寧々先輩が、泣いていた。 いつでも笑ってて、涙も、つらい表情の一つさえ今まで誰にも見せたことのなかった、あの寧々先輩が。 二人きりのサロンにひびく雨音は、私たちの間に流れる沈黙をかえって浮き彫りにさせる。こんなとき、私はどんな言葉をかけたらいいんだろう。今日の昼休み狩屋に「空野さんってほんと、おしゃべりなのだけが取り柄だよねえ」なんていやみを言われたばかりなのに、先輩が、大好きな先輩が悲しんでいるこんなときには気のきいた言葉のひとつも浮かばないなんて。情けなくて、私まで泣きそうになる。 入部してから今日まで、先輩に憧れてがんばってきた。早起きの朝練も、大会前の遅い時間の練習のときも先輩はいつだってニコニコ笑ってて、そんな姿に元気づけられていたのは選手のみんなだけじゃない、私たちマネージャーも。 悩んでいるときはいち早く気付いて声をかけてくれる先輩に、私がどれだけ救われたか。顔をのぞきこんで「葵ちゃん」って名前を呼んでくれたとき、私がどれだけ嬉しかったか。 先輩は今年で引退だ。 先輩にもらった優しさに助けられてきた私だから、私も精一杯の優しさを寧々先輩に返したい。
「寧々先輩…」 「っく…葵ちゃ……」
ソファに座った寧々先輩の隣に腰かけると、寧々先輩は細い指で涙をぬぐって真っ赤な唇のはしを弧を描くようにもちあげる。
「ごめんね。こんな、みっともないとこ見せちゃって……」
先輩、先輩。無理に笑わないでください。 私はたしかにそう言おうとした、はずなのに。私の声は途中からかすれ、頬には水が伝っていく感覚。 なんでよ、私が泣いて、どうするのよ。目尻にたまっていく水滴はいくら指でぬぐってもとどまるところをしらない。しまいに私は、泣き声をあげはじめ、先輩、先輩と嗚咽まじりの声で寧々先輩を呼んだ。 きらきらと雫に光る目をしばたかせた寧々先輩を体を横にひねって正面からぎゅっと抱きしめる。
「先輩、先輩。一人で抱え込まないでください…っ。私じゃふがいないかもしれませんけど、でも、みんなもいるんですよっ、!」
やっとの思いで最後まで言い切ると、寧々先輩は「ありがとう」とふんわり言って、それから大きく泣き声を上げだした。震える肩はひどく華奢だった。 私は嗚咽をあげながら先輩の背中をとんとんとたたく。泣きすぎてのどは痛いし体勢は中途半端で少し苦しいけれど、しばらくはこのままでいい。
/120501 素敵な色になれたらいい title by カカリア
頼られて嫌な気なんてしません
百合じゃないよ
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