くそ。なんでだ。なんで隠れたんだ俺。便所に行って戻る途中に神妙な様子で霧野先輩に話しかけるみょうじセンパイの姿を見た。そしたら急いで通りすぎるのが吉だなんて、雷門サッカー部にしばらく籍を置いている奴ならだれでも分かりきってることなのに。あとの祭、後悔先にたたず。リュウジさんに教えられた言葉をこれほど噛みしめたことはない。スタジアムへ帰るにはあの二人の前を通るしかない、だけど完全に出ていくタイミングを逃した。つまりこれはあれだ、俺はこうして柱に身を隠したままこの二人の……

「き、きききき霧野くん!」
「ん?なんだ、なまえ」
「わっ私……霧野くんのこと、だ、だい…だいき、らいなんですからね…っ!」

バカップル寸劇を見せつけられなきゃいけないってわけだ。
うーえ、息すんのも気持ちわりい。だってこの辺、ピンク色の空気が充満してるぜ。どうせお互いしか眼中にないんだから気付かないだろうと大きめにため息をつけば、霧野先輩の声がとんできた。「おい、狩屋」

「…………………………………んですか」

いつからいることバレてたんだ。おとなしく出ていくと霧野先輩はみょうじセンパイの華奢な体を力一杯抱きしめていて、いっそうげんなりした。
今日はエイプリルフール。俺にとっては天馬くんや輝くんあたりをからかう程度の意味しかないイベントも、バカップルの頭にかかれば桃色に染まった行事に変わってしまう。
霧野先輩とみょうじセンパイのバカップルぷりと言えば部活にとどまらず、今や全校において有名だ。学年の違う俺の周りでも騒ぎ立てられるんだから間違いない。それも、体育の時間に膝をすりむいたみょうじセンパイを霧野先輩が横抱きにして保健室まで運んだとか、みょうじセンパイはまいにち霧野先輩の分の弁当を手作りしてくるとか、あげくの果てに霧野先輩は去年のクリスマスにみょうじセンパイにプロポーズしただとか、そんなコッテコテの少女漫画にしか出てこないような噂がまことしやかに流れるくらいにはの話である。ちなみにサッカー部所属の俺は知ってる。そして今日だから言う。どれも嘘だ。


ちからつきた

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