1.

友達には心底心配してもらったけど、いつまでも延々同じ言葉を聞かせるわけにもいかない。お母さんに電話をしたかったけど、そんな気力もなくなってしまった。
今日はもう寝る。そう決めて布団の中、卵のように丸くなりながら泣いた。
つまるところ、私の恋は終わったのだ。



朝の昇降口、ちょうど朝練が終わったらしい塔一郎くんと鉢合わせた。相変わらずの爽やかスポーツマンってオーラに、今の私はどうにも腰が引けた。

「おはよう名前ちゃん」
「塔一郎くん、おはよう」
「目、赤いですよ」
「…花粉かな?」
「花粉症じゃないでしょ、名前ちゃんは」
「どうだろう?」

今年もそろそろ暖かくなってきたから、なったのかも。そう言ったら、またはぐらかして、と叱られた。

「また夜更かししてたんじゃないですか?もう大学決まったからってよくないですよ」
「そんな、昨日7時に寝たよ」
「……それなら、もう何も言わないですけど」
「うん」

塔一郎くんは、予想以上に早い私の就寝時間にひとしきり驚いた後、すんなり引き下がってくれた。そうでなくても、いつもより随分遠慮がちな喋り方だ。ほんとはきっと、私がどうして落ち込んでいるのか気付いてる。

「あの、名前ちゃん、」
「いいよ塔一郎くん、何も言うな…」
「お菓子あげますから元気出して、」
「塔一郎くん、私のこと舐めてるでしょ」

私の方が一つ年上なのに、相変わらず子供扱いしてくる。小さい頃からの付き合いだと、こうなってしまうのか。この野郎、という気持ちを込めてちょっと睨んでみた。それでも塔一郎くんは私の手にクッキーの箱を押し付けると、さっさと教室へ向かってしまった。
わざわざコンビニへ行って、買ってきてくれたんだろうか。



2.

「おはよう苗字さん」
「おはよう新開くん」
「? 朝からお菓子食うの?」
「違うの、塔一郎くんにもらった」
「……あー」

教室につくと、前の席の新開くんが私の持っているクッキーに気付いた。めざとい。そして私の一言で、何やら色々察したらしい。もしかして塔一郎くん、自転車競技部の皆さんに相談とかしてるんじゃなかろうか。

「苗字さん、昨日は大変だったようで」
「塔一郎くんから聞いたの?でも私言ってないのに…」
「悪い。おめさんが告白してた場所のそばでウサギを飼ってて」
「ああ、前に塔一郎くんから教えてもらったけど、それが?」
「ちょうど世話しに行ってたんだ、オレ」
「!」
「正確には塔一郎と寿一と靖友も居て」
「!!」
「悪い」

つまり私の告白現場は、新開くん含め、そこに溜まっていた何人かの自転車競技部のみなさんに見られていたのだ。恥ずかしい。誰か私を土に埋めろ。

「見ないようにとは思ったんだけどその、聞こえてきちまって」
「う、うん……」
「こう言っちゃなんだけど、苗字さんにはもっといい奴がいるさ」
「ううん、いいの。ありがとう」
「…あと塔一郎のこと、叱らないでやってくれな」
「叱らないよ」

先生が入ってくると、新開くんは申し訳なさそうに前を向いた。私は手元のクッキーの箱を見つめて、それから鞄の奥へしまい込んだ。



3.

「あれっ塔一郎くんどうしたの」
「名前ちゃんとお昼食べようかなと思って、クッキーの箱にも書いといたんだけど」
「えっ」

お昼になると、塔一郎くんが教室の外、私を待っていた。慌ててしまってあるクッキーを取り出せば、平たい箱の裏側、『お昼ごはん一緒に食べましょう』と書かれている。メールとかじゃないところが、なんとも塔一郎くんらしい。
友達に一言断りを入れ、塔一郎くんの後をついていく。その手には購買のパンがたくさん詰まった袋があった。

「名前ちゃんの分も買ってきましたから」
「うん、ありがとう」
「コロッケパンと、あとサンドイッチ。珍しく買えたんだよ」
「それはすごい。卒業前にやっと食べられるよ」
「他にも色々…好きなの選んでいいですから」
「うん」

暖かくなってきたとはいえ、外で食べるにはどうにも寒い。学食の食事スペースのすみっこ、私と塔一郎くんは向かい合わせに座った。

「飲み物忘れてましたね」
「え、大丈夫、私が買いに行くよ」
「ボクが買ってきますから」

にこりと笑って、私が動こうとするのを止めた。さっきから塔一郎くんに上げ膳据え膳してもらっていて、申し訳ない。

「名前ちゃんは牛乳でしょ?」
「よくわかってるね、塔一郎くん」
「名前ちゃんのことだからね」
「じゃあ、お願いします」

小銭の入ったお財布をそっと渡せばそれも突き返されそうになったけど、そこはぎゅうっと押し付けておく。私にも意地はある。
そうして買って来たもらった紙パックの牛乳。それからたくさんのパン。だけどやっぱりお腹はあんまり空いていない。せっかくのコロッケパンはスルーして、軽そうなハムとレタスのサンドイッチを手にした。

