‡天使の休息‡

「ねぇ、ちょっとアレス!来て来てっ」
 ビアンカはひどく慌てた様子で、寝室を飛び出してきた。その勢いからしたら妙に小声で。
「どうしたんだい?」
 呼ばれたアレスは読んでいた本を閉じながら、穏やかに彼女に応える。
「…っ!ごめんなさい、邪魔しちゃったかしら?」
「いや、ちょうどひと息つこうと思っていたんだ。何かあった?」
 いつもながらの彼の気遣いに、自分を少し反省しつつもビアンカは続けた。
「こっちよ。ちょっと来てほしいの!」
 優しく旦那様の手を引いて、そのまま今さっき飛び出してきた寝室に向かう。
「一体何があったんだい?ビアンカ」
 たまり兼ねてアレスは尋ねる。それに対しビアンカは含み笑いをしながらこう言った。
「ふふふっ♪とにかく、ここからそっと中を覗いてみてよ」
 そして扉のスキマを指差す。
「………?うん…」
 彼女に促されるままに中の様子を窺うと、彼の視線の先にはぐっすりと仲良く眠っている我らが双子の姿が。
「うわ!うわっ……」
「ねっ!ねっ!!可愛いでしょ〜?さっきから子供たちの姿が見えなくて、探していたら…こんな所で静かに寝てるのよ!もう感激しちゃった」
 見れば、二人はしっかりとその小さな手を握り合っている。
「本当に仲良いんだね、あの二人」
 父親としてこれほど嬉しい事はない、といった風にアレスが呟いた。
「あの娘…エレナね、私に言ったのよ。私たち、双子で良かったって。カイルと一緒だったから、お父さんとお母さんがいない寂しさも乗り越えられたって」
「へぇ……」
「私たちを双子に生んでくれて、本当にありがとうって…なんかそれ聞いたら、泣きそうになっちゃった」
 そう言いながら、ビアンカは鼻をスンとやっていた。
「僕らの子供たちは、本当に素直で良い子に育ってくれたんだね…」
 アレスも、そんなビアンカの肩を抱きつつ嬉しそうに呟いた。
「ねえ、中に入っても平気かな?」
「ええ、大丈夫よ。よく眠ってたから」
 旦那様の問いに奥さんは笑顔で答え、二人は物音に気を付けながら…そろりと部屋の中に入ってゆく。
「起きてる時もとても良い子たちなんだけど、こうして寝てる姿はまるで天使の様だね」
 ふわりと柔らかい娘の頭を撫でながらお父さんが微笑んだ。
「勇者とか王族とか言っても、まだまだちっちゃい男の子と女の子だものね」
 マシュマロみたいな息子のほっぺたに触れながらお母さんも微笑んだ。


 そこには、理想郷があった。
 求めて…欲しくて仕方がなかった自分の夢が現実にあった。
 そんな子供たちの穏やかな寝顔を静かに見つめながら、アレスはふと…そんな事を考えていた。
「家族って……あったかいね」
 誰に話し掛けるでもない風に呟かれた言葉に、ビアンカはハッと顔を上げた。
「アレス…」
 胸が痛かった。彼はずっと口にした事は無かったけれど、堪えずにいられない寂しさを感じていたのだと気付いて。
(私が…『普通の家族』を知ってる私が言ったって、本当の言葉にならないわ)
 切ない気持ちに俯いてしまう。
「僕たちは…家族なんだよね。これからも…ずっと」
 そんなビアンカの気持ちを察したかの様にアレスは続けた。
「アレス……」
「大切な君と僕と、可愛いこの子たちとで。こんな幸せ、他には無いよね」
 優しい笑みを浮かべながら。
「そうね…私達、世界一の幸せ家族ね」
 彼の手に手を重ねながら応えた。目を閉じ、ゆっくりとその幸せを噛み締めるみたいに。

「ふぁ……ぁ…」
「あら?アレスったらもう眠いの?」
 まだ太陽も見上げる程高い昼下がり。不意に漏れた彼のあくびに、ビアンカはからかうみたいに言った。
「うん…つい昨日夜更かししちゃって」
 目を擦りながら言う彼の中に、かつての幼なじみを垣間見て、ほんのり嬉しくなる。
「私もなのよ。ここ最近冒険してた頃の疲れがドッと出ちゃったみたい。…もうトシかしらね〜」
「何言ってるの、まだ若いクセして」
「あら、そうだったかしら?」
 そんな他愛ないやりとりをしながら、顔を見合わせて二人で思わず吹き出してしまう。
『……ぷっ!あはははっ』
 子供たちのくれた安らぎのひと時が、二人にとってこの上ない幸福だった。
「ちょっとだけ……」
「お昼寝しちゃおっか?」
 眠る天使たちを川の字に挟みながら、二人して午後の穏やかな時間を堪能することにした。




「おやじっ!!おやじおやじおやじ〜っ!!ちょっ……ちょっとこっち来てよっ!!」
 慌ただしく階段を駆け降りてくる足音とともに部屋に駆け込んできた愛娘の、あられもないそんな言葉に、オジロンは溜息をひとつ重々しく応えた。
「ドリスや……その言葉遣いはどうにかならんのか」
「そんな今更!!それよりこっち来てよ!あ、サンチョもいたの?ちょうど良い」
 女の子とは思えない程の力でグイグイと引っ張られて、オジロンとサンチョは為す術無くそれに従う。
「いっ…一体なにがあったというのですドリス様〜」
 あまりの勢いに息を切らしながらも、サンチョは必死に問い掛けた。
「んっふっふ〜♪もう、ホントすっごいのよぉ!すっごく可愛いのっ!!ほらぁ、ここから覗いてみて?」
 逆らっても良い事は無いので、素直にその言葉に従う。
「おお……」
「これはこれは……」
「ねっ!なんか幸せオーラ出まくり〜!!ってカンジでしょ〜♪」
 第一発見者の『元』グランバニア王女は、鼻を高くしながら嬉しそうに語る。


 彼女らの視線の先にあったものは……もちろん、穏やかな天使たちの休息。


 〜fin〜



* * * * *

メルマガでは前後編でした。短編です。

世界が平和になった後の話で、何となくあったかい家族団欒を書きたくなって、予定も無かったのに急遽挟みました(笑)

さり気なくドリス(元)王女が登場してるのは、多分天空物語を読んだ直後で影響を受けまくっていたからだと思います。一応…主人公達のデフォルトの名前は、マンガと違っていたんですが…愛ゆえに(苦笑)

気付いたけど…名前が変更出来る今なら双子ちゃん達の名前をテンとソラに変更して、天空物語な気分を味わえるかも?(ニヤリ)

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