吐いた息はミルク色になって空へとのぼっていった。街路樹の葉を散らした木枯らしが、私の耳を冷やして去っていく。口元まで巻いたクリーム色のマフラーの中にハア、と息を吹きこんだ。
「最近寒くなってきたね、竜持くん」
「そうですね」
隣を歩く竜持くんはほっぺたをほんのり赤くして私の言葉に小さくうなずく。
私より頭ひとつは背の高い竜持くんを首を傾げて見上げると、竜持くんが一歩を進めるたびにさらさらと動く細くてきれいな髪の毛が、淡い日に透かされて薄い茶色に輝いていた。きれい。思わずため息が出る。「どうかしましたか?」竜持くんが顔だけこっちに向けた。長い睫毛に縁取られたまぶたがぱちぱちとしばたかれる。ゆるいカーブを描いて空を指すその睫毛も、わずかに茶色く透けている。
「ううん、なんでもないよ」。竜持くんに見とれてました、とは言わずに、私は首をふる。竜持くんは、首をひねってまた前を向く。
「竜持くん、午前中のテストどうだった?」
「まあまあ、ですかね」
土曜日の塾が終わったらいつも、家まで二人仲良く並んで帰る。この質問はお約束で、竜持くんの答えもお約束だ。
竜持くんのまあまあ、ほどあてにならないものが他にあるだろうか。毎回テストが終わったあとは鬼のように怒るお母さんと膨大な量の解き直しとに見舞われる私が竜持くんの言うまあまあな点を取ったなら、狂喜乱舞じゃ収まらない。
「なまえさんはどうでした?」
「ふふ、まあまあだよ」
いつもどおりの答えのあと、くすくすと笑い出すわたしを見て、竜持くんは不思議そうな顔をした。
だって、くすぐったくて仕方ないのだ。意味なんて小指の先ほどのやりとりが、二人だけの小さなきまりが。
私が性懲りもなく毎週きくから、その度きっと無意味だと感じながら、ちゃんと答えてくれる竜持くんが。
「よかったですね」。目を伏せがちにして路面を見つめていた竜持くんが、ふわっと視線を空へ向ける。温かくてくすぐったい、くすぐったくて、心地いい一瞬にえへへと笑うと、竜持くんはまた不思議そうな顔をした。
いよいよ受験が近づいてきて、テストを受けるのも残りあと数回だ。つまり、竜持くんと、毎週お決まりのやりとりをするのももうすぐ終わり。
数か月後にはきっと、桜の下で真新しい中学の制服に袖を通す私たちがいる。びかぴかの靴のかかとを鳴らし、違う方向ゆきの電車に乗る、竜持くんと私がいる。
竜持くんと同じ学校に入れるほど私は頭がよくないし、たとえ私が、テストで竜持くんとおんなじ点を取って、まあまあですかね、うん私も、って笑いあえるような成績だったとしたって、同じ学校を選ぶかどうかは分からない。それが別々のことだって、私はもう分かってる。
遠い未来のことは誰にも分からないけど、少なくとも一度、私たちの道はもうすぐ分かれる。
「……竜持くん」。気付くと、私は足を止めていた。私の短い腕がなんとか届くくらいの場所で、竜持くんも立ち止まる。私の方を振り向いた竜持くんの表情は、逆光でうまく見えない。
「なんですか?」
「帰ったら、竜持くんち行ってもいいかな。今日の算数の問題、教えてほしいの。一問だけだから、お願い」
そろえた両足を、また交互に出して、ゆっくりと竜持くんの隣に並んだ。私が追いついたのを見て竜持くんは再び、私に合わせた歩調で歩き出す。それから私の方を見て、からから笑った。
「いつもは何も言わずに押しかけてくるのに、急にどういう風の吹き回しです? 言われなくても、そのつもりだったんですけどね。今日も、最終的にぼくが全問解説することになるんでしょう?」
やっぱり、こんな時間があと、ほんの少しだけ。もうちょっとだけ、続いたらいいのになあ。


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