‡素直になれたら‡

「ねぇ…クリフト、何だか様子が変よ?もう帰りましょうよ…」
 真っ暗な足元、覚束ない足取りで彼の後を行く。何だか不安になって、あたしはつい弱音を吐いた。
「そうはいきませんよ、姫様。こうしている間にも不安で心を痛めている子供がいるかと思うと…」

 バサバサバサッ!!

「ひゃぁんっ!!」
 振り向きざまのクリフトの笑顔と同時に耳元を何かの羽音がかすめた。思わず彼の腕にしがみつく。
「ハハハッ…姫様、蝙蝠ですよ。なにも心配無いです」
「〜〜〜〜〜ッ!!」
 いつもと全然違う余裕しゃくしゃくの彼にすこし腹が立って、あたしは脇腹に思いっきり拳を仕掛けた。
「いたたたっ!!先程から一体どうしたんですか姫様?」
「知らないわっ!!」
 ふて腐れてぷいっと横を向く。でも…いつもみたいに彼を置いてこの先へ行くのは少し躊躇われた。
「姫様ぁ〜〜〜っ!!」
 途端に情けなくなった彼の呼び声に、あたしは溜息しか出てこなかった。



 あたしとクリフトは、旅の途中に立ち寄った温泉の町…アネイルの近くにある洞窟の奥を目指していた。仲間達は一緒じゃない。ブライですらも、町に残ってあたし達の帰りを待っていた。
 何故こんな事になったのかというと…実は、全てあたしの責任だったりする。


「ブッ……ブラスト様の鎧に傷を付けただってぇ!?」
「あぁあ〜…アハハ」
 別に故意にそんな酷い事をしたつもりは無かった。ただ見学なんて退屈だったから…ちょこ〜っとブライの目を盗んであくびをしたら、伸ばした腕が見事鎧に当たっちゃったってだけなのに。本当にちょっとだけだったのよ?

 …それがまさか、あんなにもへこんでしまうなんて思いもしなかった。

「この件はちょっとやそっとの謝罪などでは済まされませんぞっ!?」
「や、ちょっと落ち着いて下さい…」
 これじゃあ、どう言い訳したって聞き入れてもらえないか…諦め顔で溜め息をつくと、突然あたし達のいた教会の中に男の人が飛び込んできた。
「たたっ……大変だっ!!」
「どうした?今取り込み中なんだが…」
「それどころじゃないぞっ!!道具屋んちのせがれが東の洞窟の中にっ……」
「なんだって!?」
 様子を伺っていると、どうやら子供が魔物いっぱいの洞窟に迷い込んだらしい……これはチャンスね!
「はやく助けないと…」
「しかしこの町に腕の確かな者など…」
 恐いのか自信が無いのか…やけに渋る男達に、あたしは迷わず手を挙げた。
「あ、あたしが行くわっ!そしたらこの件はチャラにしてもらえる?」
「それとこれとは話が…」
 最初にあたしの事を怒鳴り付けていた男がしかめっ面をしながら反対すると、あとから来た人が彼を制しながら言ってくれた。
「事情は解らんが、それで良いだろう。事態は一刻の猶予も許されんのだ。お主…頼めるか?」
「おい!こんな細腕の女一人で一体何が出来るって…」

バキィッ!!

 その男が言うが早いか、あたしの拳が音を立てつつ教会の壁へとめり込んだ。これには、さすがの彼も押し黙るほかは無かったようだ。
「と…とにかく頼んだぞ」
「任せて!」
 意気揚々と、返事を返した。魔物退治なんて面白そうなハナシ、他の人に譲るだなんて勿体ないじゃない!
「ちょっ…ちょっと待ってください!!」
 すると、今まで黙って話を聞いていただけだったクリフトが慌てて口を挟んできた。
「そんな危険な場所へ、姫様をお一人で行かせるだなんてっ!!ブッ……ブライ様からも何かおっしゃって下さいよ!」
「しかしのぉ……今回ばかりは、完全に姫の責任じゃ。この方達に何とか許してもらわねば、何も解決はせんよ」
 ブライにそう言われた彼は、情けない程の涙目をして黙っている。…ホント、過保護なんだから嫌になっちゃう!
「な…ならば、私も一緒に参りますっ!!同行者が付く事に関しては、何も問題は無いですよね?」
「あ……ああ」
 言われた男はたじろぎながら首を縦に振る。
 正直な話、あたしは不満だった。また…彼の過保護が出てきてしまったから。彼は決して、あたしを特別な意味でただ守りたいんじゃない。単なる使命感から来てる行動なんだって思ったら…何だか無性に悔しくなるの。
「とにかく早くしてくれ!日が暮れたら手に負えん」
「分かってるわよっ!じゃあ、みんな…行ってくるわね。大丈夫。ちゃちゃっと解決してくるんだから!」
 みんな不安そうな表情をしたものの、あたしがそう誓ったら、なにも言わずに送り出してくれた。

