ドアの外でがやがやと騒ぐ声で目が覚めた。もう朝かあ、そんなことを思うもまぶたは重くて夢心地。まどろみにもう一度身を任せようとした、しかしその瞬間、私の中で嫌な予感がむくりと頭をもたげた。

「おい虎太、インターホン押せばいいだろ」
「そうですよ、何も蹴らなくたって。近所迷惑ですよ」

ああこの声は、もしかしなくても。

「手ふさがってるからしょーがねーだろ」
「じゃあ先に突っ走ってくなよな。ほら、それ貸せよ」
「まったく、しょうがないですねえ」

ぴんぽーん。私が玄関へ駆けていってドアノブをひねるのと同時に、軽快なチャイムが部屋の中に響き渡った。
押し開いたドアの外で一列に並んでいたうちの、真ん中に立った一人が私の顔をしっかり見つめて言い放った。

「なまえねーちゃん、いる?」
「遅いわいろいろ」



「まだ寝巻きのままなんですか、だらしないですねえ」
「もう昼すぎだぜ。姉ちゃん、まだ彼氏いないだろ」
「……肩紐見えてる」
「本当に女かよ」

言い返す気力も起きないとはこのことだ。私は黙ってずり落ちたパジャマの肩を引っ張り上げた。
靴を脱ぎ散らかしてずけずけと私の部屋へ踏み入ってきた悪魔たちは早速好き勝手を始めている。
虎太はさっきまで私の寝ていたベッドを踏み台に脇の本棚をあさっているようだし、竜持は戸棚から勝手にインスタントコーヒーを取り出している。凰壮に至っては冷蔵庫を開けて「コーラくらいねーの?」なんて文句を垂れる始末だ。「あっ、カルピスならあったかも」と伝えた私に「カルピスって……子どもかよ」と言ったのは虎太。カルピスは子どもでコーラは大人ってなんなのそれ。人様の家になんと面倒くさい注文をつけるんだ。「なまえさん、これもう豆入ってないんですけど」「あー、買い置きないや。カルピスなら」「いらないです」。……カルピスをバカにするなよ!
あれはどこだ、これはどこだと部屋のあちこちが慌ただしい。
いったい何だってこんなことになったと言うんだろう。
今日は久しぶりにゆっくりできそうだったというのに、夕方まで眠りこけるという私の計画は打ち砕かれてしまった。
興味を引かれる本を見つけたらしい虎太がそれを抱えて私の隣へ座る。続いて、他の二人も集まってきてそこらにたむろしあーだこーだとたわいもない話を始めた。
こうなっては、残り半日を静かにすごすことさえかなわなさそうだ。
しかしため息よりも先に出そうなのはあくびである。無理矢理に起こされたも同然なものだから、モヤがかかったみたいに頭がぼーっとする。

「あんた達、いったい何しにきたのよ」
「んーまあ、別に?」
「ねーちゃんは気にしなくていい」
「そうそう、ぼくらのことは放っておいてください」
「あのねえ、家主は私よ」

勝手に押しかけておいて気にするなとはこれ如何に。小さい頃は会うたびあんなに面倒を見てあげたっていうのに、なんだってこんなに可愛いげのかけらもない口を利くようになってしまったのだろう。
あーあと嘆くと、「昔のことだろ」「姉ちゃんがおれらに面倒見られてたの間違いじゃん?」「勝手に期待されても困るんですけどねえ」と口々に返される。三人そろって、それもほぼ同時に叩く憎まれ口の腹立たしいことと言ったら。可愛くないにも程がある。

「なまえさん、パソコン借りていいですか?」
「竜持、タブレット端末買ってもらったって言ってたじゃない」
「ここワイファイ通ってないでしょ」
「はいはい、どうぞ使っていいですよ」

それでも好きにさせてやる私の優しさといったら、ああ、涙が出る。本当は一際大きなあくびが出たときににじんだ涙だけれど。

「うわ、でっけーあくび。なあ姉ちゃん、こないだ貸してくれた漫画の続きどこ?」
「こないだって……あーあれ、えっと……その辺」
「だからその辺ってどこだよ」
「その辺はその辺だよ。……虎太、テレビ少し小さくして」
「ん」

