・・◇。:・*゚

※捏造

雲一つない青空だった。降り注ぐ熱線はアスファルトを焦がし、セミがそばでかしましく鳴き立てる。昼下がりの太陽はどこまでも攻撃的だった。
「あら竜持くん、久しぶりねえ」
チャイムを押して笑顔で迎え入れられた玄関には、わずかに線香の香りが漂っていた。焼き付くような日差しから逃れたせいか、それとも目に馴染むほの暗さのせいか、竜持はどこか気が緩む。
「お久しぶりです。親類から西瓜がたくさん届いたもので、よかったら皆さんで召し上がってください」
「まあ、ありがとう。重かったでしょう?うちの人、みんな好きだから喜ぶわ。虎太くんと凰壮くんは元気?」
「はい、おかげさまで」
「そう、よかった。そうだ竜持くん、せっかく来たんだしなまえに会っていかない?あの子、最近家にこもりきりだから相手してやってくれないかしら」
ニコニコと笑う彼女に二つ返事で応諾して靴を脱いでいると、「大きくなったわねえ」と目をほそめられた。人の好さそうな笑みを口元に咲かせるこの人が、竜持は少し苦手だ。自分達の周りにはあまりいないタイプだと思う。無条件に好意を向けられると、どうしていいのか分からない。
すりガラスから日の射す階段を上り、竜持は慣れた廊下を歩く。昔は目をつぶってでもたどり着けたその部屋へ、訪れることがめっきり減って数年経つ今でも同じように行き着くことはできるのだろうか。もっとも、わざわざそんなことを試すかわいらしい性格を、竜持は今も昔もしていない。
飴色の扉の前で足を止めると、中から扇風機のそよぐ音が聞こえてきた。拳を作り、コンコンコン、と三つノックする。
「なまえさん」
返事はおろか、身動きする音も聞こえない。もともと反応があることを期待していなかった竜持は動じず、もう一度ノックするがやはり何も聞こえてくることは無かった。
「なまえさん、入りますよ」
返答の無いのをよしと受け取りガチャリとドアノブを下げる。開いた扉の隙間から、蒸した廊下へと冷気が流れ出てきた。
「…まったく」
足を踏み入れると、とても夏とは思えない涼しさだった。むしろ肌寒さすら感じる。その中でこの部屋の主は、電気を煌々とつけたまま、ベッドに下着姿で転がっていた。こちらへ向けられた小さな背中はゆっくり上下に動いている。
やれやれ、と息をついた竜持はまず20度に設定された冷房を切り、身体に直接当たっていた扇風機も部屋の隅へ向けた。ベッドの下に落ちたタオルケットを寒々しい裸体にかけてやると、すぐに払い落とされた。
「なまえさん、風邪ひきますよ」
竜持の声に答えが返ってくることはない。扇風機の作動音にまぎれてときたま微かな寝息だけが聞こえてくる。
「なまえさん」
柔らかい声音を意識して、もう一度名前を呼んだ。
微動だにしない彼女に代わって、ミニテーブルに置かれたグラスの氷がカラリと涼しげな音をたてる。ガラスの中に浮かんだオレンジジュースは、向こう側が透けて見えるくらい薄い。
「なまえさん。まだ昼間ですよ、起きたらどうです」
二人分の体重を乗せたスプリングがギシリと鳴った。白い背中に零れた髪へ、竜持は長い指を伸ばす。一房掬い上げるも、細い茶髪まじりの黒髪は竜持から逃れるようにスルリと指の間から抜けた。彼女の華奢な肩はすっかり冷えてしまっている。竜持がしばらく柔らかい髪を弄んでいると、やがてその頭が動き出した。
「……ん、竜持…」
「あ、やっと起きましたか」
「…暑い」
薄目を開き、肘をついて起き上がった彼女は竜持が握っていたエアコンのリモコンを奪い取る。温度を下げようとして電源が切られていることに気付き、唇を尖らせながらONと書かれたボタンを押すと、部屋の中に再び低いうなりが響き始めた。そのことに満足した様子の彼女は一つのびをして、それからようやく竜持と視線を合わせる。
「…なんでいるの」
「お盆ですから帰省です、って昨日メールしましたよ。久しぶりですね、最後に会ったのは三ヶ月くらい前ですか?」
「知らない」
素っ気なく返した彼女はまたベッドに倒れ込む。まどろみに身を委ねてまぶたを閉じると、頭のまわりが急に沈んだ。訝しんで目を開けると、自分の顔の横に手をついた竜持がいた。陰の落ちた顔に、赤い目が光っている。
「なまえさん、あんまり無防備なことしてると襲われますよ」
「だれに」
「そうですねえ、例えばぼくとか」
「そんな気ないくせに」
竜持を軽くねめつけてそう言いながらも彼女は渋々起き上がって、薄まったオレンジジュースで唇を湿らせる。すぐさま、まずそうに顔をしかめた。テーブルの上に広げられたルーズリーフの上にグラスを戻すものだから、結露した水滴がじわりと広がって、黒いインクが染みを作っていく。
「なまえさんは夏休みですか」
「ん、あと三週間くらい」
そばにあった白いTシャツに頭をくぐらせながらなまえが答える。しぱしぱと瞬くと、瞳が乾燥していたようで涙がわずかに睫毛ににじんだ。
「竜持は」
「ぼくはあさって向こうに戻りますよ」
「…ふーん」
扇風機の羽の回る音が二人の沈黙を埋める。なまえの瞳は机の上のにじんだインクをじっと見据えている。竜持はその瞳を横から見つめる。二人の視線がかち合うことは無い。
「……ねえ、竜持」
「そうだ、なまえさん」
「…なに」
「今日の夜、花火しませんか」
花火?と首をかしげたなまえに竜持はええ、とうなずく。
「そうですねえ、夜の八時ごろ、うちの庭で。どうです?」
「いいけど…なんでまた急に」
竜持もなまえも、それから虎太と凰壮も、もう大学生だ。毎年恒例だった行事も、今ではなくなった物だと思っていた。
「なんで、ですか。そう言われると困るんですけど…」
夏だから、ですかね。
竜持は眉をハの字にした微笑みを浮かべた。


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120707 加筆修正





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