 こうして、あたしとクリフトの二人はその洞窟を目指して町を出たのだけど…



「あ〜ん!!もう嫌!まだ奥があるの!?」
 堪り兼ねて、とうとうこんな弱音まで吐き出してしまった。
「どうしたんですか、姫様?魔物などは全然怖がらない貴女様が…」
 クリフトは不思議そうな瞳であたしの顔を覗き込む。
「だっ……だってだって!!魔物は倒せば良いだけじゃないの!あたし…こーいうジメジメっとした場所とか、小さい虫がウジャウジャいるのはダメなのよっ!!」
 ずっと言えなかった真実を、ついつい吐露してしまう。クリフトが不思議がるのも無理は無いわね。あたしらしくないもの。でも…───
「あっ…あたしにだって苦手な物や恐い物くらいあるわよ!」
「そうですね。…フフッ」
 微笑むクリフトが妙に憎たらしくて、あたしはぷいとそっぽを向いた。
「何かご不満ですか?」
「別にっ!!ちょっと疲れただけよ」
 周りが暗くて膨れっ面を見られないのをいい事に、あたしは好き勝手を言ってしまう。
「少し…休みましょうか。急ぎの旅ではありますが、無理もいけませんからね」
 そう言って彼はその辺の枝や枯れ葉を集め、簡単に焚火を起こす。火の呪文が使える訳じゃないのに、その手際は驚くほど素早かった。「へぇ〜…慣れてるわね」
 感心を込めて呟いた。
「え?あ、ああ…これですか?そんなに大した事じゃありませんよ」
「あたし…知らなかったわ。クリフトがこんなに野営に強かったなんて」
 いつもは周りのみんながやってくれていたもの。そう考えたら、あたしって…クリフトのこと何も知らないんだ。少し落ち込んだ。
「ねぇ、クリフト…。そっち、行ってもいい?」
「えっ?ああ、ハイ」
 急に心細くなったあたしは、向かいに
座ってた彼にこうねだった。そっと寄り掛かると、彼は驚いてその身を強張らせながら声を上擦らせる。
「ひっ………姫様っ!?」
「ちょっとだけ…いい?」
「………ハ、ハイ…」
 上目遣いにそうおねだりすると、気弱ながらもこう返事が返ってくる。
「元気がありませんね…。やはり怖いのですか?」
 ふと見上げると、心配そうにあたしを見つめる彼がいた。
「…魔物ばっかりだったら、まだ気分も紛れるのになぁ。自分がこんなに怖がりだったなんて知らなかったわ」
 そう、とても不思議な事だ。仲間達といる時は、ダンジョンなんて全っ然怖くなかったのに…。
「大丈夫ですよ。なにが起きようとも、私が姫様を全力でお守り致しますから」
 そう語る、クリフトの声…。いつもと同じセリフなのに、何故だか安心した。
「あ……そっかぁ…」
「はい?」
「ううん…なんでもない」
 あたし…やっと気付いたんだ。いつもは情けないクリフトを守ってる気でいた事。でも…実はそれは違っていて、彼がいたから無茶も出来たんだって事。仲間っていう鎧が無くなったことで、やっと彼のひたむきな心を感じる事が出来た。
 過保護なんじゃない…彼がいるから、あたしはあたしでいられたんだ。
「そろそろ大丈夫ですか?あまり遅くはなれません」
「うん、平気!元気出たわ。ありがと、クリフト」
 お礼代わりに彼の腕に抱き着く。
「とっ…とんでもない!!姫様の為ならば私はっ……」
「ふふふっ」
 焦るクリフトにいつもとは少し違いを感じながら、あたし達は再び洞窟の奥を目指し歩みを進めた。



