「よーし、みんな。今日の練習は終わりだー!」

夕陽に照らされてオレンジに染まったグラウンドに円堂監督の声が響くと、各々で練習していた選手たちがボールを持ってベンチに集まってきた。全員が揃ったら神童くんの号令で挨拶。その後、みんなで用具を片付けてぞろぞろと部室棟へと入っていく。
いつもと同じ、練習風景。
私も、今日の練習を記録したりドリンクを片付けたりとした後、更衣室で急いで制服に着替え、身だしなみを少し整えてから、水鳥ちゃんの冷やかす声を背中に受けて外へ出る。そこにはいつも通り、学ランに身を包んだ剣城くんが壁に寄りかかりながら立っていて、みょうじ先輩、ってこっちを見て言った剣城くんの声に応えるように、私も彼の名前を呼びながらぱたぱたとかけよって行く。

「剣城くん。ごめんね、待ったかな」
「いえ」

短く答えて歩き出す彼の後ろを追いかける私の姿も、またいつも通り。
すたすたと歩いて行ってしまう彼は素っ気ないように見えるけれど、私は知っている。私と一緒にいる時だけ彼の歩くのが遅くなるわけも、剣城家とは逆方向にある私の家まで、毎日わざわざ送って行ってくれる理由も。要するに彼はツンデレである。言ったら怒られるから言わないけど。

「もうすぐ試合だね。」
「はい」
「今日の練習も頑張ってたよね。私、剣城くんがサッカーやってるところ、やっぱり好きだなあ。」
「…そうですか。」

剣城くんの後ろ姿に向かって話しかけると、彼は一つひとつ言葉を選びながら、私の言葉に相槌を打ってくれる。物静かな剣城くんは、無口だとか、冷たいだとか勘違いされやすいけれど、実はとっても話しやすい人だ。自分から話すことこそあまりない彼だけど、でも、こうやって私が夢中で話していると静かに耳を傾けてくれて、へえ、とか、よかったですね、とか、短いが的確な言葉をはさんでくれる。剣城くんはとっても聞き上手なのだ。そして私は、そんな剣城くんの声をきけるだけで充分に楽しくて、幸せだ。
今だって、今日の調理実習でクッキーを作った話を彼はただじっと聞いてくれている。半歩先を歩く剣城くんの背中は何か言いたげだけど、私はわざと、気付かないふり。その代わりに私は、たたっと数歩走って彼の横に並び、その顔を覗きこみながらこう言うのだ。

「寒いね、剣城くん。」

そう言いながら両手をこすり合わせれば、彼はぷいと顔を背け、さもしょうがないというふうに、私の側の手をポケットから出してくれる。その手を握ってありがとう、って言えば、夕陽に照らされた真っ白い頬がさらに赤く染まることも、私は知ってる。
彼、剣城京介は、一見クールで近づきにくいようだけど、実はとってもかわいい人なのです。


::::


「もうすぐだ、ね。」

私の家の二個手前の曲がり角に差し掛かったところで、私が呟いた。言わなくたってそんなこと二人とも分かりきってるけれど、なんとなく。

「…いつもありがとうね、剣城くん。」
「気にしないでください。」

ください、のい、を言い終わるのと同時に繋がっていた手を離された。なごりおしいなあ。きっと、手をつないでるところを、私の親に見られたくないんだろうけれど。お母さんには既に、彼氏ですって紹介してあるんだし、もう気にしなくてもいいと思うけどなあ。ってちょっと思ったけど、私が剣城くんの立場で考えてみたら、やっぱりおんなじようにするかもしれない。いくら付き合ってることは親公認でも、それとこれとは別っていうか、なんていうか、気恥ずかしい。相手の親御さん、っていうのが、またなんとも。
それなら、私の家の前でするのもなんだかなあ。そう思って、私の家への最後の曲がり角、そこを曲がる直前、私は剣城くんの学ランの裾をくいくいと引っ張り、わきにある、滑り台と砂場しかない小さな公園(と呼べるかもわからないけど)までつれて行った。
橙と藍が溶け合った空はとってもきれいで、そういえば日が落ちるのがずいぶん早くなったな、なんてしみじみ思う。ペンキのはげかけたベンチに剣城くんを座らせて、私もカバンをあさりながらその隣に腰かけると、剣城くんはいぶかしげな顔を私に向けてきた。薄闇の中に、剣城くんの端整な顔が浮かび上がる。

