「私は! 竜持くんの給仕係じゃありません!」


「なまえさん、コーヒー一杯ください」
いつも通りにそう言った竜持くんの声が、今日はいつもにまして澄ましていたから、私はつい、かちんときた。
なまえさん、コーヒー。紅茶ください花乃さん、ミルクはなしで。水、出してくれません?

「なまえさん? どうしたんです?」
竜持くんはぽかんと口をあけてそう言った。まるで心当たりがありません、って顔に書いてあるみたい。
「……どうしたも何もないでしょー! いつもいつも! 講議のあと私の家に寄ったかと思えばそうやってパソコンばっかり! 彼女の家に来てるんだから、他にやることあるじゃん。私の家は大学そばの無料ネカフェじゃないし、私もメイドじゃありません!」
ものすごい勢いでまくしたてれば、竜持くんはようやく、どうして私が怒っているのかをなんとなく理解したようだった。さっきまでカタカタと軽快にキーボードを叩いていた指が止まっている。
珍しく視線を泳がす竜持くんはなんと私に声をかけたものか悩んでいるみたい。
こんな竜持くんを見るのははじめてだ。そう思ったとたん、すっと喉元の溜飲が引いていくのを感じる。
だけど、こうなったら目一杯困らせてやろう。よくない心が頭を出す。
わざとらしく頬を膨らませて私は言った。
「報酬を要求します」
「えっ」
「給仕代と、放置の代償を要求します」
「……えっと、」
「キス」
「はっ?」
「コーヒーと紅茶ならキス一回、アイスならそれぞれ二回」
竜持くんの顔、まるで豆鉄砲をくらった鳩みたい。かなりのレアだ。そうそう見られる代物じゃない。
「ご注文は?」
「……じゃあ、ホットコーヒーを一杯ください」
「お代は?」
「前払いですか、それとも後払いがいいですか?」
じゃあ、前払い。だって、竜持くんが好きなのは何も入れないブラックコーヒーだ。後払いじゃあ苦くてかなわない。

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