安っぽい笑いが少し遠ざかった。手近にあった座布団を丸めて枕にし寝転がって目を閉じると、途端に睡魔が襲ってくる。昨日はいろいろあって、寝たのは結局朝方なのだ。軽い夢うつつの頭の中で繰り返される司会者の言葉はどこの言語だかよく分からない。寝返りをうつとあぐらをかいた竜持の脚にぶつかった。

「ああなまえさん。こんなソフト入れてるんですか? これよりこっちのソフトの方が機能も充実してて立ち上がりが早いって有名ですよ」
「ふうん……」
「インストールしておいてあげてもいいですよ。同じフリーソフトですし、バックアップなんかも要りませんから」
「んー……」
「なまえ姉ちゃん、辞書借りる」
「なあ、録画していい? 今日の夜のスポーツ番組」

虎太はテレビ見ながら読書してるの? しかもこのテンポよく刻まれる軽い音はひょっとしてリフティング? そういえば来た時の虎太はボールを抱えていた。一度にいくつも、器用だなあ……。凰壮はうちで録画なんてして、いったいいつ見るつもりなのよ、家で録ってきなさいったら……。
ちゃんと口に出したつもりだったけど、虎太も凰壮も全く反応がないところを見るとどうやら声にはならなかったらしい。
薄れていく意識と一緒に、三人の話し声もぼんやりと遠ざかっていく。そういえば三人とも前に会った時より、ずいぶん声が低くなったみたいだ。背だって大きくなったなあ……。
まるで猫でも撫でるみたいに私の髪をすく竜持の指が気持ちいい。きっと、いつも私がやることの仕返しに違いない。心地よくて、思考がだんだん白くにじんでいく。

「ああそうだ……三人とも、帰る前には起こしてね……」

もう限界。その言葉が三人に届いたかは分からないまま、私は意識を手放した。



「……ゃん、姉ちゃん」

頬を軽くはたく感触にはっとして目を開けくと、全く同じ瞳が六つ、上から私を見下ろしていた。

「っ!」

驚いて飛び起きようとすると、凰壮に肩を押され、私の背中は床と再会する。

「何するのよ」
「まあ待てって」
「やっと起きましたか」
「……今、何時なの?」
「三時半」
「そう……帰るの?」
「まさか、これからがメインだぜ」

メイン? 何の? そう尋ねる暇もなく、「ちょっと待っててくださいね」という竜持の声と共に、私の視界は虎太の手で覆われた。カチカチという、プラスチックがぶつかるような音だけが聞こえてくる。……一から十まで、皆目わけが分からない。
まぶたの裏に映った、目隠しされる寸前に見た私を見下ろす凰壮と虎太のニヤニヤ顔が瞼の裏からだんだん薄れて来た頃、ようやく光が戻ってきた。

「起きていいぜ」

光のにじむ中、無い腹筋で起きようともたつく私の手を、虎太が少しばかり勢いよくひっぱりあげる。
おかげで私は、目の前のテーブルに置かれた白い円筒状の物体に、もうちょっとで顔を突っ込みそうになるところだった。

「あぶなっかしいですね。火も着いてるんですよ、虎太くん」

チャッカマンを持った竜持が言った。たしかにそうだ。白い円筒にほぼ等間隔に刺された三本の細い棒の先にはゆらゆらと火が点っている。触れれば当然ヤケドものだ。だけどこの物体は……

「……これ、ケーキ?」
「はあ?」
「何言ってるんです?」
「どう見てもそうだろ」

口々に飛んでくるばかにしたような声。だけど、私の言い分だってわかってほしい。

「今、五月だよ」
「そうですね」
「だから何だよ」
「クリスマスは遠すぎると思うけど」
「クリスマスとか関係ねーよ」
「……私きょう誕生日だっけ?」
「はあ? ちげーよ」

