※甘くない

「狩屋、どうしたの」

サッカー部棟の裏のすみ、狩屋の丸まった背中がびくっと跳ねた。
声をかけたのは気まぐれだった。そもそも、日々を生きて気にかけることと言えば今日のお弁当の中身とペットの犬のことくらいしかないわたしが何かを考えて動くことのほうが少ない。
自主練の最中、人知れず駆けていく姿を見かけたから、なんとなくこんなところまでついてきてしまった。何も言わずに来てしまったから、あとで葵ちゃんにしかられる。
こんなところに足を踏みいれたことは今までなかったけれど、とてもじめじめとした場所だ。おとといの雨がまだ乾いていない。
側溝のわきに生えた狗尾草の隣で、狩屋のユニフォームは小刻みにゆれていた。

「どうしたの、狩屋」

もういちど声をかけると、狩屋はさりげなくこちらをうかがって、わずかに身をかたくしたようだった。
そりゃあそうかもしれない。なんたってわたしがいままで狩屋に話しかけたことなんて、まだ片手で数えられるほどだ。

「どうしたの」
「……べつに」
「うそつき。ねえ、泣いてるんでしょ。目まっかだよ」

狩屋がうっせーよ! と声を荒らげた。狩屋の目なんて一度も見ちゃいないのだから、これはただのはったりだったのだけど、どうやら狩屋はそんなことにはきづかないくらい気持ちがたかぶっているらしい。

「どうして泣いてるの」
「うっせーよ、さっさとどっか行けよ……っ!」
「ふーん、いつもの狩屋じゃないみたい。言葉に覇気がないよ。ね、なにがあったの?」
「だから、おまえには関係ねーだろ!」

狩屋は腕のわずかなすきまからこちらを見やった。どうやらわたしはにらまれたらしい。なるほど赤く充血した目は、わたしと視線がかち合うとさっとすぐにそらされてしまった。ちいさく鼻をすする音がきこえる。

「関係ないって言ったって、気になるものは気になるじゃん。教えてよ」
「……お前うぜーよ」

よ、のあたりで、狩屋の声が水分を含んだ。さっきからかすれかすれで弱々しくふるえてはいたけど、ちょっとからかいすぎてしまったらしい。
いけない、にやける。ごまかそうと、早口になる。

「ねえ、言えないほどショックだったの? どうしたの? 掃除さぼって叱られた? テストの点が悪かった? 霧野先輩とケンカ? いじめられた? それとも……家のこと?」

狩屋の体がぴくりと揺れた。ビンゴだ。
つり上がる口角はもはや隠せない。

「……お前なんか、嫌いだ」
「わたしは狩屋のこと好きだよ」

いつもの狩屋はいけすかないけど、今の狩屋はすごく好き。
その砂を掻く指先も、薄い肩も、すっかり被食者みたいにわたしを見上げる潤んだ瞳も。たまらなくぞくぞくする。


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タチの悪い女の子と被食者狩屋

狩屋マサキを泣かせ隊

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