‡3‡

「ねぇカイル…ビアンカとエレナがどこに行ったか知らないかい?」
 ノックの直後、部屋に入るや否や不意に投げ掛けられた父の質問に、カイルは飛び上がって首を横に振った。
「しししっ…知らないよっ!!」
 それはもう『知ってる』と言っている様な素振りだったが、恐らくは、口止めされてるのだろう。アレスは息子が気に病まないよう、ポンポン軽く頭を撫でてやるだけに留め、それ以上追究するのは止めておいた。
「それにしても…まさかあんな事になるなんてな。恨むぞ、アイツ…」
 ぶつくさと呟く父親に、密かにカイルは聞き耳を立てていた。エレナに告げた『こっちで聞いてみる』の約束はちゃんと覚えていたから。
「アイツって…だれ?」
 カイルの素直な問い掛けに、アレスは思わず振り向きざま扉に額を打ち付けてしまった。
「なっ…!?何の事かい?」
「わたくしも、とても気になりますわ」
「うわあっ!!」
 先に質問したカイルとは逆の方向から聞こえた声に、アレスは驚き振り返る。
「フ…フローラさん!?それにエレナも!何でグランバニアに…」
「おとうさん…二人のケンカの原因っておとうさんのせいなの?」
 不安そうにこちらを見る愛娘に、父は成す術無く白状する気になる。
「アレス様」
「はっ………はい!」
 笑顔の裏が、怖い。
「事情はビアンカさんから伺いました。彼女も『貴方を信じる』とおっしゃってました。あとは、ただ一つ…本当の事を教えて下さいませんか?」
「……アレの事?」
 余程知られたく無いのか、上擦った声で恐る恐る聞いてみる。
「アレの事ですわね」
「…先に言っておくけど、本当にアレは僕のでもビアンカへの物でもないんだ」
 視線だけは、彼女と合わす事が出来なかったが、それでも話し始めた。
「アレス様は…あの日の事は覚えて?」
「勿論、覚えていたよ。だけど…そんな記念日を祝った事が無かったし、贈り物をするにしても、何をどうすれば良いか分からなくて…。それで、相談に行ったんだ。ラインハットにね」
「ヘンリー様にですか?」
 なんとなく、フローラには事の次第が読めてきた。
「アイツなら良いアドバイスをくれると思ったんだけど…。例の物を渡されて、一言『君の一番美しい姿が見たいんだ…って言えば良いんだよ!頑張れよっ』で追い返されてしまって…」
 ヘンリーらしいと言えばらしい話なのだが、余計な火種を作っただけの厚意は甚だハタ迷惑なだけである。
「で、本当に渡すわけにもいかず隠していたら、ビアンカに見つかって…」
 やっぱり…───想像した通りの展開に、フローラは溜め息をついた。
「アレス様は間違っていましたわ」
「えっ…!?」
「ご自分に何も非が無いのならば、何故その理由をすぐお話なさらなかったの?ビアンカさん、傷付いていたんですよ」
「………」
 同じ女性として、一番ほしかったのは夫の真実だと…フローラは言った。
「彼女に…謝りに行くよ。そして、全部を説明する」
 決意をしたその瞳には、もう曇りなど無かった。その言葉に、フローラもホッと胸を撫で下ろす。
「良かった…ですわ」
 フローラの笑顔に、アレスも苦笑いをしながら頷いた。
「おとうさん仲直りなの?おかあさんとケンカ、もう終わり?」
 キュッと父の服の裾を握りながら問うエレナに、アレスも笑顔で答えた。
「ごめんね、心配させて…。もう大丈夫だよ。お父さんがお母さんに少し誤解をさせちゃっただけなんだ」
 落ち着いた声の父の言葉に、エレナはだんだんと笑顔に戻っていった。
「良かったの…ケンカするおとうさんとおかあさん、もう見たくなかったから」
 それ程心配させていたのだと、アレスは父親の立場として深く反省した。
「ボクもだよっ!!」
 嬉しいのか、ちょっとだけ目を潤ませながらカイルも言う。アレスはそっと…でも力強く息子の頭を撫でてやった。
「では、私達は先に山奥の村に戻りますわね。ビアンカさんには何も告げず来てしまいましたから」
 頃合いを見計らって、フローラはそう切り出した。
「アレス様は……是非後ほど、ご自分でいらっしゃって下さい」
 厳しい様だけど、それがけじめだから…ひと言、付け加えて。
「分かってる。本当にありがとう…」
「どういたしまして」
 エレナの手を引いて笑顔で振り返ったフローラの背中を、アレスは様々な思いを巡らせながら見つめていた。