「今日は、俺たちの誕生日だよ」

一瞬の沈黙の後、静まり返った場に水を打ったのは私の「……うん」とその一言だった。
今日は、俺たちの誕生日だよ。寝起きの頭だっていくらなんでも日本語くらい分かるけど、それは、私の目の前にローソクの立った小ぶりの苺のホールケーキが存在する理由にはならないのではないか。
彼らが、自分たちの誕生日に自らケーキを買って来て、しかもそれを私に向けて置いているという、そのことに私は戸惑っているのである。

「誕生日ケーキなら、私が買ってあげたのに……」

そりゃあ一人暮らしだし裕福な身ではないけれど、ケーキの一つくらいは買ってあげられる。もしかして、その程度も甘えられないほど、普段の私は大人げないのだろうか。軽く悩みそうだ。しかし、「それじゃ意味が無いんですよ」と人差し指を私のおでこに軽く当てたのは竜持だった。

「な……」
「虎太、ナイフと皿」
「ん」

凰壮の持った銀色のナイフが、スポンジの中へ沈んでいった。綺麗に均されたクリームの上に、直交する二本の線が刻まれる。
ただ見つめるばかりの私の目の前で、切り分けられたうちの一つがフォークとナイフに支えられて持ち上げられ、小皿の真ん中に着地した。

「お、結構上手くいったんじゃね?」
「ええ。大きさも、案外ちょうどよかったですね。……なまえさん」
「……今まで、ありがとう」

虎太の言葉と一緒に、ケーキとフォークが差し出された。

「え……?」

散りばめられたアラザンが電灯の光を受けてキラキラ光る。その奥で、三人の顔が照れくさそうにほのかに赤く染まっていた。

「どういうこと? もしかしてどこか遠くでもいくの?」
「別に、どこも行きませんよ。ただ、」
「虎太が言い出したんだよな」
「……ん」
「いつもみたいにただケーキだプレゼントだってお祝いしてもらうんじゃ、何か違うと思うんですよ」
「誕生日が来るってつまり、……なんて言うの? 今まで育ててもらったってきたって意味だろ」
「なまえねーちゃんには、小せー頃からいろいろ世話になったし」
「なんだかんだで、けっこーな。ありがと」
「これでも感謝してるんですよ」

不意に、目の前のケーキがぐにゃりと歪んだ。気付くと、私の両目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
ばか。ばかばか。
いつの間にかずいぶん大人っぽくなった三人を前に、そんなことしか言えない私は逆に小さな子どものようだ。
だって、言葉がつまって出てこない。
親戚筋にあんた達が生まれたって聞いたとき、小さいながらに私がどんなに嬉しかったか知らないくせに。
泣かされたことも多いけど、三人に会うのがいつも楽しみだった。
しっかりしたこの三つ子に、いくつも年上の私の方が面倒を見られたこともしばしばで、とてもお礼を言ってもらえる立場なんかじゃない。
そう思うのに、涙が止まらないのだ。

「まあ、否定はしないけどさ、面倒見てたこと」
「だけど、少なからず信頼もしてるんですよねえ」
「なまえ姉ちゃんがいなきゃ、今のおれたちじゃねーし」
「そうそう、姉ちゃんのおかげでわがままな大人に対応すんのも上手くなったよなあ」
「ですね」

普段は憎たらしい軽口までもが今はいとおしい。
ようやく収まりかけてきた嗚咽を抑え込み、後から後から出てくる涙をぬぐって精いっぱいの笑顔で「ありがとう」と喉をしぼると、三人は満足そうに笑った。

