私たちは多分仲が良かった。

周りに付き合っているんじゃないかと疑われるくらい仲が良かった私たちは、部活も違えば委員会も違った。彼は自転車競技部の主将をやっていて、私はテニス部に所属する美化委員。クラスも高校1年生のときに同じになったっきり、最後の年も一緒になる事は無かったし、それどころかお互いのクラスは一番教室が離れていた。そんな具合で一見共通点なんて無かった私たちがあんなに仲良くなったのは不思議極まりない。

きっかけは掃除だった。1年生の頃から美化委員だった私は、校内の美化に努めるべく毎日放課後30分を使ってどこかしらを掃除したり見栄えを良くする為に修理したりしていた。これも委員会活動の一環で、もともと綺麗な物が好きだった私には合っていたように思う。

ある日ドアの立て付けが悪いロッカーがある事に気づいて確認のためドアを何度か開け閉めする。やはり立て付けが悪い。いくつかそういうロッカーが合って、学年、クラスとそれから名前をメモして私は修理の許可を取る為に美化委員会の名で手紙を書いた。そのうちの1人は同じクラスの金城真護という人で、なんだかそう言う人が居たような気もするなあ、とりあえずこの人は手紙出すまでもないから明日直接聞こう。そんなことを思ったのが事の始まりだ。

「おはよう、金城君」

「…ああ、おはよう、苗字」

その翌日、委員会の朝活動で学校の昇降口を掃除していた私はやけに早く登校して来た彼に出会う。家に帰ってクラス写真で確認したかいもあって間違いはしなかったようだ。毎朝この時間にやってくるクラスメイトが居るなあとは常々思っていたけれどそれが金城君だとも今まで知らなかったし、つまり挨拶をするのもそのときが初めてだった。少し驚いたような顔で彼は、それでも挨拶を返してくれるとややたどたどしく私の名前を呼んだ。

「うん、あのね、金城君のロッカー、たてつけが悪いから修理しようと思うんだけど、大丈夫?」

「…お前が?」

「だって私美化委員だもん」

「そんなことまでするんだな、美化委員って。前々から少し不便には思っていたんだ。助かる」

「いえいえ。じゃあ今日の放課後修理しておくね」

「すまない、ありがとう。荷物は出しておいた方が良いか?」

「いや、大丈夫だよ。ああ、まあ見られたくない物があれば出しておいてくれるといいかなあって」

私がそう言うと、それなら大丈夫だと彼は笑って外靴を脱ぐと下駄箱から上靴を取り出して履いた。私も掃除に戻ろうと視線を落としたらまた名前を呼ばれる。慌てて振り返ると肩越しに彼がこっちを見て、「掃除頑張れ」と一言だけ残して去って行った。

そのまた次の日、修理し終わったロッカーに感激した金城がものすごい真顔で「あれお前がやったのか」だの「凄いな、こんなに器用ならすぐ嫁に行ける」だの言ってくるもんだから、一番最初に言ってくれた「助かった、ありがとう」が凄い勢いで霞んで行った。ここまで感謝されるとは思わなかった。意外と大げさな人なのか、なんて思ったら笑いが止まらなくなって怪訝な顔をされたのを昨日のように思い出す。

ロッカーを皮切りに私たちは次第に挨拶をするようになり、授業やテストの話をするようになり、それからお互いの部活の事を話すようになり、誰にも言った事の無いような秘密まで少しずつ分かち合うようになった。1年でそれだけ仲が良くなってしまったから、きっと私たちはできているんだろう、と思う人も多かったらしい。しょっちゅう女子に呼ばれては関係を聞かれたりもした。もちろん全部穏やかな物だったから私が嫌な思いをした事も無いし危害を加えられた事も無い。ただ、私も既に金城の事が好きだったから、なんとなくむずむずはした。

「金城、まだ勉強してるの?」

「もう少しな。苗字はもう帰りか?」

「うん。でも金城が勉強してるなら私ももう少し残って行こうかな。負けてらんないし」

自分のクラスから下駄箱へと向かう途中、必ず通る金城のクラス前。明かりがついていたから覗くと彼が一人で勉強をしていたから教室に入って行くとさして驚いた顔もせず彼は私の名前を呼ぶ。それがくすぐったい。彼の席に近寄ると、自分が座っているとなりの席の椅子を引いてくれた。ここに座れという事らしい。

「今何してたの?」

「数学」

「そっか。もうすぐ入試だね」

「そうだな」

ちょっと困ったように金城が眉を下げた。珍しい表情に違和感を覚えながらも鞄から単語帳を取り出す。そう、もうすぐ入試だ。私たちの志望校はまるきり別。いくら彼の事が好きだからといって同じ大学を目指そうという気になるほど私も酔狂ではない。愛だの恋だので食って行けるほど甘くはないのだ。

