※大学生


 もうこんな時間なのかと、終電を逃した私はとぼとぼと帰路を歩いていた。終電を逃し、バスもなく、タクシーなんか使えるほど余裕のある学生でもないので歩くしかあるまい。
 ついたり消えたり頼りない街灯たちに照された夜道をてくてくと一定のペースで歩いているが、さっきまで飲んでいた友人の言葉が頭から離れなかった。
「あんまり甘えてばっかおると、その内愛想つかされんで」
彼女はなかなか的を得たことを言う人だから余計に怖くなる。そんなことないと断言できれば良かったのだが、残念ながらきっぱり言えるほど自信がなかったのだ。
 それは遡ること約20分前の事。高校時代の友人と久しぶりに話がてら飲んでいたときだった。それぞれ大学に行ってからはなかなか会えておらず積もる話もある。さらに酒が入って話が盛り上がってしまい、帰る予定の時間よりもずいぶんと長引いてしまった。


「あんたそろそろ帰らんとやばいんちゃう?」

「うわ、ほんまや」

「きっと彼氏心配してはるよ。同棲してんねやろ?」

「んーまぁね。でもちょっとくらい遅なっても、飲み行く言ってあるし、光太郎やもん。平気やろ」

「あーあ、わかっとらん。わかっとらんわ」

「なんやねんいきなり……」

「いくら同棲してようが、ずうっと付きおうてようが、そういう小さな積み重ねがあかんのや!」

「独り身に言われたないわ」

「うっさいわ!ええか?そうやって一方的に甘えてばっかおると、その内愛想つかされんで。どーせあんたのことやから家事とかやらせてんねやろ」

「えっ」


見事に当てられてぎくっとしたのも束の間、強制的に荷物を持たされて店を放り出された。やり方が手荒い。帰り際、店から「彼氏に迎え来てもらい!」との声が聞こえたが、流石にそこまで厚かましくなれなかった。

 追い出されてしまっては仕方がないので一人でとぼとぼと帰ることにしたのだが、最後のその言葉がやけに耳に残っていたのだ。
彼に甘えているつもりはなかったが、他者から、彼から見たら、そう見えてしまったのだろうか。そう言われて言動を振り返ってみたら、なんだなそんな気がしてきてどうしようもなく不安になった。

 ええいと迷いを振り切るように歩いた。冷たい夜風がぴゅーぴゅーと吹き付け、とても寒い。一人で夜道を歩くのは心細いものだ。
 ふとポケットのなかの携帯がぶーぶーと一生懸命震えていたのでかじかむ手をこすりながら取り出してみれば、噂をすればなんとやら、ディスプレイには彼の名前がてかてかと光っていた。


「あー、もしもし?」

「名前!良かった、無事か。なかなか帰ってこうへんから心配したんやで!」

「そんな、心配って。大袈裟やな。光太郎は心配しすぎや」

「あほか!心配する決まってるやろ」

「せやかて、私もう大学生やで?大人やん。平気やって」

「大人だろうがなんだろうが、夜に出歩くもんやない!」

「大丈夫やよ」

「ええから今どこや?迎え行ったる」

「だからええって」

「ええから!」


少しばかりだが語気を荒らげていた光太郎。普段からあまり怒らない温厚な人で、こんなに強い口調で言われたのは久しぶりだった。気圧されつつ現在地を伝えると「わかった。今から行くわ、そこで待っとってな!」とだけ言われてぶつりと通話は切れた。私は光太郎を怒らせてしまったのだろうか。

 ただただぼんやりと街明かりを見つめながら光太郎を待っていた。結局光太郎に迷惑かけて手間かけさせて、私は何をしているのだ。

 有り余る時間のなかで思い出されるのはやはり、友人との会話と光太郎との会話と過去の私の言動だった。
 どうして今まで気づかなかったのだろう、振り替えると思い当たる節がありありだった。連絡をしないでどっかに行って遅く帰って来ることも、家事を任せっきりにしたこともある。困ったらすぐ光太郎に泣きつく癖もできてしまったし、迷惑かけさせっぱなし。なおかつ何一つしてあげられていないのだから、愛想つかされて仕方ないくらいだった。それこそ彼女の言った通り一方的に甘えてばかりだった。

 そんなこと考えていたら、向こうからものすごい勢いで自転車がやってきた。あぁきっと彼が来たんだなと直感した。予想通り、自転車はそのまま私の目の前できゅっと止まった。


「っ名前!」

「、光太郎。……迷惑かけて、ごめん」

「迷惑なんて思ってへん。名前が心配なだけや」

「……そない心配するん?不安なん?」

「そりゃ、心配や。いっつもふらふら出歩いて、帰ってこうへんときもある。俺は気が気でないわ」


からからと笑う光太郎の顔を直視できなくて、自然と顔が下を向いた。やっぱり迷惑を、いらぬ心配をかけてしまっていたのか。酔いはとっくのとうに醒めていた。


「……そうやったん」

「せやで。あんま心配させんといてな。いつもひやひやしっぱなしや、寿命縮んでまう」


光太郎は乗ってきた自転車を脇で引きながら、私はなんとも情けない顔をしながら、二人並んで家に向かって歩いた。歩幅を合わせてくれる光太郎に、申し訳なくなった。


「あのさ」

「なんや?」

「光太郎って、私に愛想尽かさんの?」

「は?」

「どないして、一緒に居ってくれるん?」


はたと光太郎の足が止まり、口をぽかんとあけなんとも言えぬ間抜け面を見せた。何をそんなに驚くのだろう、光太郎のオーバーな反応に私も驚いてしまっていた。ほんのちょっとの間、時が止まったような感覚がした。


「なに言っとんねや!」

「なにって、せやから、」

「んなわけないやろ!」

「……私、光太郎に迷惑かけっぱなしや。甘えてばっかやし、いらん心配かけさせるし。何一つしてあげられへん」

「俺はなにも言っとらんやろ」

「言わなくてもわかる、気づいたんよ」

「それは勘違いや」

「勘違いちゃう。こんなん愛想つかされて当然なんやって」

「もし名前のこと嫌なら、こんなずっと一緒に居れへんやろ。好きで、一緒に居るんやから」


光太郎はちょっと照れ臭そうに笑う。たったその一言でみるみる私の心が色づいていくのがわかった。


「うそ、やん」

「どないして嘘つくん。ほんまや」

「ほんま?」

「ほんまやって」


光太郎の優しさにこらえていた涙は遂にこぼれてしまった。やっぱり私は光太郎が大好きだった。光太郎がこんな私でも好きと言ってくれたことが嬉しくて、嬉しくて。
さっきまであんなに不安で押し潰されそうだったのが一転、光太郎の一言で心に花が咲いたようだった。私って、単純な奴。


「ほんまいろいろごめん、光太郎、好きやわ」

「俺も」

「うん、知っとる」

「門限、作ろか」

「うん」





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