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 ガチャッ…

 扉の開く音が聞こえてダンカンが顔を上げると、そこにいた者にびっくりして思わず立ち上がった。
「ビアンカ!それにエレナもか!?」
「おじいちゃーんっ!!」
 真っ先にエレナが懐かしい祖父の元に駆け寄った。
「おお…エレナ、よく来てくれたなぁ」
 おひさま色の頭を撫でてやりながら、ダンカンは孫娘を抱き上げる。
「……っと、おや?お客様かい?」
 ふとビアンカの傍らに立っていた女性に気付いて問い掛けた。
「はじめまして。フローラと申します」
「彼女は…私のお友達なのよ。ちょっと女同士で旅行でもしようって話になってね。温泉があるこの村を紹介したのよ」
 有名人であるルドマンの名は、恐らく彼も知っている。『ルドマンの娘だ』と紹介すれば分かりやすいが、余計な気を遣わせビアンカ達までが居心地悪くなるのが嫌で、敢えてその説明は避けた。
「そうか、そうか…。歓迎致しますよ、フローラさん。とはいえこんな田舎の村ですので、大したおもてなしも出来ないのが申し訳ないですが…」
「とんでもないです。お気持ちだけで、充分嬉しいですわ」
 そう言って握手を交わした。ゴツゴツした働き者のダンカンの手に、フローラは暖かさを覚える。
「ここしばらく一人だったから賑やかになって嬉しいよ。気兼ねせず、ゆっくりしていきなさい」
「ありがと、お父さん…」
 本当のことを話せない自分に少し反省しながら、それでも久々の父との再会をビアンカは心の底から喜んでいた。



「素敵なお父様ですわね」
 温泉のせいか、はたまた別の理由か…ポッと頬を赤く染めながら、フローラは先程のやり取りを感想づけた。
「ありがとう。暫く具合悪くしてたんだけどね。元気になってくれてホッとしているの」
 森に囲まれた夜の温泉は人気も無く、ひっそり静まりかえっていた。この時間は利用者があまりいない、ビアンカだけの秘密の時間なのだ。
「……先程はビアンカさんに大きな事を申しましたけれどね。実は……私も最近アンディとまともに話をしてませんの」
 伏せ目がちになりながら、フローラはポツリと話し出した。
「色々忙しいのは分かるんですけれど…やっぱり寂しさを覚えてしまいますね。贅沢でしょうか?」
「そんな事ないわよ。多分アンディさんも寂しがっているんじゃないかしら?」
 彼とは数度、顔を合わせただけだったけれど、その人柄の良さが滲み出た様な優しい面立ちに好感を持てた。きっと…彼はそういう人だ。
「そう…だと良いですわね。ところで、彼…アレス様とは、何故ケンカになってしまったのですか?」
「うっ…!!」
 突然苦い顔をして黙ったビアンカに、フローラは小首を傾げて呼び掛けた。
「どうか…されました?」
 気付けばあさっての方向を向いているビアンカに、やんわりと刺激しない様に聞いてみる。
「わ………笑わない?」
「え、ええ勿論」
 それでも考え込んで、しばらく黙っていたビアンカだが、ここまで気を遣ってもらったのだから、と腹を括って覚悟を決めた。
「エレナには絶対内緒ね。聞かせるには恥ずかしいから」
「はい。分かりましたわ」
 ルーラの使用で疲れたのか、エレナは温泉には一緒に来ないで先に床に着いていた。
「………フローラさんは、旦那さんが…そのぉ………エ、エッチな下着を隠していたらどう思う?」
「えっ!?」
「タンスのね、服の一番下に隠すみたいに入れていたのよ。一応『私に?』って聞いてみたら、『違う』って否定したの…彼」
「まぁ、下着を…ですか…。それはまた意味深ですわね」
 不覚にもわなわなと手が震える。思い出すだけで情けなさが込み上げてくる。
「もうすぐ私達の結婚記念日でしょう?だから彼に何か欲しい物は無いか聞きに行ったのよ。なのに彼はそんな事なんてどうでもよかったんだ…」
 泣きたくなかった。泣けば自分が情けなくなる。でも…やり場の無い悔しさが溢れそうだった。
「アレス様に、理由はお尋ねになったのですか?」
「きっ……聞けるワケないわっ!!どんな理由にせよ、私以外にあげるつもりの物なんて、ロクな事無いハズだもの!」
 興奮してるのか、ビアンカらしからぬ物言いだ。他人の意見を受け入れず否定する様なタイプでは、彼女はなかったのだから。
「………先程のお答えですけれどね」
 そんな彼女を落ち着かせるためにか、フローラは正面から攻めず回り道をすることにした。
「私が…ビアンカさんの立場でしたら、迷わずにその場で下着を持っている理由を聞いていたと思いますわ。どうしても…気になるのでしょう?」
「……どんな答えが返ってきても?」
「ええ。…だって否定をしても言い訳はしなかったんですわよね?だとしたら、きっと理由があったんです、きっと」
 聖女の微笑みで諭されて、ビアンカは改めて考えてみた。そういえば確かに…『私への物ではない』とは言ったけど、何故こんな物を持っていたのか、という理由は何も言っていなかったわ…。
「アレス様は理由も無しにビアンカさんを悲しませる様な方ではありませんわ。それは、ビアンカさんが一番よくご存知ではないでしょうか?」
「うん……」
 どんな理由にせよ、訳も聞かずに彼に怒った自分は間違っていた。ビアンカはそんな己を反省した。
「今度彼の顔を見たら、ちゃんと謝れるかしら?」
「大丈夫ですわ。きっと…理由も話して下さると思います」
 優しいフローラに穏やかに言われて、なんだか絶対にそうなる気がしてきた。

