ピリリリ……と、着信音が部屋に鳴り響いた。読んでいた本を置いてスマホの表示を見ると、後輩の黒田くんからだった。
「はい、もしもし」
「もしもし、名前さん。今、なにしてました? 家っすか?」
「うん、家だよ。本読んでた」
「そっすか。ちょっと、いいすか?」
「なぁに」
「卒業式に渡した、花のことっすけど」
「ああ、赤いチューリップのこと? 本当にありがとね! 部屋に飾ってるよ!」
窓際に置いた花瓶に目をやった。赤いチューリップは、とても綺麗に咲いている。
私は、3日前に、高校を卒業した。高校生活はしんどいことや辛いこととかあったけど、でも楽しいことのほうが多かった。そう思えたのも、私と仲良くしてくれた友人たち、理解ある先生方、そして部のみんなのおかげだ。私は、箱根学園の自転車競技部のマネージャーとして3年間やってこれて、幸せだった。本当に、いい毎日を過ごさせてもらった。
卒業式が終わって、部のお別れ会に行こうとしてたところ、黒田くんに、渡したいものがある、と声をかけられた。なんだろうと思ってついて行くと、
「卒業おめでとうございます。あの、これ、オレの気持ちっす……」
手渡されたのは、かわいらしく包まれた、一輪の赤いチューリップの花だった。
すごく嬉しかった。後輩からこんなに素敵なプレゼントをもらえるなんて、私は本当に幸せものだ、と胸いっぱいに感じた。
「あ、ども。……それで、あの、名前さん」
「うん?」
「赤いチューリップの花言葉って、知ってます?」
「ううん、知らないけど」
「ハァ……。やっぱり、そっすよね。今、スマホで調べてみてください。……10分後、また電話しますから。そのとき、聞かせてください」
「え? なにを?」
「いいから。赤いチューリップの花言葉、調べてください。あ。赤っすよ、赤。……じゃあ、切ります」
「ええ? ……うん」
花言葉かあ……。花ひとつひとつに、ちゃんと意味があるんだよなあ。そういうの全然知らないし、あんまり考えたこともなかったなあ。
黒田くんが言うように、私はウェブで、『チューリップ 花言葉』を検索した。
一番上に出てきたページをクリックして、読む。チューリップはユリ科チューリップ属の植物……。花の説明にざっと目を通して、ページをスクロールする。花言葉は下の方にあった。
チューリップの花自体の花言葉と、チューリップの各色の花言葉。赤いチューリップの花言葉もあったわけだが。
まさか。
いや、そんなまさか。いやいや……。
だって、そこに書いてあったのは、私が想像もしていないようなことだったのだ。
胸の鼓動と、着信音が、脳内にうるさく響いた。10分、とても短かった。
「もしもし」
「く、黒田くん……! 見たけど、さ、アレ……」
「名前さん。オレ、アンタが好きっす」
そう、赤いチューリップの花言葉は、「愛の告白」だった。
いきなりのことでびっくりして、ええ、とか、その、とかしか返せない私に、黒田くんは、「今はまだオレのこと好きじゃなくても、近いうちに絶対、好きにさせてやりますから」とはっきりとした口調で言い放った。
「まァ、覚悟しといてくださいよ? じゃあ、また、連絡しますから」
「う、うん……!」
電話が切れてからも、しばらくスマホを握っていた。
黒田くんの声が、まだ耳に残っている。掌の汗がすごい、頬が熱い、胸がドキドキうるさい。全部、黒田くんのせいだ。黒田くんがあんなこと言うからだ。
次、黒田くんに会うとき、私はどんな顔をすればいいのだろうか。
「 赤色のチューリップ:愛の告白 」