たとえば、空から飴が降ったらいい。甘く溶けたべっこうの色が降りそそいだら、この世界は黄昏に輝くかしら。
あの海が仮に、どこまでもずっと青いソーダになってしまったら素敵。あぶくは人魚になるかもしれない。砂糖でできたかわいい人魚。
もしも夜空に散るのが色とりどりの金平糖なら。金平糖が足音を鳴らす、雪ふる静夜。私たちは子どもにもどる。
この世界の組成がみんなみんな甘くなってしまったとしたら。
それはきっと、どんなにか……。


:*:


「好きですよねえ、甘いモノ」
もう、そんな嫌そうな顔しないでよね。唇をとがらせたわたしに、竜持くんは口をいの形にひきつらせて目を細め、眉間にはシワをよせた、精一杯の嫌そうな顔をしてみせた。
世界は広し、人は多し。竜持くんみたいに数学にまみれた生涯を送る人がいるのなら、わたしが砂糖でいっぱいの一生をすごしてもいいじゃない。
「隣でそんなふうに年がら年中甘い匂いを漂わせられると、迷惑なんですよねえ」
ふうん。ストローのささったココアの紙パックに手をのばしながらこたえれば、竜持くんはこれ見よがしにため息をつく。じとーっと、それでいて呆れたような目でわたしをねめつけて、ヤなかんじだ、もう。
「甘いものが嫌いなんてもったいないよ、竜持くん」
「嫌いなんて言ってません。あなたみたいに節操なく食べたりしないだけです」
「わたしがいつ節操なく食べたと」
それじゃあ聞きますけどね。机に肘をのせて頬杖をつきながら、竜持くんはまたため息をつく。
「今あなたが飲んでるその甘ったるそうなココアはどういうつもりで買ったんです?」
「今日の飲み物だよ」
「この生クリームが大量にはさまれたパンは?」
「今日のお昼ごはん」
「昼ご飯の意味分かってますかあなた」
「もちろん」
「じゃあこのプリンは?」
「今日のデザート」
「板チョコ」
「今日のおやつ」
板チョコはやっぱりこの会社がいちばんだと思うのよねえ。
口元についたクリームをぬぐいながら言うと、竜持くんはお手上げとでもいうように、片手でつまんでいたアメの大袋をぺいっと放った。
「あっ、わたしの食後のアメ」
「……あなた一人で、人間丸々二人分は糖分を摂っていそうですね」
気持ち悪くなったりしないんですか? 呆れ顔の竜持くんに竜持くんの人生の分の砂糖も食べてあげると言えば、竜持くんの表情がわずかに変わった。呆れから……そう、あわれみとか、あきらめとか。
「なによ、失礼ね」
「はいはい」
「それにね、女の子っていつも甘いものにかこまれているべきじゃないかなって思うのよ」
「なんですか、その強引以外の何物でもない自己正当化」
「わかんない」
「…………だいたい、こんなもの本当においしいんです?」
「おいしいよ、甘くて」
「甘ければなんでもいいんですね」
「そうとも言うかな」
「……乳化剤、香料、酸味料、人工甘味料、保存料、コチニール」
「なあにそれ」
「そのアメに入っている添加物です」
「あらイヤミ」
さっきからやけに熱心に見ていると思ったら、そういうことだったのか。
竜持くんに爪でつつかれている袋を引きよせ、カサカサと音を立てるアメを取り出す。
安っぽいプラスチックのかわいい包装紙をひねると顔を出す飴玉はほのかに向こうが透けるピンク色で、とってもきれいだ。ものの本に見たアミルスタンとは案外こんな色なのかもしれない。乳白の小粒を指先でひょいとつまんで口の中に放り込むと、とたん、人工的なイチゴの味が鼻からぬけて、くせになる。
歯を立てれば柔く崩れて流れ出る、ミルクの香り。
ゆっくりゆっくり噛み砕いて、もう一つ。もう一つ。
「……なあに、そんなに見て。あ、竜持くんも食べる?」
「結構ですよ。一体いくつ食べるのかと思っていただけですから」
ああそうね、ぼうっとしていて、少し食べすぎちゃったかもしれない。
「少し、ねえ」
「少し、よ」
竜持くんはまたため息をひとつ。
「……竜持くん、いつかため息のつきすぎでしんじゃいそう」
「合点のいかない死因ですねえ」
「だって、ため息に竜持くんが溶け出してしまいそうっていうか」
「もし仮にそうなるとしても、あなたの身体が砂糖に置き換わってしまう方が先でしょうね」
「悪くないわ」
いっそ、それもいいかもしれない。甘い骨身、甘い一生。
「そしたら、竜持くんの人生にも砂糖をおすそわけしてあげるね」
「……結構ですよ」
「ひどいなあ、せっかくのわたしのコウイを」
「いえ、わざわざおすそわけ頂かなくても自分から、ブン取りに行きますので」
どういう意味? わたしが訊ねるよりも早く、竜持くんはわたしの方へ手をのばしてきた。冷たい指があごに添えられて、ぐいっと持ち上げられる。竜持くんの笑い方はいつも綺麗だ。唇の両端を整った三日月みたいな形に持ち上げて、愉しそうに細めた目に長いまつげを伏せていると、あやしい美しさだって感じてしまう。そう、ちょうどこんなふうに。こういう特別に綺麗な笑顔を浮かべるのは、竜持くんにとって楽しいこと、なかでも、わたしによくないことをするとき……。
「ん……」
熱い。熱い、竜持くんの舌がわたしの下唇をなぞって、あっと思うのと同時に唇を割って入ってきた。竜持くんの舌がわたしにからまる。と思ったらほどかれて、玩ばれる。
上を向かされっぱなしなせいで、首がいたくてしかたない。竜持くんはむさぼるように、角度を、深さを変えてわたしに食らいつく。
くるしいよ、竜持くん。
息つぎもまともにさせてもらえないまま、わたしのあごを支えるその袖をひっぱると、やっと、すっかり温くなった指が離された。
「は……」
「……甘い」
わたしの頬に親指をはわせながら、竜持くんがつぶやいた。残りの指で軽く首筋をなでられて、思わず身をちぢこめる。
わたしの両目を見つめる竜持くんの瞳はてらてら光った唇をなぞっている舌先とおんなじ色に濡れていて、頭が一瞬クラッとした。竜持くんはときどきふしぎな魔法をつかう。
あ。そのとき気付いた。口の中にあったはずの、アメがない。
「……竜持くん、わたしのアメ返して」
机の上に身をのりだし、今度はわたしの方から唇を合わせた。竜持くんの舌は器用に動いて、わたしの舌から逃げ続ける。口の端をつたう唾は、どちらのものか分からない。
わたしが竜持くんの舌を追い続けていると、ふいに竜持くんののどがごくりと鳴った。
「ああ、スイマセン。飲んじゃいました」
「……竜持くん、さっきいらないって言ったじゃない」
「そうでしたっけ?」

きっと世界でいちばん甘いキス。




う。



/モンブランケーキの頂上でおやすみなさい

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