「...あの日の事を」

単語帳に目を走らせていたら唐突に金城がそう呟いた。彼の視線は教科書に落ちたままだ。

「昨日の事みたいに思い出す」

「…ロッカーのこと?」

「ああ…最近良く、あの頃に戻れたら、なんて俺らしくもない...」

歯切れ悪くそう言った彼の視線はやっぱり教科書に落ちたままだった。一瞬期待しそうになってそれから自分にそんな訳は無いのだと言い聞かせる。

「3年生って、やだね。模試ばっかりで、卒業しなきゃだし、すぐ入試も来るし。私も1年生に戻りたい」

「...暗くなって来たな。送ろう」

「えっ、いや、いいよ。遠いでしょ?」

そう言うと彼はそうか、と言って荷物をまとめ始めた。私も慌てて荷物をまとめる。玄関までの廊下が酷く長く感じた。一人で緊張している私が酷く滑稽に思えた。金城はきっと今普通に勉強の事か自転車の事を考えているのだろうなと思う。小さく、ため息とばれないように息を吐くと鞄を握り直した。廊下に伸びる影を見ながら、もうこんなこともきっとないのだろうな、と思う。

下駄箱について靴を履き替え、自転車で来ている彼にじゃあと別れを告げて正門に足を向けようとしたら待ってろと言われる。そんなことを言われたのは初めてだったから戸惑って立ち止まったまま視線をうろうろさせる。そのうちに彼は自転車を押しながらやってきた。

「思ったより暗いから、やっぱり送った方がいいと思ってな」

「なんか悪いよ、だって遠いし」

「黙って送られておけ」

含み笑いをした彼にぎゅっと心臓が止まる気がしてぶわわっと汗が噴き出す錯覚に陥る。暗くてよかった、本当に良かった。きっと今、顔が赤い事だろう。送ってもらうなんて初めてだった。2人とも部活のスケジュール的に帰りが重なることはそうそうなかったし、家が全く別の方向の私たちは校門まで一緒でも、そこで分かれる事ばかりだった。

帰り道はやっぱり他愛の無い話をしてお互い入試や卒業の話はしても大学の話はしなかった。大学に入ったらやっぱり自転車を続けて、そのうちファンクラブなんかも出来て、そのうちの一人、可愛い子と付き合いだしたりするんだろうな。可愛らしい子と。なんてごくごく自然に思った。寂しい、とは少し違う。ここまでなんだな、私たち。多分これがぴったりだ。

考え事していたら同じタイミングで黙りこくってしまって、その居心地の悪い、でも嫌いじゃないその雰囲気にいっそ言ってしまおうかと思った。好きだって、ずっと好きだったんだよって。でも今のこの関係を壊したくなくって、女子で気を許せるのはお前くらいだな、って前に彼が私に投げた言葉が私にとってはただでさえ甘ったるいから怖くて進めない。綺麗な物は綺麗なままにしておきたいなんて自己保身に走ってしまって言えるわけがなかった。脈絡もなくばちりと合った視線はじりじりと絡み合って、私が口を開いては彼が口を閉じ、逆に彼が口を開いては私が閉じて、結局お互い何も言わないまま時間だけが過ぎた。それからはまた、取ってつけたように他愛の無い話が始まって、なんだかんだ言って最後まで送ってもらってしまったものだから、ますます名残惜しくなる。家の前で、何か言おうとして、じっと彼を見る。顔が熱い。彼も私の事を待ってくれているようでじっと見て来た。臆病な私は、入試頑張ろうね。としか言えず彼も、ああ、お互い頑張ろう。なんて言って自転車に跨がると去って行った。見つめ合っていた瞬間に、愛されているような、馬鹿馬鹿しい錯覚に私が陥っていたのを恐らく彼は知らない。

あの日からあっという間に時間は過ぎて、私は大学3年生になった。彼氏を作る暇もなくひたすらテニスサークルに打ち込んでそれなりに楽しい生活。けれど、それもそろそろ就活に向けて終わろうとしていた。あの冬、卒業して金城君と私はそれぞれ大学に合格して別々の道に進んだ。最後にあったとき、お互いに励まし合って健闘を誓い、仲のいい友人らしく「またな」と言って手を振った。

またな、なんて無責任な、と思うと同時に酷く嬉しくて、そして悲しかった。涙は止まらなかった。彼が今どこで何をしているか私に知るすべはない。もしかすると彼は私の事なんてとうに高校時代の友人の一人として思い出になってしまって、一日、一日と大学での新しい生活に塗り替えられているかもしれない。だって私たちは友達だったくせに、あんなに仲が良かったくせに、携帯の番号すら知らないのだ。


「 ニゲラ:夢で逢いましょう 」





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