「いいの?サンドイッチで」
「うん、食欲ないの」
「それならコロッケパン貰います」
「……一口ちょうだいね」
「いいよ。菓子パンは全部持ち帰っていいから」

塔一郎くんの気遣いは嬉しかった。でも、窺うような遠慮がちな視線に私は耐えられそうにない。

「塔一郎くん、あんまり気を遣わないで」
「えっ」
「一応、新開くんからは聞いた」
「何を」
「昨日、私がフラれたところ見たって」
「……怒ってますか?」
「怒ってはないけど」
「ごめん、露骨すぎた」
「謝るくらいなら、しないでよ」
「……ごめんね、名前ちゃん」

思わず、どうにも出来ない黒い気持ちを塔一郎くんにぶつけてしまった。ここまで構ってもらっておいて、これはない。それでも、私は一つ年下の幼なじみの優しさに甘えきってしまったのだ。

「私、馬鹿みたいだ」
「そんなこと言わなくても、」
「恥ずかしいから、もうほっといてほしい」

そこまで言ってしまってから、慌てて顔をあげた。そこには悲しそうに目を伏せる男の子がいた。

「放っておけないんだよ」

どうしてって、聞く間もなかった。

「だってボクは、名前ちゃんが好きだから」

味がしない。サンドイッチには何がはさまってたっけ?



4.

5限目も6限目も、昨日のことと今日のことで頭がいっぱいだった。眠気が来たなら、寝ちゃえたのに。でも昨日7時に寝たから今も全然眠くない。
塔一郎くんはあの後、残ったパンを全部袋に入れて私の前にとんと置き、「どうぞ」と一言残して教室へ戻ってしまった。私はお礼も言わず、ぼうっとしているだけだった。

「それ、塔一郎が買ってきたパンか?」
「あ、うん」
「……塔一郎、なんかやったみたいだな」
「ううん、私がやっちゃった」

帰りのHRが終わってからもずっと座ったままの私に、新開くんは声をかけてくれた。彼もまた、卒業間近で告白されることが多い身だ。そのかっこいい顔が、さっきの塔一郎くんみたいに眉をハの字にさせている。

「肩を持つようになるけど、塔一郎は苗字さんのこと本当に心配してた」
「うん」
「クッキー、部活の後大急ぎで買いに行ってきたみたいだしな」

そこでまたクッキーの存在を思い出す。ありふれているけど、小さい頃から好きなお菓子だった。塔一郎くんともよく食べていたもんな。塔一郎くんはいつだって、そういうことを憶えていてくれる。

「……自転車競技部って、何時頃終わるんだろう」

そんなことも知らなかった。いつも塔一郎くんが教えてくれるから。
新開くんは、もちろん教えてくれなかった。


5.

「えっ名前ちゃん!?」
「お疲れさま、塔一郎くん」
「どうしたんですか、部室の外で!」
「待ってたの、あなたを」

18時過ぎ、ようやく部室前に現れた塔一郎くんは、想像してた以上に驚いていた。

「寒いのに!」

というより怒っていた。

「う、うん、でも厚着してきたから」
「メールくれれば後で寮に行くのに!」
「そうだけど、あの、」
「それほんとに厚着してますか!?寒いでしょ!」
「おい聞けよ」

部活終わりだからか、やけに熱い塔一郎くん。ほんとに私、寒くないのだけども。ようやく口を閉じた塔一郎くんは、それから気まずそうに視線をうろうろさせた。そうだ、正直お昼からの流れだとこれはものすごく気まずい。ちゃんと謝らなくては。

「ごめんなさい、塔一郎くん」
「えっボク フラれたんですか!?」
「あっ違う、違うよ!そっちじゃなくて!」
「は、はい」
「お昼のこと、励ましてくれてたのに、酷いこと言ってごめんね」
「……はい」
「心配してくれてありがとう」

溜め息をひとつ吐いた塔一郎くんが、寮に行きましょうと呟いた。こんな幼なじみに呆れてしまったんだろうか。それは仕方がないことだ。その後ろを、ゆっくりついて行く。だけど塔一郎くんは私の歩幅に合わせるよう、隣を歩き始めた。それから、

「ボクも、ごめんなさい。傷心につけ込むようなことして」
「つけこむ?」
「あ、ええと、単純に励ましたいとは思ってたんだけど、」
「もしかして新開くん達にけしかけられたの?」
「新開さんは悪くないよ!ボクが勝手にしたことだから、本当に、ごめんなさい」

名前ちゃんのことも怒ってないですからね、と前を向く塔一郎くんは、暗くてよくわからなかったけどはにかんでいた、と思う。
横顔を斜め下から見つめるのは、なんだか不思議な心地だ。小さい頃から彼を知ってるけど、いつの間にか小さくてふくふくとした男の子はいなくなって、爽やかで凛々しい男の子になっていたから。だけど、その長い睫毛を見るたび思い出す。

「ねえ、今度の日曜、たこ焼き食べに行こうよ」
「た、たこ焼き?」
「塔一郎くん、好きでしょ」

私それだけはちゃんと憶えてるんだから。ふふんと得意気に言ったら、塔一郎くんはものすごく嬉しそうに笑ってくれた。
まだ心は重たいし、塔一郎くんとのこれからもきちんと答えを出さないといけない。でも塔一郎くんと一緒にいたら、少しは背筋がしゃんとしたように思う。

「帰ったらクッキーと菓子パンも食べないと」
「何も今日食べなくても…夕飯食べられなくなりますよ」
「じゃあ半分塔一郎くんにあげるから」
「ボクは節制中です」
「それなら日曜日たこ焼き食べらんないね」
「それは別です!」

こんなに楽しくなってきたから、きっと大丈夫。
明日も笑える。


「 朝顔:明日もさわやかに 」





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