いつもよりも早く鳴った目ざまし時計、いつもより長めに立った鏡の前。スカートのシワひとつも整えて、すうっと息を吸うこと一つ。ドアをひらくと冷たい空気が頬を撫でた。

「なまえ」
「蘭丸、おはよう!」

門の前ですでに私を待っていてくれた蘭丸のもとへかけよって行くと、おはようとにっこり微笑んでくれる。行くか、と言った蘭丸にうなずいて、ゆっくりと歩き出した。自分の荷物だけで十分重いのに私のサブバッグまで持とうとしてくれる蘭丸は、私にはもったいないくらいの本当によくできた彼氏だ。

「今日も寒いねー」
「おー。まあ二月だしな」
「早くあったかくなるといいなあ」
「体冷やさないように気を付けろよ」

言葉を交わしながら二人で歩く早朝の町は、いつもよりも輝いている。雨のしみこんだ路面とか、葉の先に滴る雫とか。降りそそぐ白い光を浴びたそれぞれが、濡れた空へと煌めくのだ。雲ひとつないその青はどこまでも突き抜けるよう。どこか楽しくなった私はたたたっと数歩、蘭丸を先回り。そしてくるりと振り返って蘭丸の目をのぞきこむ。

「蘭丸」
「ん?」
「ハッピーバレンタインデー!」

カバンから取り出した赤い箱をずいっと蘭丸の方へ突き出せば、蘭丸は一瞬きょとんとしたあと、にへへと笑ってみせる。あ、私、蘭丸のこの笑顔すき。

「ありがとう、なまえ」

「いーえ、どういたしまして」
「大事に食うな」
「うん、嬉しい!」

それから目を合わせて、可笑しくなって、ふたりで一緒にクツクツ笑う。手作りなんだ、とか、サッカー部のやつらに自慢してやろう、とか、はずかしいなあ、とか、蘭丸とかわす会話の一つひとつがしあわせのかたまり。私、蘭丸の彼女になれて、すごくすごく、しあわせ、だなあ。笑っている蘭丸の横顔を見て。しみじみおもう。

「蘭丸、いつもありがとね」

ぴたりと足をとめて言った私に蘭丸が振り向く。そしてぱちぱちと数回またたいて、「ああ!」と笑った。この笑顔も、すきだなあ。



そのあと、サッカー部の人たちに何度か追い越され、その度になんだかんだと冷やかされて私は少し気恥ずかしくもなったけれど、蘭丸の照れくさそうに笑う顔を見ていたら、そのくすぐったさも嬉しくなった。

「ったく、あいつら面白がりやがって…」

そんなふうにひとりごちる蘭丸は、どこか楽しそう。



「あ、私きょう日直だから、職員室いくね」
「そうか、じゃあ俺サッカー棟行くから」
「うん、朝練がんばってね!」
「おう!」

学校に着き靴を履き替え、そのまままっすぐ進む蘭丸と別れて、私は右に進もうとする。だけどそのとき。突然、後ろから蘭丸に腕をつかまれた。

「…なまえ」
「蘭丸?」
「今日、なんかかわいいな」

蘭丸が私の耳元でささやいたその瞬間、私の顔はぼんっと真っ赤になった。ら、蘭丸、気付いてたんだ…。私が髪型やらなんやらに、いつもより気合いいれてたこと。

「…蘭丸って、ときどきズルい……」
「ははっ、そうか?じゃあな、また昼休み」

軽く手を振ってさっそうと歩いていく蘭丸の後ろ姿に、私はへなへなと床に座り込みでもしたい気分。蘭丸なんて、蘭丸なんて、耳まで真っ赤なのをサッカー部の人たちにからかわれちゃえ!


ちからつきた

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