‡2‡

「そなたは…迷惑ではないか?このように頻繁に呼び出されて…」
 そして再びマーサと会う日…パパスは思い切って、気になっていた事を彼女に尋ねてみた。
「あら?では、貴方は…貴方だったら、迷惑に感じるのですね」
 質問に質問で返され、慌ててしまう。
「い…いや!!そんな事は無い!!無いぞ!!絶対に!!」
「ふふっ……良かった。同じ気持ちですよ。会えて嬉しいから会いに来るの」
 笑顔が眩しかった…。常に彼女は自分より一枚も二枚も上手で、何を言っても敵わない。だが不思議と嫌な気持ちにはならないのだ。
「マーサ…私は……」
 パパスはそれを、その気持ちをずっと彼女に伝えたかった。
「私は、そなたの…その溌剌さに何度も救われた。おぬしがいなければ、きっと今の私はおらぬだろう…」
 彼らしく、マーサの目を逸らさずに、じっと見つめながら。
「パパス様……?」
 マーサは真っ直ぐこちらを見てくれている。彼の想いに応えるように。
「その気持ちを偽りたくない。マーサ、私はそなたが…そなたの事が…」
「見つけましたよ!!マーサ様っ!!」
「キャッ……」
 パパスの言葉を遮る様にして突如茂みの中から現れた一団が、背後からマーサの腕を掴み引き上げた。
「何者だっ!!」
 あまりの事態に、咄嗟にパパスは剣を引き抜く。
「邪魔だてしないで頂こうか。我々は、ただマーサ様を連れ戻しに来たのみだ。無用な争いは好みませぬ」
 一団のリーダーらしき男が、紳士的に用件のみを告げた。
「何をっ…」
 だが言うが早いか、パパスは剣を振り上げる。愛するマーサが目の前で乱暴に捕えられたのだ。なぜ冷静でなどいられようか。
「愚かな…」
 男の嘆きと同時に放たれた光の矢が、パパスに襲い掛かった。
「ぐわぁっ!!」
「パパス様ぁーーーっ!!」
 彼が最後に聞いたのは、マーサの自分を呼ぶ悲痛な叫び声だけだった。右腕に命中した光の矢は、パパスの手にした剣を叩き落とし彼の意識を失わせたのだ。
「マ……サ………」
 呼ぶ声は森の中に掠れて消えていっただけだった。




 それから…一体どれ程の時間が経ったのだろう。左頬に触れる生暖かい感触にパパスが目を覚ますと、傍らに見慣れた者の姿があった。
「う………お主は…」
 ふさふさの毛が、自分を包み込む様にして横たわっている。マーサが常に傍らに連れていたあのキラーパンサーだ。
「お前…私を守ってくれていたのか?」
 誰かに頼まれたわけではないらしい。その目からは確かに意思を感じた。
「ありがとうな…」
 礼を言うと、言葉が分かるかのように鼻先を擦り寄せてくるではないか。
 この時、初めて自覚をした。マーサが言っていた言葉の意味を。

───命と、友達。

 魔物も人も変わらない。ただ好きだと思う相手を、我が身を賭けて守りたい。そう思えた瞬間、垣根など無くお互いが近づけるのだ。
「お前が私のことを好いてくれていたというのに…魔物だという偏見の目で見ていた自分が情けないな」
 少し自嘲気味に笑った。マーサの友は私の友だ…そう言うと、キラーパンサーは嬉しそうに尻尾を振って応えた。
「……さて、こんな場所でのんびりしている場合ではないな。マーサを…助けに行かねば」
 重い体をゆっくりと起こす。鈍い痛みが走ったが、気にもしていられない。
「お前はマーサの居場所が分かるか?」
 横の、これまた同時に立ち上がった友に問う。だが肯定の返事は得られない。
「そうか…。どうしたものかな。考えてみれば…私はマーサのことを、何ひとつ知らなかったのか…」
 己れの浅はかさを悔いても仕方無い。今はただ、マーサの無事を願いながら、彼女を助けに向かうだけだ。
「確か、北にある町…と言っていたな。よし、とにかく北へ向かおう」
 一分、一秒の時間も惜しかった。ただがむしゃらに前へ進むしか道は残されていないのなら、選択肢は一つである。
 そうパパスが決めて一歩踏み出すと、横のキラーパンサーが急に彼の服の裾を引っ張った。
「ん?どうかしたのか?」
 問い掛けた相手の視線を辿ると、その先には羽ばたく黒い翼が。
「あれは…マーサの…?」
 そう……マーサのもうひとりの友人、ドラキーだった。その小さな右足に括り付けられた身と同じ程の手紙を携えて、必死にこちらへと向かってきている。
「ありがとう…ご苦労だったな」
 頭を撫でてやると、畳んだ翼を開いて嬉しそうに羽ばたかせた。その様子は、魔物だというのに何故だか可愛らしくも見えてくる。
(マーサも…こんな気持ちだったのかもしれんな)
 今まで抱いたことの無かった感情に、戸惑い半分心のどこかが温かくなった。
「この手紙は…ああ、やはりマーサからのものか」
 彼女の人柄を表している優しい文字に納得する。

