「はーあ。午後の授業、だりー。」 「わたし、いなくなりたいなあ。」
意味も音もまったく違うふたつの言葉は、同時に発され、同時に響いて、同時に消えた。 きれいにハモったことに目をぱちくりと顔を見合わせるわたしと水鳥ちゃん。水鳥ちゃんの大きな目には歪んだ私が映っている。
「ふふ、おかしいね」 「……あんた、何言ってんだ?」
くすくすと笑いを雫すわたしにたいして、水鳥ちゃんはずいぶんいぶかしげな声音。 なあんだ。水鳥ちゃんは、声が重なったのが可笑しくてこちらを見たわけじゃなかったんだ。
「だって、おもしろかったから」
眉間にシワをよせる水鳥ちゃんにわたしがそう言えば、水鳥ちゃんはますますしぶい顔をした。それを見てわたしはかくんと首をかしげる。 水鳥ちゃんがそんなことを聞いてやしないと分かっていながらこんなことを平静でするんだから、やっぱり私はわたしがきらいだ。
「あたしが言ってるのはそんなことじゃねーよ」
それから、鋭い瞳と声で無言のうちにざくざくと私を責めたてる水鳥ちゃんが、私は嫌いで、好きだ。
「え?」 「…あんた、あたしの前ではそういうの、やめろっつったろ」
水鳥ちゃんは、私が猫をかぶっていることを知っている。
「…ねえ水鳥ちゃん」 「なに」 「強く、なりたいな」
今度は水鳥ちゃんが首をかしげた。水鳥ちゃんみたいに、強くなりたいな。そんな残酷な言葉が言えるわたしも嫌いだ。
私にはときどき、自分が心底嫌になるときがあった。 それは、沈んだ気分の日にくることもあれば、幸せのまっただ中にやってくることだってあるし、テスト期間の夜遅くまで起きているときになったかと思えば、布団で起きたらすでになっていることもある。
卑怯で、臆病で、頭が悪くて、なによりも弱い自分が嫌いだった。 弱いゆえにだれかに依存しなければ生きてゆけなくて、一方的に感情をそそぐ自分が嫌いだった。 どんなときだって、壊れないよう心を殺し続ける自分が嫌いだった。 誰にも疎まれたくないと望む、弱い自分が嫌いだった。 弱いくせに強くなろうとして、そして傷つく、弱い自分が嫌いだった。
だから、私は強くなりたかった。
「私、生きてるのくるしいなあって。生きてて、みんなに嫌われるの、いやだなあって。」
オプションでプラスしたにっこり笑顔を水鳥ちゃんは凝視する。やだなあ。水鳥ちゃん、美人さんだからそんなに見られたらわたしはずかしいよ。 しかし、いつまで経ってもなにも言わない水鳥ちゃんに、私の瞳はだんだん潤む。ああやだ。すぐに泣きたくなる、弱い自分が嫌い。いつだってわたしを簡単に泣かせる水鳥ちゃんが、わたしは、きらい。 わずかに濡れたまぶたをしばたかせていると、水鳥ちゃんがやっと口をひらいた。
「…よく分かんないけど、」
そう息をつきながらあごに手をついた水鳥ちゃんは、一度まぶたを閉じて、もういちどゆっくり開けて、それからおなかの底から吐きだすようにして私の目を見ながら言った。
「あたしはあんたが好きだよ」
そのことばひとつに、私は、わたしは、私は、気付けばぼたぼたと頬を濡らしていた。
/病めるは昼の月 120312
泣いてるあなたもすき
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