「ねぇねぇ東堂くん、東堂くんってどういうタイプの子が好みなの〜?」
「ん?好みのタイプか?そうだな……シンプルな服を着こなせる子とか好きだぞ」
「へぇ、意外〜!フリルとかじゃないんだ!」
「いや、まぁそれはそれで良いと思うが、応援はそっちの方が嬉しい」
「あはは、応援来ること前提なんだ〜」


……眠気が襲う程退屈な午前の授業を終えて、やっとの事で迎えた昼休み。
仲の良い友人達と談笑しながら弁当をつつく私の耳に飛び込んで来たのは、自分の想い人である東堂くんとクラスの女子のそんな会話だった。

私は東堂くんのその台詞に一瞬ドキッとして思わず箸でつまんだ卵焼きを落としかけたが、すんでのところで何とかそれを抑えた。……危ない、危ない。

しかし何故私が一瞬ドキッとしたかと言えば、その理由は単純だ。
余り主張は激しくないと言え、私の筆箱やポーチ、髪留めや下着まで、私の持ち物には何かしらどこかしらに小さくリボンやレースなどが付いていて、勿論私服だとてシンプルなどでは無い。つまり、東堂くんの好みのタイプとは正反対だ。
私は心の中で、密かにそれにショックを受けていたのだ。

それから東堂くんは部活の友人らしき人に呼ばれて笑いながら教室を出てしまったが、私の心はしばらく曇ったままだった。
片思いと言う状況から来るそれはふとした時に私の心の隙間に入り込んで来て、自分と東堂くんとの釣り合わなさについて嫌と言う程悩ませる。

そうして私はその消化しきれないもやもやとした気持ちを抱えたまま、放課後になり夕食の買い出しに行かなくてはと制服姿で街を彷徨く。
けれど頭の中にはやっぱり昼に聞いた東堂くんの台詞が響き渡っていて、私はスーパーに行く途中にあったショーウィンドウに飾ってあるシンプルなスタイルの服を着たマネキンに視線を寄せた。

それは私が普段着ない様な服で、スタイルが良い人が着たら似合いそうな、要するに私にはあまり似合わなそうな組み合わせだ。
改めて確認してしまったその事実に、私は大きな溜め息をつく。……まぁ元々、東堂くんと私が釣り合うという訳でも無いのだが。

そう思った私が諦めてスーパーへ向かおうと踵を返すと、いきなり背後から「苗字?」と言う声が聞こえる。
それを聞いた私が一体誰だろうと振り向けば、そこに居たのはまさかの、今私が考えていた相手だった。


「…とっ、東堂くん!?」
「おお、やっぱり苗字じゃないか!珍しいな!」
「いや、珍しいって言うか……と、東堂くん部活は…?」
「ああ、今日は部活の買い出しだ!後輩が修学旅行やら何やらで出払っていてな。俺がわざわざ出向いているのだよ!」
「へ、へえ…そうなんだ…」


教室に居る時と変わらず明るい声でそう説明してくれる東堂くんに、私はそんな返事を返す。…何だか若干東堂くんの視線が定まっていない気もするが、きっと気のせいだろう。それよりも今の私には、東堂くんが登場した事に対する驚きの方が大きい。

すると東堂くんは、ふとその右往左往する視線を私の目の前にあるショーウィンドウに向けて、「苗字は、買い物か?」と声を出した。


「え、あぁ…うん、買い物だよ」
「そうか。…苗字は、こういう服が好みなのか?」
「へっ?……あ、や、好みって言うか…」
「俺は苗字は、もっとこう女子らしい服が好きなんじゃないかと思っていたがな」
「……えっ」


東堂くんの口から何気なく言われたそのセリフに、私は思わず動きを止める。
……それはもしかしなくても、遠まわしに私にはこういうタイプの服は似合わないと言われているのだろうか。片思いしている張本人に、その人の好きなタイプの服が似合わないと言われるとはなんて悲惨な状況なのだろう。

私がショックで上手く動かない頭でそう思っていると、東堂くんはさらに言葉を続けた。


「…俺の見た限り、苗字は持っている物ももっと女子らしかった気がするしな」
「え、あ、うん…まあ……」
「別にこういう服が似合わないとかでは無く、俺はそっちの方が苗字らしいのではないかと思うがな!」
「……そ、そっか…」


裏表のなさそうなまっすぐな東堂くんの台詞に、思わず何とも言えない返事を返してしまう。

……自分の好きなタイプの服が似合うと言われたのは嬉しいが、それは東堂くんの好きなタイプでは無い。何だか、一瞬で望みが打ち砕かれてしまった様だ。

すると東堂くんは微妙に薄い私の反応を不審に思ったのか、「…どうかしたか?」と尋ねてきた。
私はそれに対して、「あ、いや…」と少しどもりながら口を開く。


「や、なんて言うか……確かに私、もっとこう女の子っぽい服が好きなんだけど……」
「おお、やはりか!」
「…でも、何て言うか…やっぱり男の子はもうちょっとシンプルって言うか、すっきりした服が似合う子が好きなのかなって思ってさ」


私が自虐から遠慮がちにそう言えば、東堂くんは一瞬キョトンとした顔をする。

それからちょっと思案した様な表情を浮かべて、「…そうか?」と呟いた。


「確かにまぁ、こういうのも良いとは思うが…特に服のタイプなんかはそんなに気にしないんじゃないか?」
「え、そ、そう……?」
「ああ。それに俺は、タイプとか気にしないからな。女子で大切なのは服装とかタイプと言うよりは、結局は本人の魅力だろう」
「…それは…そうかもしれないけど…」
「そうだろう?…まぁ俺は普段聞かれたらシンプルな服装が好きだと答えているがな。女子たちがレースを見に来る時に皆フリルのスカートで来たりしたら足元が危ないかもしれないからな!」
「………えっ」


そう言ってからどうだ、紳士だろう!なんて笑う東堂くんに、私は思わず驚愕の声を上げる。
……何だ、東堂くんはただ皆の安全を考慮していただけで、本当にシンプルな服装の子が好みと言う訳ではなかったのか。

それが分かった途端に、ストンと何かが落ちたように胸が軽くなる。
ああ全く、何てくだらない悩みだったんだろうか。

すると東堂くんは、「……それに」と言葉を続けた。


「まぁ、新しいジャンルにチャレンジする事も良いとは思うがな」
「?…う、うん」
「…俺は個人的に、そのままの可愛らしい苗字も好きだぞ」
「………へ…?」


…思考回路の流れからして、余りに予想外だったその台詞に私が思わず素っ頓狂な声を漏らせば、じわじわと徐々に紅くなっていく東堂くんの顔が視界に入る。
私はそれを見て、釣られる様に自分の頬も熱を帯びていくのを感じざるを得ない。


……とりあえず今となっては、頭に付けた控えめなリボンの髪飾りをちょっとは誇りに思えそうだ。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -