわね!』と頷いた彼女の額に、僕はそぉっとキスをした。


 きっと、もうあの悪夢を見る事は無いだろう。

 不安だなんて思うはずが無い。僕にはこの世で一番大切なひとがいる。ただ…ただそれだけで勇気を貰えるのだから。

 その事実に気付かせてくれた彼女を、この身の許す限り守り続けよう…。そう心に誓うと、何だかとても暖かい気持ちになれた。


【大切な君だから…】──

 僕は僕だけの勇気で君を愛し続けるよ…───



「やぁ!来てくれたんですね」
 姿を見つけて背中から声を掛けると、辺りを見回していた彼らは慌ててこちらを振り返った。戸惑いながらも声の主の姿を見て言うべき言葉を思い出す。
「あっ…アンディさん!この度はお招きにあずかりまして…」
「そんな堅い挨拶は抜きにしましょう。さぁ、あちらでフローラが首を長くして待ってますよ。一緒に行きましょう」
 こういった場には慣れないのか、妙にぎくしゃくしている彼らを引き連れて、アンディは町の奥にある二人の住まいへと足早に向かう。


「まぁ…!!来て下さったんですね!」
 扉が開くと、その姿を見たフローラは思わず声を上げた。
「フローラさん…この度は、おめでとうございます」
『おっ…おめでとうございますっ!!』
「ふふふっ…。こちらこそ、ありがとうございますわ。皆さんにお越し頂けて、とっても嬉しいですから。アレスさん、ビアンカさん」
 深々と頭を下げ挨拶をする子供達に、思わず顔がほころぶ。
「フローラ、準備は?」
「ええ、もう大丈夫よ」
 アンディに促され、フローラは静かに立ち上がる。その瞬間、身に纏っていた清楚で華やかな純白のドレスがさながら白薔薇のようにふわりと拡がった。
「うわぁ…綺麗!!フローラさん、女神様みたいです」
「ふふふっ……やだ、そんな風に言ってもらえるだなんて…ありがとう、エレナちゃん」
 双子の妹の頭を、優しく撫でてやる。素直で可愛いこの子達は、子供のいないフローラにとっても我が子の様に愛しく思えた。
「それにしても…お二人とも結婚されてから結構経つのに、結婚式はまだだったんですね」
「アレスッ!!」
 ふと気になったのか、思わず口にしてしまった一言を妻のビアンカが窘める。
「…あ、いいんですよ、ビアンカさん。実は是非聞いて頂きたかったんです」
 その様子を見て、朗らかにアンディは話を続けた。
「本当は結婚が決まった日に、すぐ式も挙げるつもりではいたんですの。でも、アンディが…」
「フローラ!君だって、その時に迷わず賛成してくれたじゃないかっ!」
「でも言い出したのは貴方でしたわ?」
 照れているのか赤くなりながら言い訳したが、フローラの方が一枚上手だったようだ。
「何か…理由があったんですか?」
「ええ。……フフッ。彼がどうしても、皆さんを式にお招きしたいって言ったんです」
「僕たちを?」
 コクリ、頷く。
「僕たちの決意を、貴方がたにも…どうしても見届けてもらいたくて。僕たちが結婚するにあたって、少なからず影響を与えて下さった貴方がたにも」
 アレスの手を取り、アンディは力強く語った。
「それで、お二人の式に参列されていたラインハットのヘンリー様にもご協力を頂いて、皆さんのいらっしゃる場所までは確認出来たのですが…」
 そこまで言って言葉を濁した二人を、すぐに気遣ってビアンカが続けた。
「私たちの帰りを……ずっと待っていて下さったんですね…」
 その言葉に、アンディは頷いた。
「貴方がたに第一に祝ってもらえないのであれば、他の誰に祝ってもらっても…意味なんて無い。そう思いました」
 少し涙ぐんで、ビアンカがフローラを抱きしめる。
「嬉しい…凄く嬉しいです。そんな風に思って頂けるだなんて…」
「ビアンカさん…いえ、お礼を言うのはこちらの方ですわ。お二人がいなければ…私たちは結婚なんて出来なかったかもしれないんですもの」
 確かな眼差しでそう答えた。その言葉に、寸分も偽りは無かったから…。


「アンディ様、フローラ様…お支度は、もうお済みですか?」
 しばらくして、ルドマン家のメイドが二人を呼びに来た。
「あ!すまない、もう準備出来てるよ」
「では教会へ…。ご来賓の皆様もお待ちですよ」
 扉を開け放つと、春の暖かなそよ風がそっと頬を撫でた。
「なんだか引き止めてしまいましたね。さぁ、皆さんも教会へどうぞ。是非式を見守ってやって下さい」
 二人の幸せそうな笑顔に背を押され、グランバニアの一家は足早に教会への道を歩んでいった。



「フローラさん…幸せそうだったわね」
 風になびく後れ毛を耳にかけながら、ビアンカはこう呟いた。
「花嫁さんを見てると、不思議と嬉しい気持ちになるの。ふふふっ…自分だって花嫁やったのにね」
「もう一度…やるかい?」
 旦那様の誘惑に少し心が揺らいだが、すぐに首を横に振った。
「ううん。私はあの思い出がとても大切だから。とても幸せだったから」
「そう言うと思ってた」
 お互いに顔を見合わせて、笑う。一番なんて無い。比べられるものなんかじゃない。あの日、あの時あの瞬間すらも、既に大切な宝物なのだ。
「さて、それじゃ行きますか。あなた」
「あれっ?珍しいね、そんな呼び方するなんて」
 アレスの問いにビアンカは微笑むだけだった。
「……ははっ」
 彼女の背中を、微笑み混じりに駆け足で追い掛ける。そんなやりとりが出来る事が、何よりも二人の幸せだった…。




 誓いを立てた、隣で君が微笑む。
「私…きっと誰より幸せな花嫁さんね」
「じゃあ僕は世界一幸せな花婿だ」
 神様に約束をして、二人そっと口付けを交わした。自分の隣に君がいる…ただそれだけの事に幸せを噛み締めながら。


 大切な君だから、失う事を怖れた。
 大切な君だから、失う事を怖れて受け入れることが出来なかった。

 そんな弱い自分を含めて愛してくれた彼女に、僕はどれだけの想いを返す事が出来るのだろう…。

 少しの不安といっぱいの愛しさを胸に抱きながら、僕は教会の扉をくぐった。

───大切な君だから……もう僕は僕の気持ちに嘘はつかない。

 そんな気持ちを隣の君に誓いながら…


 〜fin〜



* * * * *

アンディ×フローラです。

なんだかゲームの本編以上にアンディが弱々しくて、四六時中病んでる様な人になってしまいました(汗)

フローラさんに対する想いだけは誰よりも強くて、でも彼女から想いを返される自信は無くて、悩み抜いた末に心の内に溜め込んでしまうアンディが、フローラさんのひと言で劇的に変わるって様子を書きたかったような気がするんですが、いつもの通り行き当たりばったりの製作なもので…結果的に中途半端になってる気がしなくもない出来にι

取り敢えず、彼が変わるきっかけの一つになった主人公夫婦をオマケ程度に登場させたかったので、その目標だけは達成出来て良かったです。

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