 手紙にはこうあった。


───親愛なるパパス様。
 貴方へ無事届く事を願い友にこの手紙を託します。
 ご無事でいらっしゃいますか…?ただそれだけが心配でなりません。

 いままで黙っていて申し訳ありませんでした。私はグランバニアより遥か北にある、『エルヘブン』という隠された町に住む巫女なのです。
 役目を背負い、みだりに町を出る事を許されない身ながら、自由を求めお付きの者の目を盗んで密かに友と一緒に町を抜け出し、そして…貴方に会いました。

 私のお役目は、この世界をも揺るがす大事な役目。この運命からは逃れられぬと思っておりました。

 けれども…貴方に出会ってから、私は【私】になれたのです。とても伝えきれない程、感謝しています。

 本当は…もっと色々お話したかった…でも、それは私には許されません。己の運命には逆らえません。

 最後にひとつだけ、貴方に伝えたい事があります。

 パパス様…───愛しています。他の誰よりも、貴方のことだけを。

 どうかお元気で。いつまでも、貴方に神のご加護がありますように…。


マーサ




 焦る心で目を通した手紙を読み終えると、パパスはそれを握り潰した。
「何を…愚かなっ!!自分の気持ちを押し殺させてまで、マーサを捕えておきたいのかっ!?彼女はこれ以上、何も望んではいないでないかっ!!」
 彼女の意思ではない。
 彼女の本心でもない。
 手紙からは諦めと、救いを求める微かな心しか読み取れなかった。
「行こう。共にマーサを助け出すのだ」
 傍らの友人たちを促すと、彼らもまた強い瞳で応えてくれた。

 世界より、大切な気持ちがある。その気持ちが、彼を突き動かすのだ。

 パパスは立ち上がると、思い切り良く地を蹴った。それを後ろから追う友人達に感謝しながら、ひたすら北を…マーサの元へと目指し。






「後悔……しているか?」
 一度だけ、愛しき女性に尋ねたことがある。
「……何故そう思うの?」
 微笑んだ表情は崩さないまま、彼女は柔らかく問い返す。尋ねたこちらが質問を返されてしまい、ちょうど良い言い訳も思い付かず黙り込んでしまった。
「後悔しているわ…と答えたら、貴方はどんな顔をするのでしょうね?」
 そんな意地悪な返事をされて、思わず苦笑いを浮かべる。
「マーサ…」
「ふふふ……ごめんなさいね。困らせてしまったわ」
 楽しそうにその様子を見ながら笑う。どんな時でも笑顔で乗り切れる、彼女はとても強く美しい花だ。
「不安が消えた訳ではないです。でも…きっと貴方の手を取らない私の方が後悔していたと思うの」
 長い黒髪が風になびく。倒れてしまいそうな儚さに思わず肩を支え抱いた。
「だから…そんな悲しそうな顔しないで下さいな。私は…とても幸せですよ」
 自分の肩に触れる手に自ら手を重ね、マーサは言う。
「マーサ…」
 求めるように、手放させないように、パパスはマーサを力強くその腕に抱き、口づけた。
「この子が……産まれてきて良かったと思える世界を、私達が作らなければ…」
「そうだな…」
 穏やかにマーサの膨らんだお腹を撫でさする。その瞬間手の平に当たった感触に、驚いて思わず手を離してしまった。
「あら、今お腹を蹴ったのよ。珍しいわ…いつもは本当におとなしいのに」
「お…親を蹴るとは…」
 釈然としない顔をすればマーサの笑い声が跳ねた。
「パパス様ったら…ふふ。違いますよ。挨拶したの。まだ喋る事も…泣く事さえ出来ないんですもの。それでも必死に、貴方とお話がしたかったのよ…きっと」
 そう諭されると、少し気まずそうな顔をしてパパスはもう一度我が子に触れてみる。
「お前は…どんな子に育つのだろうな」
 段々と父親の顔になってゆく、愛しい旦那様の表情を見つめながら、マーサは確信しているかの様に答えた。
「きっと貴方に似て正義感に溢れた強い子になるわ」
 それを聞くと照れ臭そうにしながら、それでも首を横にふってパパスは言う。
「私は…マーサの様に穏やかで優しい子に育ってほしいよ」
「……ありがとう」
 こんな一時がいつまでも続けばいい…そう願いながら、パパスはゆっくりと城への帰路についた。

 いずれ来る運命に必死に耐える覚悟を宿した彼女のその強い瞳に、自分もこの強く儚い花を…己が愛した美しい花を、命を賭けて守り通そうと誓いながら…。


 〜END〜



* * * * *

パパス×マーサです。

これをメルマガで数話に分けて配信していた頃を思い出して、思ったよりも話が破綻してなかった事に、読み返しながら密かにビックリしてました。

実はメルマガで連載していた頃のお話は題名まで全部が決まって書き終えてから流していたのではなく、取り敢えず題名だけ決めて、先をおぼろげに考えながら一話だけを配信する…という行き当たりばったりなシステムだったもので、時々場面が飛んだりと話が破綻しがちだったのです(苦笑)

このお話も、マーサから受け取った手紙を読んだパパスが彼女を助けに向かった後の場面が無いままエピローグなので、もっとぶつ切りの印象だったんですが…案外書かずにご想像にお任せの方が良い効果だったやも。

なので、行数を揃える以外にはほとんど手直しをしてないです。昔の自分の情熱よ…よく頑張った(笑)



余談ですが、マーサの友達のキラパンはゆくゆく主人公の仲間になる子の、親かご先祖っていう裏設定があったり。

14P目
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