──やっぱり…相談して良かった…──

「ありがとう……フローラさん」
 ギュッと細い指を握る。絹のような、スベスベとした綺麗なその手の感触に、少しだけうっとりとしながら。
「フフ……無事に仲直り、出来ると良いですわね」
「そうね!」
 ビアンカの心には、もう見えていた。フローラが教えてくれた、仲直り出来る自分と彼の姿がハッキリと……。



「あっ……あの、フローラさん…?」
 温泉で身体を温めたせいか、なかなか寝付けないまま窓辺で風に当たっていたフローラを、不意に可愛らしい声が囁くように呼び掛けた。
「あら、エレナちゃん?眠れないの?」
 その問いに、エレナはふるふると首を横に振る。
「今日はありがとう…。フローラさんのおかげで、おかあさん…すっかり元気になったみたいなの…」
「どう致しまして」
 恥ずかしそうにお礼を告げるエレナがとても可愛らしくて、フローラは思わず顔をほころばせた。
「あ…あのね、あの…わたし…フローラさんにお願いがあるの」
 勇気を振り絞って続けてみた。いつものエレナなら、考えられない事だ。隣に兄がいたなら、さぞかし驚いていたことだろう。
「なあに?」
 フローラはそんなエレナを気遣って、負担にならない様にやんわり尋ねる。
「わっ…わがまま言ってごめんなさい。わたしと、一緒にグランバニアに行ってほしいの」
「………お父様が気掛かりなのね?」
 自分の言いたかった事を、言うよりも前に察してくれた…。フローラさんってすごい人だなぁ…エレナはそう思った。
「うん、そうなの。おかあさんが会う前に、おとうさんの理由を聞きたいの」
「…分かったわ。私も、何故アレス様がそんなことをなさったのか、直接会って聞きたかったの」
「そんなこと?」
「あっ!!ううん!なんでもないのよ」
 うっかり口を滑らせてしまい、慌ててお茶を濁した。彼女にしては珍しい失敗だったが、彼女自身も、件のいざこざの原因に女性として心中複雑な気分だったのだろう。
「それじゃ、ビアンカさんが目を覚ます前に行きましょうか?」
 人差し指を唇に当て、片目をつむって笑顔で言うフローラに、エレナもパッと笑顔を咲かせて返事をした。
「うんっ!」

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