「ありがとう、嬉しいよ、すごく。それから、生まれてきてくれてありがとう。……虎太、竜持、凰壮、誕生日おめでとう」



 * …
 * …
 * …




「さて、あとは父さんたちだけですね」

三人になだめられて私もようやく平静を取り戻した頃、肩をすくめて竜持が言った。

「おじさんもおばさんも、きっと泣いちゃうよ」
「うわっ……」
「えっ何それ」
「母さんの男泣き、怖いんだよな」

眉根を寄せてつぶやく凰壮と、一つうなずく虎太、苦笑いの竜持。その光景がなんだか微笑ましくて口元を緩めると、涙の乾きかけた頬がちりちり痛んだ。
ほどよく冷えたケーキはどうやら、凰壮が飲み物をあさるのと同時に冷蔵庫へ入れていたらしい。
「生活感のないキッチン周りでしたねえ、ちゃんと人間生活してるんです?」と鼻を鳴らした竜持は、その鼻をつまんでやりたいくらいムカついたが、その調子からするとどうやら、冷蔵庫横に置いておいた、彼ら宛の手紙はまだ見つかっていないようだ。
遅くから書き始めたせいもあるのだが、それ以上に後から後から書きたいことが出てくるせいでなかなか書き終わらなかった三通の手紙。夕方頃にでも彼らの家のポストに投げ入れてこようと思いながら、朝方床に就いたのに、早々と三つ子に起こされたせいでさっきはいたく眠かった。
三人のパーソナルカラーの便せんをそれぞれ差し出すと、彼らはわいわい言いながらそれを受け取ってくれた。

「プレゼントとか、何も用意できなくて悪いんだけど……あっ待って! ここで読まないで、恥ずかしいじゃん!」

シールを剥がそうとしていた虎太を慌てて止める。
あんまり眠くて何を書いたか覚えていない部分も多いけど、だから余計に恥ずかしいことが書いてありそうで怖いのだ。

「それじゃあ、家でじーっくり読ませてもらいましょうかね」

私の反応を見て楽しむ竜持の、なんと底意地悪く育ってしまったことか。


「それじゃ、お邪魔しました」
「手紙サンキュ」
「ばいばい、こちらこそごちそうさま。おねーさんが恋しくなったらまた来てね」
「は、おれらが来ないと寂しいのは姉ちゃんの方だろ」
「しょうがねえからまた来てやるぜ」
「手のかかる大人ですねえ」

豆鉄砲を食らったような顔になった私をしり目に、色違いの自転車は軽やかに車輪を回して、みるみるうちに遠ざかっていく。本当に可愛いげのない小学生だ。あながち外れてもいないのが、すごくすごく、可愛くない。
グリーティングカードに一言添えるだけの例年通りではなく、急に一人一人へ長々しい文章を書き連ねる気になったのは単なる気まぐれではあったけど、だんだんと自立していく彼らが今にでも私の手が届かない程の遠くへ行ってしまうような気がして心のどこかで寂しく思っていたのではないかと言われれば、それは否めないかもしれない。

またサッカー始めたんだ、とケーキを頬張りながら話した虎太と、それにうなずく竜持と凰壮の表情は、とても晴れやかだった。きっと、よっぽど楽しいんだなあと饒舌に毒づく竜持を見て思った。
もうすぐ夏がやってくる。
彼らの夏は、サッカーに始まってサッカーに終わるのだろうか。
次に会うときは三人とも、泥だらけの真っ黒こげになっているかもしれない。
三人が楽しくて何よりだと思うその一方で、仲間に入れないのが少し惜しい気のする私は、きっとこんなところを大人気ないだのなんだのと言われてしまうのだろう。
試合の日取りなんて、あの三人のことだ、どんなに頼んでも教えてくれないに違いない。
それならせめて、夏が終わる頃に話を聞きたいなあとぼんやり思う。
とたんに静かになった部屋に戻ってケーキの入っていた箱を畳もうとすると、中にカードが入っているのを見つけた。三人から、異口(筆?)同音に「いつもありがとう」の文字。
いつまでもピイピイとわがままを言っていてくれればいいのに、本当に可愛くなくなっちゃって。
今度彼らが来たら、嫌がるのも構わずにめいいっぱい子ども扱いしてやろう。大人気ないと言われたって、またカルピスしか用意しておいてやらないから覚悟しろ。


/星の数だけ花束を
130516


三つ子お誕生日おめでとう

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