「裕くん!はーやーくー!」
冬の夜は嫌いじゃない。巻島はこのキン、と張り積めた空気が好きだった。
目の前にいる彼女は寒さを物ともせず、白い息をはきながらはしゃいでいる。
「…転ぶッショ」
呆れた顔をして彼女に近づくと、緩みきった顔をしながらくるくると回りだした。
「だってさー、久しぶりのデートだったもんねー、しかも裕くんからのお誘いだしー!」
「ねぇっへへ」と言いながらにへら、と笑う彼女。
可愛い、とは言わない。否、言えない。
こういう時に言葉が出ない自分に苛つく。でも、巻島は言葉足らずな自分を好きだと言ってくれる彼女が、好きだった。
「あ、みてみて!オリオン座!」
彼女がピッと指を天に向ける。
今日は特に寒い。空は綺麗な星が散らばっていた。
「冬っていーよね!」
「何がッショ」
「オリオン座だから!」
意味不明。詳しく聞いたところ、星座はオリオン座しかわかんないから!らしい。ああ、納得。
「だって夏の大三角?って三角ありすぎてわかんないしー」
そう言って彼女さ唇を尖らせた。
…かわ、
「いい…ッショ」
「ん?」
ヤッベェ。全てが出なかった自分に安堵。『可愛い』なんて柄じゃない。言いたいけど言えない。葛藤。
日頃は自分の口数の少なさに困ったことはない。逆にうるさい田所っちとはバランスがとれていていいと思う。楽だし。東堂も同様。しかしあの騒々しさにはさすがに参る。心底別の高校でよかった、と思う。
「い゛!」
唐突に彼女が声を挙げた。
横目でチラリと見ると、「あー、大丈夫」と言ってまた回り出す。
大嘘。鼻で少し笑って回る腕を捕まえた。
「え?」
「乗るッショ、背中」
彼女に背を向けてしゃがむ。しばらくして、ぼす、と重みがかかった。
「…何でわかったー」
ふてくされたような声が背中から響く。何となく、と答えると、髪を軽く引っ張られた。さりげなく彼女の足先で揺れるパンプスを自分の指にかける。
「久しぶりだからせっかく高いヒールはいたのに…」
曰く、絶えずフェロモンを撒き散らすオレに釣り合わせるために頑張った、そうだ。
ああ、結局オレ達は似た者同士らしい。無性に笑いが込み上げる。
「なにー!何で笑うの!?そんなにおかしい!?」
背中の上で暴れだした彼女を抑えるため、一言。
「いや、名前、いつも可愛いッショ」
背中からの振動がピタリと止まる。
うわ、やっぱり柄じゃない。顔に、こう、熱が集まってくる。
「…名前?」
微動だにしない背中を不信に思い、声をかける。
すると、「ううー…」とうめき声をあげた後、おもいっきり抱きついてきた。
「裕くん好きだよー!もうカッコいい!イケメン!あああだーいーすーきー!!」
…たまにはまあ、柄じゃないことをしてもいいかもしれない。
「…オレもッショ」と呟くと、指先に掛かる真紅のパンプスがカツンと音をたてた。
深く、遠く広がる無数の星の下、3つの赤が揺れていた。