「急に、どうしたんですか。みょうじ先輩」
「ぶっぶー!」
「はい?」
「なまえって、名前で呼んでほしいな、京介くん。」

目をぱちくりと見開いた彼ににっこりと笑いかければ、私に向けられたその顔はどんどんと赤くなっていく。

「なまえって、言って。」

剣城くん、もとい京介くんがさっと目をそらした。もう一押しだ。ずい、と彼の方に身を乗り出す。

「ね、京介くん。」
「っ…」


「……なまえ、せんぱい…」



「よーし、ごうかくっ!」
「!?」

い、の形のまま固まっていた京介くんの唇に、しかくいそれを押し当てた。驚いて口を開いた隙を狙い、私はそれをぐい、と押し込む。

「…お味はどうですか?」
「……甘い。」

そりゃそうだ、クッキーだもの。
私が京介くんに無理やり食べさせたものは、今日の調理実習で作ったクッキーだった。大丈夫、京介くんが甘いものを好きなことは松風くんからリサーチ済みだ。なんでも、松風くんのお家に一年生みんなで集まったときにはおいしそうにケーキを食べていたとか。
全く、クッキーが気になっているならそう言えばいいのに素直に言わないんだもん。ちょっとした意地悪だ。

「京介くん、おいしい?」
「っ…、はい。」

京介くん、って呼んだら、ぴくんって少しだけ肩がはねた。かわいいなあ、クッキーがたんまり入った袋を渡すと、京介くんは2枚目に手を出す。気に入ってくれたようで何よりだ。
大人びているけれど、甘いものが好きなんていう年相応な一面もあるのが微笑ましい。
もしかして、普段のクールな雰囲気はちょっとだけ背伸びしてたり、するのかな。そう思うと、目の前の彼がたまらなくかわいく思えて、ついちょっかいを出したくなる。

「京介くんは、意外と分かりやすいよね。」
「……。先輩は、…時々、よく分かりません。」
「まあね」

年上の余裕?なんて、はにかみながら言うと、剣城くんは小さく確信犯、と呟く。あ、それ誤用。間違いを正せば、そうですか、と素っ気ない返事が返ってきた。ありゃ、ちょっとばかり拗ねちゃったみたいだ。私ばっかり優位にたってるのが、悔しいのかもしれない。まったく、かわいいなあ。

「ねえ、京介くん、あせった?」
「…何の話です?」
「さっきさ、話してるとき。クッキーもらえないのかなー、って。」
「…べつに……。」
「ほんとー?」
「……………少し。」

少しだけ、焦りました。なんて小さく呟く京介くんがあまりにかわいくて肩に抱きつくと、やんわりと押し返された。残念。あきらめて話題転換。

「でもさ、京介くんなら、他の女の子からもたくさんもらったんでしょう?クッキー。」

今日は私のクラスの他にも二クラス調理実習があったはずだし、たしかどっちも二年だったから、私のクラスと同じクッキーを作ったのだろう。
京介くんは二年女子の間でかっこいい、と密かに噂で、その話を耳にする度、私は少し心配になる毎日である。もし京介くんが他の女の子と付き合っちゃったらどうしよう、なんて。

「…まあ、十人くらいは来ましたけど、」
「じゅ、十人!?」

じゅうにん、だって!?
だって、今日調理実習があったのが三クラスで、女子は一クラスに大体二十人で、つまり今日調理実習でクッキーをつくった女子は合計六十人で…ええっ、ろくぶんの、いち!?
何人かに渡してる子がいるとしても、それは多すぎるよね、だって京介くん以外にだって、神童くんとか、南沢先輩とか、野球部のエースとか、陸上部のあの子とか、人気な男の子はいっぱいいるし、そもそも剣城くん違う学年だから教室遠いのに、それにそもそも、女の子全員が男子に渡しに行ったわけじゃないよね、いつの間に剣城くん人気はそんなに広がっていたの、私が知らない間に…!
剣城くんのさらっと落とした一言に、ぐるぐるとパニック状態に陥るあたま。ぶつぶつとひとりごとを唱えていると、はっと上からの視線に気が付いた。

「焦っちゃいましたか、センパイ。」
「あ、焦ってないもん!」

へーえ、なんて不敵に笑いながら言う剣城くんの声はいつぞやの悪い声に戻っていて、だけど、ぽんぽん、とわたしの頭の上に置かれた手は優しくて、私の頭の中はさらに混乱する。

「う、ウソだよね…?」

六分の一だなんて。
下から見上げながらそう問えば、剣城くんは嘘じゃないですよ、となんでもないように言う。本当は私だってそんなこと分かっているのだ。剣城くんはこんなことでウソをつく人じゃない。私を、不安にさせるようなウソなんて。

「剣城くん…やっぱりモテるね…。」

私はしょんぼりとそう呟く。だって、いくら付き合ってるって言ったって、大事にされてるって言ったって、不安なものは不安だし、それに、嫉妬だって、する。剣城くんは私の彼氏なのに、なんて。私、重いかなあ。はあ、と一つだけため息。すると、隣からもため息をつく音が。横を見れば、剣城くんは落ち込む私を見かねたようで、ゆっくりと言葉をはき出した。

「…先輩の以外受け取ってませんよ。」

つ、剣城くん!!
私はその言葉を聞いて、思わず立ち上がる。本当?と訊いてみれば、当たり前じゃないですか、となぜか呆れられてしまった。

「なんで呆れるの、剣城くん…?」
「…それより、」
「ん?」
「もう名前では呼んでくれないんですか?なまえセンパイ。」

えっ?あっ!私いつの間に!?
ばっ、っと剣城くんの方に顔を向けると、剣城くんはじっと私を見つめてきて、なにこれ、さっきとまるで形勢逆転だ。視線がかち合ったままずらせない。…うう、ズルいよ。こんなきれいな顔で見られたら緊張する。

「……なまえ」
「…!きょ、うすけ…くん。」

最後までやっとのおもいで言いきると、剣城くん…いや、京介くん、はやっと目をそらさせてくれた。
もう、さっきまで普通に言えてたはずなのに、急に言えなくなるなんて。
ふう、と息をはいて回りを見ると辺りはすっかり闇に包まれていて、ベンチ横の電灯がいつからか私たちを青白く照らしている。
うわあ、真っ暗だ。そういいながら私がカバンを持ち上げると、隣の剣城くんもそうですね、と立ってエナメルバックを肩にかける。

「ごめんね、つる…京介くんの家ここから遠いのに。」
「大丈夫です。なまえ先輩こそ、いいんですか?」
「うん、うちの家けっこうゆるいから。」

会話をしながら二人で公園を出て、辺りの家の窓から溢れた光が染み込むアスファルトへゆっくりと踏み出す。
オレンジ色だった空は紺碧にすっかり侵食されていて、ぱらぱらとまばらに星をちらしている。あと三十メートルもない距離なのに私のカバンまで持ってくれた京介くんの顔を横から見上げると、京介くんが何ですか、と言うように私を見下ろす。私の方が一つ年上なはずなのに、京介くんの方が私よりもずっと背が高くて、きっとつま先立ちしても届かないなあ。
なんだかんだで、背伸びをしているのは京介くんじゃなくて、いつも私の方なのかもしれない。

「…どうかしたんですか、なまえ先輩。」
「んーん。京介くんはやっぱりかっこいいなー、って思って。」



それでもやっぱり、かっこいい、のただ一言で顔を真っ赤にさせてしまう剣城くんは、かっこいいのと同時にとてもかわいらしいのです。


/甘酸っぱい砂糖をひと匙
120109
title by カカリア

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