誰も今日が何の日か覚えてないんだろうな。 日が西の空へ傾きはじめ、窓からオレンジ色の光が差し込んできて、まぶしい。 影と光のコントラストにうっとりしつつも、センチメンタルな気分になった。 秋でもないのにセンチメンタルと表すのもどうかと思ったが、言葉が思いつかない。 じめじめっとした梅雨入りのこの時期に感じる寂しさはどう表現すればよいのだろうか? ふとした疑問に誰も答えてくれずに空中にもやのように浮かんで消え失せた。 長いため息をひとつついて、誰もいない、自分だけがいる部屋を出ようとした。 ヴーッヴーッ びくっ いきなり震え出した携帯にぴくんっ、と体が跳ねる。 もう、いやな体質だなぁ。 ちょっとした音で驚いちゃう体質とか。 自分を馬鹿にする言葉をぽつんぽつんと呟きながら、携帯に届いたメールを読もうとして、カパリと音を立てた。 「どうせまたおつかいなんでしょ?ヒロトさんのことだか…」 言葉が口から中へ引っ込んだ。 何でって? だって。 受信したメールの送信者がヒロトさんじゃなくて、“リュウジさん”と表示されていたからだ。 私はムダに身構えてしまい、おそるおそるそのメールを開封するボタンを押した。 『なまえ、今日、夕飯が済んだら××駅の改札口まで来てくれないか?急がば回れ、焦らなくていいからね』
…え? ちょっと待って。何で?何で? わけわかんない。怒られるの? テストの点数が悪かったから? お日さま園の掃除さぼったから? それとも自分よりちっちゃいマサキをからかったから? ぐるり、と渦を巻きながら、思考は停止した。どうやって考えても、マイナスの方向にしか思考回路が組み立てられない。 え、やだ。どうしよう、どう言い訳しよう。 いつも楽しみにしていた夕飯の時間が今日は少しだけ憂鬱で、来てほしくない、とまで思ってしまった。
「ごちそー…さま」 「なまえ、どうした?元気ねーな」 「風介兄…ううん、何でもない」 「で、どこ行くんだ?」 「リュウジさんから呼び出しくらっちゃった…晴兄どう思う?」 「お、これって怒られるパターンでしよ、ねぇ晴兄」 「こら、マサキ。そんなこと言わないの。なまえ、気をつけなさいよ。まったく、リュウジったら夜遅くに女の子一人を出歩かせるなんて。あとで叱っておかなくちゃ」 「瞳子さん…いいのいいの。私、夜道なんか全然大丈夫なんだから!」 「そういう問題じゃないこともわかって欲しいけど。気をつけなさいよ、いってらっしゃい」 「いってきます」 ガチャリ、と扉を開けて、外へ出た。 いい風が吹いている。 そんな風を堪能している余裕は今の私の心にはないけど。 最寄り駅から帰宅ラッシュのサラリーマン達に混ざりながら電車に乗り込んで、待ち合わせ、というか一方的に約束された××駅で下車した。 足取りが重い。 改札にピッとカードをかざして一分一秒でもリュウジさんに会う時刻を遅らせようと、のらりくらりと歩いていった。 もちろん、外見がとてもわかりやすいから、すぐに私は見つけてしまったのだが、まだ、リュウジさんの方は私のことに気がついていないようだ。 人の波に少しずつ隠れながら、渋々たどりついて、白いジャケットの裾をちょいちょいっと引っ張った。 「リュ、リュウジ…さん…」 「なまえ、待っていたよ!」 「あ、ご、ごめんなさいっっ!」 「?」 逆に何のこと、とキョトン、とされてしまった。 あれ?私、誤解してた? 「…何か、謝ることでもあった?」 「や…その…いや…」 かあぁ、と自分のしてしまった失態に対して、激しく赤面と後悔をしながら私は、 「じゃ、じゃぁ…何で…私を、呼んだの?」 目をのぞきこむようにして言う。 するとリュウジさんはいたずらっぽくウインクすると、唇に人差し指を当てて、 「ひーみつっ」 と楽しそうな声を弾ませた。 「ちょっと、寄りたいとこ、行くよ」
夜道を歩いていてもわけわかめ。 ただ後ろをついていくだけで、「何で?」って聞いても答えてくれない。 歩いてから数分たった今、くるりと私の方に振り返った。 「入ってもいい?」 こくこく、とうなずくと、リュウジさんが入るお店に私もついていく。 ウェイターに案内されて、席について、それでも理解できなかったから、もう一回「何で?」って聞いたら、ふふって笑って、「もう少し」って。 コトッ、という音が聞こえて目の前に置かれた皿に目をうつす。すぐさまリュウジさんの瞳をまっすぐ見詰めた。 「お誕生日おめでとう、なまえ」 「あ…」 気づいてくれてたんだ。 誰も気づいてくれないと思ってたのに。 誰も私には目を向けてくれていないって思ってたのに。 何事も起こらずに、今日も、 過ぎていくって、 そのまま消えていくって、 思ってたのに。 目から涙が零れ落ちた。 頭を無駄に動かして、被害妄想したり、 寂しさを感じてセンチメンタルな気持ちにならなくても良かったんじゃん。 「あり…がと…」 涙声だけど、気にしない。 今日は最高の誕生日です。 title:バースデイ・イマジネーション written by:流騎 120613
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