「いっ…行き止まりっ!?嘘でしょう!?」
 それから数分も経たない位の時間に、あたし達の行く手を壁が塞いだ。別れ道なんてひとつも無かったのに。一体どういう事かしら?
「…そういえば、魔物らしい魔物も出てないわ。子供は?魔物はどこなのっ!?」
 そりゃあもう焦ったわ。助けるはずの子供までいないだなんて!!
「と…とにかく、町まで戻りましょう。途中で見落とした道があるかもしれないですし…」
「そ…そうね」
 けれど別の道なんて何も無く、あたしとクリフトは…情けないかな。元来た町までまっすぐ戻ってしまったのだ。



「遅かったなぁ。一体どこで道草食っていたんだ〜?」
 そんなセリフを高らかに言いながら、彼は人の悪い笑顔を浮かべて町の入口に立っていた。
「なっ…何よ!別にどこかでサボってた訳じゃないわよ、レイ!!」
 図星を刺されたのが痛いんじゃない。彼の言い草があまりにも酷かったので、反論をしたかっただけ。この人、本当に勇者なのかしら…?
「子供、見つからなかったんだろ?」
「うっ……!!」
 でも事実は事実だったから、これ以上何も言えない。
「安心しろって。子供なら、もう無事に家まで帰ってきてるぜ」
「えぇっ!?」
「どういう事ですか!?」
 驚いたあたしとクリフトが尋ねると、レイはクイッと背後の建物を指差した。見れば小さな男の子が、母親に抱かれて眠ってる。父親はひたすら仲間達に頭を下げていた。
「レイ達が助けたの?」
「ああ」
「あたし達ちゃんと洞窟を探したのよ?でも…でも魔物もあの子もいなくって…なのに何故なの?」
 不思議に思ってそう問うと、彼は我慢出来ないかのように突然吹き出した。
「レイさん……っ!!」
「悪い悪い!まさか本当に気付いてないと思わなかったからさ」
「どういう意味ですか?」
「あんた達が向かった先だよ。アレさ…東の洞窟じゃなく西の洞窟だったんだ」
『へっ!?』
 言っている意味がよく分からなくて、二人して気の抜けた返事をしてしまう。
「町を出た途端にいきなり反対の方向へ行っちまっただろ。止める間も無いまま凄い勢いで。何も言えずに、俺達が行くしかなかったんだ」
 クリフトが哀しそうな瞳をしてあたしを見ている。
「ごめんなさい…」
「別にいいって。無事だったんだから、それで」
 しょげるあたしに、レイがフォローを入れてくれる。全ては、あたしの空回りだったんだ。何か…ちょっと情けない。
「とっ…取り敢えず、大事にならなくて良かったですね、姫様」
「うん…」
「疲れただろ?宿も取ってあるし、今日は休もうぜ」
「………うん」
 落ち込みっぱなしのあたしに、スッと差し出された右手。クリフトの手だ。
「行きましょう姫様。皆が待ってます」
「…そうね!」
 結局は空回りだったけど、得られた物はゼロじゃなかったからいいや!あたしはそう思う事にした。



 あとちょっと、もう少し待っていて。今より少しだけ素直になれたら、今度はあたしが追い掛ける番よ…

 いつも『あたし』でいさせてくれて…ありがとう、クリフト。


 〜おわり〜



* * * * *

まえまえさんに頂いたリクエストです。

以前に私が書いた『素直な気持ちで…』
の続編、というお話だったのですが……続編になってるかなぁ?後退してる気も(汗)
クリアリは超ラブラブ!!っていうより、マイペースにちょっとずつ【しあわせ】を掴んでいく…っていうのが好きです。そんな気持ちを表せていればよいのですが…全然ダメかも(ガクリ)

メルマガで配信していた当時は4話構成だった筈なのに、手直ししつつまとめてみたら、1Pだけになっちゃいましたιあ…あれれ?(笑)



密かに女勇者パーティではなく、男勇者パーティだったりします。我が家の勇者クン…ご覧の通り超ガラの悪い子ですι内気な性格は勇者ちゃんの方でやってるもので、まぁ真逆の性格も面白いかな?…なんて。でも名前変換機能を使って、ご自分の勇者のお名前に変更された方がいらっしゃったら…あまりの性格の差異にガッカリされそうι(苦笑)

3P目
[章]1/1

<<前 次>>
=TOP=


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -