教室、窓際、後ろから2番目。
ここは私の特等席である。
ただし、朝と帰り、サッカー部の活動中に限る。


「あ、なまえおはよー」
「おはよ光良。朝練おつかれさま」
「なまえ、窓からずっと見ててくれたでしょ」
「うん」

予鈴がなるのと同時にドアが開いて、なんとも着崩した制服で教室に入ってきたのは光良だ。サッカー部員で、今年初めて同じクラスになったが、何のご縁か、学期はじめの4月から今日2月まで、ずっと私のお隣さんである。
この席の本来の主である光良が帰ってきたことで私がその右隣の席へと移ると、光良は肩にかけていたカバンを机の上に投げる。がん、という音がした。光良のカバンには基本的にお弁当と水筒と貴重品しか入っていない。今にぶい音をたてたのは恐らく水筒だろう。かわいそうだ。机とカバンと水筒が。
しかし水筒達に想いを馳せる私の気持ちなど露とも知らない光良は、乱暴に椅子をひいてそこに座ると、いそいそとこちらに向き直って口を開いた。

「ねえなまえ」
「なあに」
「どうだった?」
「…なにが」

主語を話せ、主語を。

「だーから、朝練だって」
「だからって…いつもと同じじゃないの?」

光良の質問の意図がよく分からない私がそう返すと、光良は頬を膨らませて、いかにも気にくわないという顔をする。言いたいことははっきり言ってよね。

「…俺今日、けっこーがんばったんだけど」
「ああ、そういえば朝からケシン出したりしてよかったの?いつも、つかれたーって言ってるじゃん」

光良の顔がぱあっと輝く。ほんとになんなんだ、こいつは。

「俺、かっこよかった!?」
「え、うん、まあ。」
「それで!?」

…それで?それでって、それで?かっこいいはかっこいいでしょ。ほんとに何が言いたいの、光良さん。
しかし返答に困り果てた私が、目をきらきらさせる光良に「今日なんか変だよ」と言えば、光良は恨めしげにこちらを見た。

「なまえ」
「なあに」
「今日バレンタインだよね」
「ああ、そういえば」
「…なまえ」
「なあに」
「チョコほしいんだけど」
「え、うん。ごめん持ってない」

なまえのばーか。なんだと、失礼な。私、テストの成績は光良より上だもん。「俺が190番でなまえが180番じゃん」。…ちなみに万能坂中は一学年200人である。だいたい光良が私の授業を妨害するのが悪いわけで、「俺がちょっかいかけない時はなまえ、寝てんだろ」。……とにかく!

「残念ながら光良にあげるチョコは用意しておりません」
「なんで」
「いやー、なんかね。光良にあげるっていう発想がなかった」
「…お前ってさらっとキツいこと言うよな」

えー、そうかなあ。まあなんかあれですよ、近くにいすぎて気付かない、みたいなね。

「……なまえが今食べてるポッキーは」
「これは私のおやつです」
「…太るぞ」
「うっさいわ」
「本命チョコないの」
「うーん、じゃあ磯崎くんにでもあげに行こうかなあ」
「はあ?」
「磯崎くんマジかっこいい」

くせ者揃いの万能坂中サッカー部を一年生にしてまとめあげている磯崎くんは校内でちょっとした有名人だ。そのサッカー部の中でも群を抜いて変人の光良には、磯崎くんもさぞかし手を焼いていることだろう。そんな磯崎くんに労りチョコ、なんて。私の磯崎くんに対するささやかな憧れも含まれていることは否めないけど。

「…あんなウルトラマンのどこがいいんだよ、俺のがイケメンだろ」
「よし、光良は一生チョコいらないと」
「はあぁ!?」

光良が私の耳元でチョコの二文字(三文字?)を連呼する。うっさい。私の憧れの人をバカにした罪だわ。

「なまえー、チョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコ」
「あーもう、うるさいなー。これでいいんでしょ」

私はポッキーを一本取り出して光良の目の前に突き出してやる。なのに、だ。こともあろうに光良は眉間にシワをよせ、こう一言吐き捨てたのだ。

「しょっぼ」

じゃあもう食うな!大体、先にポッキーが欲しいって言ったのは光良でしょーが!もうぜっっっったいに光良にチョコなんてあげるもんか。ポッキーだって充分おいしいのに。人生もったいなーい。

「あ、なまえがポッキーゲームしてくれるなら食べてあげてもいいけど」
「誰がするか。別に食べてくれなくていいから」
「なまえのケチー」

なんで私がケチ呼ばわりされなきゃならんのだ。頬を膨らます光良を横目に、私はポッキーに手を伸ばす。咀嚼すると口内に広がった、甘さとすこしの苦味が香るチョコレ



「ごちそーさまでした。」


…は?


「みみみみ光良いま何」
「なまえの口移しポッキーゲットー」


なにそのマニアックでプレミア度の低そうなポッキー、誰もいらねえよ、なんてそんな心の声は、ただの自分に対する照れ隠しだ。
だって私いま、光良とキス、した。
スピーカーから響く間抜けなチャイム音も、私たちに突き刺さる38人分の視線も喧騒も、教室に入ってきた担任の存在も、なにもかもが、遠い。まるで、私と光良のまわりにだけ半透明なフィルターが張られているみたいだ。「一年間、なまえのことだけを見てきたんだ」。やめてよ、そんな告白まがいなこと。私の頭の中がよけい混乱するじゃない。熱い頬を両手で包むと、冷えた指先に熱がジンと伝わってきた。私はただ床を見つめ、光良はそんな私にジッと視線を送る。ど、どうしよう私、わたしえっと…!



「…ファーストキスなんだから、責任とってよね、光良。」


テンパった挙げ句そんなことしか言えない私は、心配しなくたって最初から光良しか眼中はないのだ。


/ショートケーキが甘いことについて
120122
title by 魔女のおはなし

   
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