「う…んーっ!!久し振りによく寝たわ」
 朝の爽やかに冷えた空気と鳥達の囀りに、ビアンカは心地好く目を覚ました。
「あら、二人共まだ寝てるみたいね」
 もちろん、昨晩の出来事など知る由も無い。ぐっすりと眠る二人を起こさないように、そっとベッドを抜け出した。
「ちょっとだけ外の空気、吸ってこようかな?」
 そろりと足音を立てずに部屋を出た。まだ朝もやが晴れない時刻だ。肌寒さにブルリと奮えながらも、ビアンカはその空気の清純さを楽しんだ。
「あはは…やっぱりみんな寝てるわね」
 シンと静まり返った村を入口まで散歩する。鳥の声と沢の流れしか聞こえない…自分にだけの時間のような気がして、少しウキウキしてくる。
「帰ったらアレスに何て話そうかしら?…うん、まずは謝ろう。誤解しちゃってゴメンナサイ…って」
 大好きな人の顔を思い浮かべながら、練習をした。本人に会った時、緊張して話せなくならないように。
「なぁんて、こんな事しても実際に謝れなくっちゃ仕方ないわよねっ!しっかりしなさい、私!」
 頭をコツンとやり、自分で自分に喝を入れる。
「僕の方こそ…ゴメンね、ビアンカ」
「えぇっ!?」
 そろそろ冷えてきたので家まで戻ろうと踵を返すと、突然…背中から懐かしい声が聞こえて思わずそちらを振り返る。
「嘘…アレス?なんでここにいるの?」
 その問い掛けには答えずに、アレスは力強くビアンカを抱きしめた。
「良かった……無事で」
 息も出来ぬほど強い彼の腕に抱かれ、ビアンカは小さく息を漏らした。
「あ……」
「ゴメン!苦しかった?」
 微かな声を出したなら、すぐに離れてくれる。少しだけ、残念だったけれど。
「どうして……ここが?」
 何も告げずに出てきたのに、彼は何故分かったのだろうか…?不思議に思って尋ねてみた。
「勘………かな?」
「え?」
「なんてね。フローラさんが、昨日の夜エレナと一緒に来てくれたんだよ」
「フローラさんが…」
 今もまだ寝ている彼女達の気遣いに、ビアンカは心の底から感謝した。
「本当に……ゴメン。君を苦しめたくはなかったはずなのに、こんな事になってしまって。実は…」
 分かっていた。気付かないフリをしていた。彼は…そういう人だ。絶対自分を傷つける事なんてしない人だ。
 泣きそうな顔をしながら事情を教えてくれた彼を見て、自分の行為が情けなくなった。怒っていたこと、意地を張っていたこと、彼を信じられなかったこと…その全てが。
「私の方こそごめんなさい…訳も聞かずに飛び出しちゃって…」
「ううん…無理もないよ」
 弱々しく微笑むアレスの顔を見つめていたら、なんだか安心してきた。
「フフッ……」
「何がおかしいの?」
 急に込み上げてきて堪えきれなかったビアンカの笑みに、アレスは首を傾げて問う。
「そういえば…こんな派手なケンカとかした事無かったなぁって思って」
 特に結婚してからは…と付け加える。
「………そうだね。なんか結婚記念日というか、ケンカ記念日になりそうだ」
「あなたってば、私に気を遣ってばかりなんだもの。ケンカする訳にはいかないわよね」
 ちょっと口を尖らせて言うと、いつもの彼の苦笑いが出てきた。
「カイルとエレナにもいっぱい心配かけちゃったな。後で謝らないと。それに…フローラさんにも」
「大丈夫。むしろお役に立てて、とても嬉しかったですわ」
『うわあっ!?』
 いつの間に現れたのか、そこには笑顔のフローラと子供達が立っていた。
「良かった!怒ってるおかあさんより、おとうさんとギュッてしてるおかあさんの方がボク好きだよ!」
「ッ………カイルッ!!」
 息子の言葉にビアンカの顔が真っ赤になる。
「わたしも…嬉しいです。……むにゃ」
 眠い目をこすりながら、半ば夢の中でエレナも微笑んだ。
「みんな……」
 暖かい家族と友人の言葉に、ビアンカはほんのり涙を浮かべて喜んだ。
「さ、こんな所で立ち話をしてると体を冷やしてしまいますわ。皆さんで朝食にでも致しません?」
 全てをまとめるようなフローラの提案に、グランバニア王家の面々が否定する理由などはなにも無く、むしろ大賛成でダンカンの家へと向かっていった…。



──追記──

「…そういえばあの下着、ヘンリーさんは一体どこで手に入れたのかしらね?」
「さ…さぁ?あんまり追究しないほうが良いんじゃないかな…」
 こちら夫婦の心配通り、また別の国で新たな夫婦喧嘩が勃発していたりするのは、また別のお話である…。



 〜おわり〜



* * * * *

ハタ迷惑の原因は、いつもラインハットから(笑)


そんなワケで夫婦喧嘩のお話です。
メルマガ配信当初は、あまり気にはしていなかったんですが…バカップルの喧嘩みたいな話になってしまって恥ずかしいです。振り回された双子ちゃん哀れ…ι

フローラさんが良い味を出しています。こういう立ち位置の女友達、好きですね(笑)

7P目
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